crocodile tears24


辺りが真っ暗になった。
 香は誰もいない寂しい託児所に、いつものように電気をつけて一人でいた。
もちろん電気を点けているのは怖いからではなくて、お盆お彼岸年末年始も稼動している託児所なのに、こんな普通の日に真っ暗だったら怪しまれるからだ。
 テレビも小さく付けている。
と、玄関ドアが一回ノックされた。
香は一瞬びくっとしたが、ほっと息をはいてドアに近づいた。
「…僚?」
「おぉ」
香はチェーンをかけたままドアを薄く開け、そして僚の姿を確認すると、一度ドアを閉じてからチェーンをはずし僚を迎えいれた。
「何してたのよ、あんた」
「香ちゃんこそ、タコと一緒に行かなかったのか?」
ふっと笑顔混じりに問われて思わず、香は赤くなった。
「…あんた一人じゃ、ここも破壊しかねないと思ったから残ってたのよ」
僚は着ていたジャケットを脱ぐとばさっと埃をとばした。
辺りが一瞬霞むほどの砂ぼこりだった。香はその中に硝煙の匂いも感じていた。
「ちょ…あんた室内でなにすんのよ。もう、貸して」
僚のジャケットを受け取ると香は窓に手を伸ばしてそれを叩いた。
何かやってるほうが気がまぎれる。
「まったくなんでこんなに汚れるんだか…子供たちよりたち悪いわ、ホントに」
そんな香のお小言を珍しく静かに聞いていた僚がジーンズのポケットから何か取り出した。
「ほら、幼稚園の権利書と借金の契約書」
「え?僚、取り返してくれたの?」
「当たり前だっつの。一応正式な書類だからな、こっちの手に戻しておかないとなにがおこるかわからん」
「もしかして…これ取り返しにいってたの?」
香の言葉に僚は得意そうに笑った。
「これ持ってきちまったから、奴さんら頭にきてるぜ、総力を結集して取り返しにくるかもな」
「の、望むところよ。自分たちの思う通りにならないことを思い知らせてやるわ」
 拳を握り締めた香をみて少し僚は微笑んだ。


 
こんな事に、もう巻き込みたくなくて自分の所から手放したってのにな。
今回だって香に近づかせないで事件を解決することができないわけではなかっただろう。
 それでも自分から飛び込んでくる香に、そして信頼出来るあいつを思わず利用している自分もいるわけで…マジ、いい加減すぎる自分の対応がイヤになる。
 普通だったら発火装置なんかもあいつに処理させるなんてあり得ないんだ。
 指示をしてから拙ったと思った。上手く処理するあいつに驚愕もした。
 あんなに冷静にそれも手早く解除することができるだなんて…だから…もうこれ以上はあれ以外は絶対に関わらせないように海坊主と一緒に行くように指示していたってのに…

