crocodile tears4


「ま、麻理絵ちゃん。それって「やっぱり」ってどういうこと?」
香は自分の声がすごく擦れていることに気がつかなかった。

本当に僚が父親なの?

麻理絵が僚の子供だという、物的証拠でもあるのだろうか?さっき僚は「言葉だけで」
なんて言っていたけれど、もしなんかしらの証拠が合ったなら…麻理絵を引き取るの
だろうか?一緒に生活して父親の役目を果たすのか?そうなったらあたしは…


☆ ★ ☆

マリア。マリー…
勘弁してくれ、そんな名前の知り合いなんて星の数ほど居やがる。
こっちに来る前の俺のテリトリーは嘘と虚像で固められていた。
名前なんて自分が名乗れば、周りから自分と認知されればそれで通っていたんだ。
 麻理絵が嘘をついてるとは思えないが、マリアが嘘を言った可能性はあるだろう。

僚は霞みがかった己の記憶を何気ない表情のまま、さかのぼっていた。

 

☆ ★ ☆

麻理絵はニッコリと香を振りかえった。
そしてちょっと待っててといいながらリビングを後にした。
僚は香と目が合うと少し戸惑った表情を見せたが、すぐにいつものポーカーフェイスに
戻り、ソファに腰掛けた。
「悪ぃ、香。コーヒーお代わりくれないか」
「あ、うん。待ってて…」
空になったカップを受け取ってキッチンへ向かう。
その時なにかを手に持ってリビングに入る麻理絵とすれ違った。
「え…」
「パパー、これ。これがパパが麻理絵のパパって証拠だよ」

麻理絵が渡した証拠の品を僚は手に取っていた。
それは…古びたロケットペンダントだった。
「それ…」
僚が眉間に皺を寄せ、声を出した香を見上げた。
「あん?香?コーヒー…」

証拠の品と聞いて香は居ても立ってもいられなくなった。ここでコーヒーを
淹れてくれば、僚はその間にその品をどこかに隠してしまうだろう。
それがホンモノかどうか別にしてもきっと自分には見せてくれない。
その時間2人の間どんな会話があったのかきっと話してはもらえないだろう。
それがわかっているから香はコーヒーも淹れずにリビング戻ってきたのだ。
そして香の目の前にあったものが…

「それ。そのペンダント。それと同じ物、あんたの部屋で見たことあるわ」
「なに言ってんだ、お前」
「掃除してるときに見つけたのよ。あんたのベッドのヘッドボードとスプリングの間に
 落ちてたの。中は開けなかったけど…形とかそのペンダントとそっくりだった…」
香は呆然と、でも僚の顔をじっとみつめながら、抑揚のない声で言った。
「やっぱり!!ママが言ってたの「パパにおそろいのを買ってもらったのよ」って」
麻理絵ははしゃいで僚に話しかける。
「おいおい。こんなペンダント1つで俺を父親に仕立てるってのはちょっと軽いんじゃ
ねーの?」
麻理絵は可愛らしく頬を膨らませた。
「違うもん。ほかにも証拠あるもん」
麻理絵はペンダントを僚に持たせたまま、そのロケットを開いた。


その古いロケットを見たときに、僚の埃かぶった記憶がよみがえってきた。


☆ ★ ☆


ロケットには古ぼけて色あせた写真が入っていた。それを楽しそうに麻理絵は僚に見せる。
「ね、パパでしょ?いつもママは「パパの写真よ」ってこれを嬉しそうにみてたの」
香が僚に近づいた。
「パパは写真が嫌いだったから全然撮らなかったんだって。これしか残ってないって
ママ寂しそうだったんだよ」
写真自体も隠し撮りをしたようなもので顔がはっきりとしない。
色あせ、破れた写真には一人の青年が写っていた。
体つきや顔つきは僚だ…と言われても否定も肯定もできないだろう。
似ているといえば似ているし、別人と言われたらそれも納得してしまう。
写真の青年はシャツを無造作に羽織り、水筒から水を飲もうとしている。
汗にまみれ、浅黒く強い陽の光を感じる写真だった。


…あんな写真、どこから引っ張りだしてンだ…

 

☆ ★ ☆

 

アメリカに居た頃、僚は欲望の赴くまま、気分の良し悪しで女を抱いていた。
特定の女は面倒なのでたいてい金の付き合いの女だった。
たいていは一回限りの相手だが、たまに相性がいいとしばらく馴染みとなって
一緒にいるものもいた。

マリアはそんな、馴染みの娼婦だった。
仕事の帰り汚い路地裏で立っていた。その時は買う気でさまよっていたわけでなく
ねぐらに帰る道だったのだ。
蹴りでも入れて脅して、からかってやろうと思ってふとその女を見た。
外見はアジアをベースに多国籍だった。
女が微笑んだ。この太陽も差し込まない細い路地に似つかわしくない顔だった。

その日、僚は女を部屋に連れて帰った。

マリアを何度か買った。
外見と違い中身は噂に高いヤマトナデシコだった。
なんでこんなところでこんなコトを商いにしているのか不思議な女だった。
俺が居て欲しいというときに現れ、面倒だと思うとふらりといなくなった。
慣れてくると鬱陶しくなることも多いが、マリアに関してはそうではなかった。
それを相手も感じとったのか、俺の部屋に居つくようになった。

なんの気まぐれか夜だけでなく、昼出歩くときも一緒についてくるようになっていた。
あれはいつのことだったのだろう。
ダウンタウンの大通りに露店が出ていた。フリーマーケットかなんかの祭りだったのか
定かではないが…
いつもは俺の側で笑ってるだけの女が、珍しく露店の前で立ち止まり、動かなくなった。

『うれしい。ずっと大切にするから…』
そう言って彼女は声をたてて笑った。

俺も気まぐれだった。
彼女の見ていた安物のロケットを買ってやった。
1つでイイのに、売っていた婆が「ペアでないと売れないよ」なんて言いやがって。
そう、あのロケットは2つ同じものなんだ。

ペアのロケットを2つとも彼女に渡した。
女はそれに俺の写真を入れたいといいだした。
あまりにばからしい戯言に耳を貸さずに軽く蹴りを入れた。
苦痛に顔をゆがめながらも、翌日もその後も女は俺の部屋を出て行くことはなかった。

結局、彼女は俺が活動拠点を移すまで俺の部屋に居ついていた。
俺は女にもナンにも言わないで出て行く気だった。
言ってもどうなるものでもない。泣いて縋られても面倒なだけだ。
嫌な女なわけじゃない。ただこの場所だけの関係なのは確かだった。
楽なもんだ、結局、俺は着の身着のままパイソンだけあればいい。

出て行く日の前夜、いつものように彼女を抱いた。
目が覚めると女は居なかった。
ただ、投げ出したジーンズのポケットに、いつかのロケットが入っていた。
どこから探りだしたのか俺の写真入りで。

やはり俺は気まぐれで…そのロケットも一緒に持って出たんだ。

 

「…俺じゃねーよ、コレ…」
僚がぽつりとつぶやいた。
「何いってるの!パパだってば。ほらココ…」
麻理絵が指差したその先は、写真の青年の胸元だった。
小さく、だけれど斜めに傷が走っているのが見える。
写真の汚れかもしれない。
だけれどそれは汚れじゃないと…みんな解っていた。
そして、ソファに座っている僚の胸元にも傷が走っている。
その事実に香は動揺した。
勝ち誇った麻理絵の声が聞こえる。
「ね、パパと一緒でしょ?」


香は麻理絵と僚を呆然と見つめてた。

ー僚は彼女の父親?ー


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*過去ねつ造(爆)