crocodile tears25


真夜中ではないといえ、住宅地であまりおおっぴらにドンパチするわけにもいかない。
事実、先ほどの落とし穴発動の音はかなり響き渡っていて、電気をつけはじめる家もでてきた。

 幼稚園に放火し、その土地を奪おうとしていた連中は、発火装置が始動しなかったことに不審がるよりも計画の変更にあせり不用意に園内に侵入した。
 その間抜けさのおかげで香のトラップに引っかかったから、結果ほぼ一網打尽だった。
 託児所を襲う連中と二手に分かれていたらしいが、そっちは園児を人質に取ろうとでも思っていたのか、人数自体は多くなかった。
 香はトラップの蓋に中からは開けられないように、簡単な施錠を施し、俺は 託児所に来た連中を締め上げ、2度とここを狙わない旨をしーっかりと言い聞かせた。
もちろん背後にいる組織にもそれなりの礼はさせてもらうが…
 そいつらを拘束して、そのまま落とし穴トラップにぶっこんだ。
男ばかりの落とし穴なんて見たくないっつーの。
もう一度施錠をしてから、冴子に引き渡した。
それにしたって「園の運動会用に作っていた落とし穴に侵入者いてはまった」なんてイイワケ、良くも通してくれるもんだ。

 全員を確保し、さすがに息の上がった香の腕を掴んで託児所に引っ張った。
「…りょ?」
「幼稚園だけの問題だから託児所は無関係だけどな、今回のは。やっぱ託児所に誰も
いないつのは不自然だろ?どうせ冴子が事情聴取にくるんだろうからまぁ適当にごまかすけどよ」
そのまま2人は教室に戻った。
「僚は…どうするの?」
「あぁ、こっちは済んだからって、海坊主置いて帰るわけにもいかねーからな」
戻ってくるまで待たせてもらうわ。
「そう。…コーヒーでも入れようか?インスタントだけど」
香は流しに消えた。僚はジャケットを脱ぐとパーテーションに引っ掛けた。
「なぁ、聞いていいか?」
「なあに?」

やかんに火をかけながら香が振り向いた。
「なんで落とし穴なんて作ったんだ?」
「え…えっと。今までの流れから…今回不審な車みたり追いかけられたり、見張られたり…組織的だよなって思って。そしたら今日も大人数で来るかなって思ったの。それを一網打尽に出来ちゃえば楽だなって。それに、もし僚が園庭で戦ったにしても僚なら何も言わなくても落とし穴に気づいてくれると思ったし…」
「…よくやったよ」
小さい声でつぶやいた僚の言葉に、香は嬉しそうに笑った。


☆ ★ ☆


白々と夜が明けるのを老人はお気に入りの縁側に腰を下ろし、杖にあごを乗せて見ていた。
「教授。そんなところにいたら風邪ひきますよ」
助手のかずえがお茶を入れたお盆を持って、声を掛けた。
そんなかずえをみると教授はふぉふぉふぉと本当に楽しげに笑った。
かずえは教授にお茶を渡すと、その隣に自分も腰を下ろした。
「…いつもと全然違う風景ですね」
静かにかずえは言った。
「そうじゃの。朝一番で庭師に連絡せんといかんなぁ」
そう言ってまた笑った。
美しい日本庭園が自慢の教授の邸宅の庭は、今朝は見る影もなく荒れている。
「子供達が嬉しがって、駆けまわってましたからね。サーチライトの電気代も相当とられますよ、教授」
「それはあの意地っ張りの馬鹿モノに請求してよかろう…庭の修復代は見逃してやるんだからのぉ」
掌で暖めていたお茶をズズズと飲む。
そう、子供たちが海坊主に連れられてやってきたのは教授の家だったのだ。
広い庭は子供達にとって絶好の遊び場となって、教授もそれを承知だったのか
暗くなっても外で遊べる様にライトも用意し、食事も風呂も託児所ご一行はここで過ごしたのだった。
「教授…1つお伺いしてもよろしいですか?」
「なんじゃ?」
「ここにいらしていた園長さんが冴羽さんの依頼人なんですよね?「XYZ」したっておしゃってたから…。でも教授と園長はお知りあいでしょ?そんな面倒をしなくても教授が冴羽さんに話をすれば済んだんじゃないんですか?」
かずえの問いに教授はまたお茶を飲んでから言った。
「あいつはのぉ、香くんが出ていった事にわしが一枚噛んでたのが気に食わなかったらしくて拗ねてたからのぉ。素直に首を縦に振るとは思えなかったんじゃよ」
まだまだ子供じゃのぉ。
ふぉふぉふぉ。
すっかりと日の昇った日本庭園に老人の笑い声が響いた。