それでもどこかでこいつが残る、とも考えていたのかもしれない。
託児所の電気がついていた、それを見たときに俺は決意したんだ。


「ほら、お前の決意はわかったから。それどっかに仕舞っとけよ」
「うん。ロッカーに入れておく。あそこなら鍵もかかるし、ロッカーごと持ってくわけにもいかないだろうから」
そう言った、香の鼻を僚が軽くつまんだ。
「…んっ。ナにすんのよ」
香がその僚の手をちょっとはらった。
「泥ついてんぞ。なんだお前、ガキンチョと一緒に泥遊びでもしてたのか?」
「あ、えぇえ。やだなー、そんなことするわけないじゃない」
そのまま洗面所に駆けこんだ。
 僚は香のいなくなった、その託児所内をゆっくりと見まわした。
全体にパステルカラーの室内、隅に積み上げられたたくさんのおもちゃ。
可愛い柄のフトンや毛布。アニメやお遊戯のビデオ、天井や窓に貼られたシール。
今にも子供たちの笑顔が浮かんでくる様だ。
そしてここで世話をしている香の顔もすぐ浮かぶ…
(まったく俺はここには似合わねぇ、いちゃいかん場所だな…)
「どうしたの?僚」
顔をタオルで拭きながら香が出てきた。
「ん、いや、別に。なぁタバコ吸っていいか?」
「あぁ…流しでならイイよ?一応禁煙だから…ゴメン」
早速タバコを取りだし、一本口に挟みながら僚は流しに向かう。
そして流しにもたれながら換気扇を動かし、僚は大きく煙を吐き出した。
ゆっくりと煙が外にながれていく。
香はクッションに腰をおろしながら、そんな僚をじっと見ていた。
「ねぇ…聞いていい?」
僚はギャルソンの様に手を香に向けて、話しを促した。
「発火装置なんて…何するつもりだったのかしら…えっと火がでるのは分かるよ?」
僚は聞きながら、もう一度煙を吐き出した。
「…人気が無くなった時に火を起こす。最近乾燥してるしな、今日はおあつらえむきに風も強い…あの位置で発火させたら幼稚園に燃え移る可能性も高いと思わないか?」
香は立ちあがって僚に近づいた。
「ちょ…だったら犯人は幼稚園に放火する気だったっていうの?」
「十中八九そうだろうな」
「なんで!?だってあいつら幼稚園の権利書は持ってたのよ?そこまでする必要ないじゃない」
「園長が俺に接触したのを知ったんだろうよ。で、俺が出張る前にうるさいことは全部始末を
つけちまおうとでも思ったんじゃないか。それに建物がなくなれば園長も静かになるとも思ったかもな」
「ひ、ひどい!まだ幼稚園には想い出の品がたくさん残っているのに!」
「ついでに火事を起こしたってなったら、ご近所じゃ白い目で見られるかもしれないしな。そうしたら託児所だって無視するわけにはいかないだろう?所有者は同じなんだし…一石二鳥を狙ったかもな」
「なんで。どうしてそこまでするの!?幼稚園の土地はともかく、託児所は関係ないじゃない」
香は顔をまっ赤にして僚に喰い掛かった。
僚はタバコを自分の手の甲で火を消すと香のそばに行き、おでこをちょんと弾いた。
「そんな話しのわかるヤツラじゃないってことさ」
「……」
香は弾かれたおでこを手で押さえた。
僚はそんな香を見ながら大きな声で言った。
「さってと、発火装置にしかけられたタイマーは何時だった?」
「あ、22時っ!!」
そして2人は同じに壁掛け時計を見上げる。時計の針はきれいに10時を差している。

「始めるぞ、香っ」
言って僚は窓からパイソンの引鉄を引いた。
弾痕は一直線に装置目掛けて飛んでいく。そして一瞬火花が散った。

一瞬の、ほんの一瞬の静寂ののち…

香が呆然と窓から発火装置をみていると、幼稚園を囲む3方からかなりの数の人影が幼稚園に侵入しようと向かうのが見えた。
「な…なにこれ」
「やっとおでましだな。一気に片付けてやろうぜ」
外に出ようとする僚を香が腕を掴んで止めた。
怖がってるようではない、何か知ってるような考えてるような意志を感じた。
僚は香に視線を向ける。香はじっと窓の外を見ていた。
「ちょっと待って」
「なんだ?怖くなったのか、だからタコと一緒に…」
香はそっと首を横に振る。
僚も何気なく香と同じように視線を窓の外に向けていた。
15,6人の人影が塀を乗り越えて園の中にはいっている。
「おい、いいかげんこっちからも仕掛けってーー」

ド、ドドゴーンッ

香に注意をしようとしていた僚の背後で何かの崩れる大きな音がした。
外を見て、僚が奇妙な声をだす。
「どーいうこった、こりゃぁ〜」
振りかえって香を見ると、ちょっとだけ得意そうにしている。
「お前がやったのか?」
「うん。子供たちを見送ってから時間あったし…なんか身体、動かしてたかったのよね〜」
じっと待ってるの、性に合わないし。

 そう、幼稚園の庭には大きな落とし穴が出来ていた。

一瞬にして人影が消えた。いや、埋まった。
真っ暗な中、そんなものが出来ているとは露にも思っていない侵入者達は
見事に落とし穴にはまっていた。
二人してそれを眺めていると、バタンとまた妙な音が外から聞こえた。
僚はもう何も言わず、香に問うた。
香は照れくさそうに言った。

「一定以上の加重がかかったら蓋が閉まるようにしたのよ」

竹とビニール袋でできてるから、呼吸はできるはずよ?
僚は口端で笑って、香の髪をくしゃっと撫でた。
「んじゃ、残りを始末するとしますか」
「うんっ。さっさと片付けてみんなを迎えに行こうね」


2人は託児所を飛び出した。


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*なんだかんだと息が合ってます(笑)次回やっとラストです。