crocodile tears 3

「お嬢チャンさ、名前は?」
僚はちょっとイタズラ気に少女に問うた。
少女はニッコリと笑って、ソファの上にだらしなく寝転がってる僚ににじり寄る。
「もう、パパってばー。お嬢ちゃんじゃないってば、麻理絵」
香には言おうとしなかった名を僚には簡単に答えた。
「…麻理絵ちゃんか…。で、年は?」
「9歳だよ。娘の年も知らないなんてパパってばハクジョー」
麻理絵はそれでも楽しそうに笑っていた。

9歳…10年前、香はまだ中学生だった。
もちろん僚とは出会っていない。兄はどうだったのだろう?
僚は日本にいたのだろうか…

そっと僚を見ると香の考えていた事を見透かしていたのだろうか、目が合った。
それでも僚は何も答えず、すぐに視線をはずすとタバコを吸った。



「ママの名前は?」
「マリアっていうんだよ。でもみんなにはマリーって呼ばれてた」
「……ンで?そのマリアママはどうしてんだい?」
「え…?」
「ハハオヤ。どうしてんだ?一緒にいるんだろう?」

そういえば、そうだ。
いくら僚が父親だとしても、母親とも別れて麻理絵が一人で暮らしていたとは
考えにくい。一人で父親を捜しに来たとしても母親は心配しているだろう。
香は少しほっとした。麻理絵の実体を感じられる気がしてきたからか…。

「…ママは…。ママは半年前に死んだわ」
一瞬唇をかみしめ、それでも何かを振り払うように麻理絵は力強く僚に言った。
僚は少し目を見開いて麻理絵をみたが、それでも予想していたかのように、
またバコをふかした。
香は思わず、麻理絵に手を伸ばし、そのままその手を自分の口元に運んだ。
「…麻理絵ちゃん…」
「でもそのおかげでパパがまだ生きてるって分かったの。だからそんな哀しそうな声
ださないでもいいんです」
麻理絵は振り返り、香を睨みつけた。

「パパパパいうんじゃねーっつの。シャレにならん」
憮然と、それでも少女に気を使ってか少し笑みを浮かべて言った。
香と麻理絵はその言葉に二人して僚を見た。
まだ目元には笑みを浮かべている。
麻理絵は一瞬口をつぐみ、それでも僚のそばに寄り添っていた。
「で、麻理絵の名字は?」
僚の問いに麻理絵はその目をそらし、口を真一文に閉じた。
僚はやってられないという笑いを浮かべ、本格的にソファに寝転んだ。
香はその様子を見ると、自分が麻理絵に相手にされていないと分かっていても
声を掛けずにいられなかった。
「麻理絵ちゃん…あの、麻理絵ちゃんは人探しにここに来たんだよね?えと誰を
探すのかな…?」
気弱な問いになってしまった。
その気弱さを感じとったのか、僚に問われた時とは一転し、強気な口調に麻理絵は戻っていた。
「そうだけど、もう見つかりました」
「え?」
「パパを探してたんです。だからパパが見つかったから、もう依頼はいいんです」
その視線の先には当たり前の様に僚がいる。
僚はその言葉が聞こえない風に目を瞑っている。
「麻理絵。さっきの答え聞いてないゼ?」
「なにっ?」
「こんなことで時間ムダにするんじゃねーよ。ほれ、フルネーム言え」
「……サエ…」
泣きそうな麻理絵の様子に思わず香は僚に取りなそうとする。
それと同じくするように、麻理絵の泣き声の大声がリビングに響いた。
「冴羽、冴羽麻理絵。私の名前は冴羽麻理絵。パパの娘なんだから冴羽麻理絵なのっ!」

 

☆ ★ ☆


「香、麻理絵は?」
「今お風呂入ってる…」
夕飯の片づけが終わって、リビングに居る僚にコーヒーを持って入ると聞かれた。
麻理絵はあの後から一言もしゃべらなくなった。
彼女の持ち物はあのリュックサックだけで、その中にも身元が分かるようなものも
無かった。僚が荷物を見た限り(香は触らせてもらえなかったのだ…)
お財布の中にも大したお金も入っていなかった。
「うん」「うううん」などかろうじての意志の表示を首を振ってするだけで
それも僚が問うた時だけだった。
さすがの僚もどうすることもできずに、とりあえず今日はここに泊めることにした。
「教授と冴子さんには電話したの?」
「あ?あぁ一応な。でも迷子の話もでてねーし、さすがに教授でもあんだけの情報で
麻理絵の親みつけられねーだろーなー」
まったくどうしろってんだよ。
僚はブツブツといいながらコーヒーを飲んだ。
香はトレイを持ったまま、僚の向かい側に座り込んだ。
「ねぇ、僚…あのね、麻理絵ちゃん本当に…あんたの子だったら…」
そんな香の言葉にふと息を吐き、そして呆れたように笑った。
「なーに言ってんだ?んなことあるわけねーだろ?」
「だって…そんなこと言ったって、麻理絵ちゃんはそうだと信じてるんだし…。
あ、あんたに否定するだけの材料あるの?」
それに、あの黒髪や力強い瞳の光は…ひどくあんたに似ている。それは私の思い込みかしら?
「おいおい、あんな言葉だけでチチオヤになんかされちゃ、たまんねーつの」
「……」
「しかもハタチの僚ちゃんにあんな大きな子供がいるわけないんだよっ」
いいながらタバコに火をつけた。
「あんたってこんな時まで…バカ言ってらっしゃい」
それでもそんな僚の軽口に香の気持ちは幾分軽くなって、少し笑った。

その時、風呂場のドアが開く音がして、香は立ち上がった。
「麻理絵ちゃん、上がったみたいね。ほらあんたもいつまでもそんな格好してないで
上になんか羽織りなさいよ。今日は麻理絵ちゃんもいるんだから」
僚は風呂上がりに、それでも今日はトランクスは穿いていたのだが(いつもは
タオルを捲いているだけだ)、上半身は裸で過ごしていた。
「あぁ〜ん、めんどくせーなー」
そういいながらもソファに無造作に掛かっていた青いシャツを腕に通した。
そこに頭にタオルを巻いた麻理絵がリビングに入ってきた。
着ているのは香のパジャマで裾を折っているけれど、歩きにくそうだ。
麻理絵は香をみて、そして僚をみた。
僚はシャツに腕を通したままでボタンはしていない姿で立っていた。
麻理絵はその姿をじっとみて、また僚に駆け寄っていった。
パジャマのズボンを踏んで転びそうだ。
「やっぱり、パパだ。パパの写真と同じ傷があるもん」
ニコニコと満面の笑みを浮かべて嬉しそうに僚に言った。
麻理絵が指さしたその先は、僚の胸板の傷があった。

思わず、香はトレイを落とした。
「パパの写真?それって…?」

☆ ★ ☆


ありえない。
俺の子供なんてあり得ない。
ヒニンしてるとかしてないとかじゃなくて…
彼女だなんだとか、顔見知りとか行きずりのオンナ、商売オンナ…
強引に欲だけを発散させたことだって、ナイとはいわない。
正直、抱いたオンナの数なんて覚えちゃいない。
乱暴に扱ったことだってあった。
そいつらの中で子供ができたって言う可能性だってないわきゃない。
ただゆきずりにヤッた相手ならもし子供できたって産むわけねーし。
商売オンナはそんなへましないだろう?
いい加減にヤッてたけど、俺の子供なんているわけねーよ。
バカかもしんないけど、それが実感。

だからって、どう説明しろってんだよ…まったく。

勘弁してくれ、香の視線が悲しくて痛い。

 

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あう…原作ネタを(爆