☆ ★ ☆


事件が起こってからずっと気が張っていたのだろう。
コーヒーを飲んでしばらくすると香が静かになった。
見るとコーヒーカップを両手でもったまま、うつらうつらとしている。
僚は部屋の電気を消すと手に在るカップをはずし、香を横抱きに抱きかかえた。
頭を自分の胸元に寄せる様にして、子供たちが使っているであろうフトンを引き寄せると抱きしめたままそれを香に掛けた。
 海坊主にはさっき連絡を入れた。
もうすぐ皆でここに戻ってくるだろう。
それまで少しの間このままでいさせてくれ。
ー香の重さが心地良い。
僚は自分も睡みを感じながらそんなことを思って、自分も香の肩口に頭をもたれかけ、身を任せて目を瞑った。


「ただいまーーー」
まだ日が昇って間も無い時間に皆が帰ってきた。
眠ったままの子どもたちも海坊主が抱えて入ってきた。
「かおりせんせい、ただいまー」
雪奈が香に近寄る。
「おかえりなさい、雪奈ちゃん。怖くなかった?」
「全然怖くなかった。楽しかったよ、パパもお迎えにきてくれて一緒に遊んだの」
雪奈の後には斎藤が立っている。連絡をしたから教授の家に迎えにいったらしい。
「香センセ。ほんと素敵なところだったわ。あなたも来ればいかったのに」
裕の母親だ。教授の邸宅に魅了されたらしい。
香は微笑んで話を聞いている。
 
僚は子供たちの相手をしている香の様子を部屋の隅でそっと見ていた。
「冴羽さん…。このたびは本当にありがとうございました」
園長が僚に近づいて頭をさげた。
「おいおい、止してくれよ。俺は依頼料の対価として仕事を請け負っただけだ」
「えぇ、でも子供達は誰も怪我することもなく、こんなにすぐに解決してくだすって…」
園長の言葉を遮るように僚は封筒をさしだした。
「これは…。あなたに依頼料として…」
僚は香を見た。そして園長に向き直る。
「コレは返す…依頼料、別のものにしてくれないか?」
「え…でもこれ以外にお金になるものなんて無いのですけれど…」
「あぁ…」
僚は一瞬顔を伏せてから彼女を指差し、一気に言った。
「アイツ、くれないか?」
もちろんその指の先には香がいる。


参ったよ、もうお手上げ。
一人であんな落とし穴のトラップ作るやつ、そこら辺に置いとけねぇよ。
自分のそばで見張って置かなきゃ、なにするかわかんねぇじゃねぇか。


当の香も園長もそして、そこここにいる園児や先生、海坊主までもきょとんとした表情を見せていた。
一番最初に気をもどしたのは園長だった。
そして園長は僚の目を見て言った。
「ダメ、です」
僚、そして香も驚いて表情を固くした。
そんな2人を見て園長はニコっと笑っていた。
「香さんは『物』ではありませんよ。言葉が違うんじゃありませんか?冴羽さん」
その言葉に僚はぽりぽりと指で頬を掻いた。
 香は先ほどの僚の言葉を聞いて、僚と園長のそばに来ていた。
そんな香に僚は言った。
「戻って…来るか?」
僚とは思えない気弱なセリフで、香に言った。僚は照れくさいのか終始伏せ目がちでいる。
「……」
「まぁ、お前がイヤだってなら、無理にとは言わないが…」
 部屋の脇では海坊主が腕を組みながら、おかしそうに笑い声を堪えてる。
園児やその他ギャラリーは固唾を飲んで見守っている。その中には雪奈を抱き上げた斎藤ももちろんいる。

「……い、いいのかな?帰って。あ、あたし自分勝手に出てきたのに…」
「麻理絵もいなくなってよ、部屋も汚くなったし。洗濯も溜まり放題なんだよ」
僚は少し笑いながら続ける。
「止めるやつがいないから、ツケだって溜まり放題になっちまって、ピンチだし」
香の顔は涙に濡れてながら、笑顔をみせた。
「ば、ばかじゃない!あんた…ま、まだそんな事し、して…」
 
香は嬉しかった。
僚の足手まといになると思って自分から家を飛び出した。
離れている間は寂しかったけれど、自分の為に僚が怪我をすることがなくなって安堵もした。
それでも今回の事件で再会できた時に一緒にいたいと、僚を見つづけていたいと強く願ってしまった。
いまさら自分からそんなことも言い出せず、僚も自分が出ていった事を受け入れている様だったから…
せめて、事件で何かの役に立ちたいと思っていた。
だからトラップも持っている技術を駆使して作っていたのだ。


僚が近づいて香の頭を抱きこんだ。
「だから……戻って来い」
香は僚の胸の中で頷こうとした、その時…


「だぁーーーーーーーーめぇーーーーーーーーっ!!」

 

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*びっくりした?(笑)