crocodile tears23


「なーんか、最近の香センセ、生き生きしてるわよねー」
朝、裕をお迎えに来た母親が香にからかう様に言った。
「あ、芳川さんもそう思いました?私も思ってたんですよ。もうお肌とかもピカピカなんだから」
皆子が香の肩を組み指で頬をつんつんとつつく。
「なななーに言ってるんですか。そんな特に変わってませんて」
「いいや、かわりましたっ!!」
裕の母親と皆子は顔を合わせて香に言った。
「ずばり!恋してるわね、香センセ」
「してないですーーーーっ!!」
香は顔を真っ赤に声を大にしていった。のにも関わらず裕の母親と皆子は勝手に自分たちで納得したまま、母親は裕を連れて帰り、皆子は作業にもどった。
「もぅ…」
そんな様子を見て香は苦笑いを浮かべながらも先ほどの発言にドキリとしていた。
確かに僚と再会してから自分の気分が高揚している。
あれほど決意して僚の元を出てきたのにも関わらず、僚と逢えて嬉しい自分がいるのだ。
幼稚園が守られれば、また僚とは関わりが切れ、そして今度こそ再会することはないだろう。
最後だと自分に言い聞かせ、僚の姿を焼き付けておこうと香は決めていた。
「かおりせんせー、おはようございます」
大きな声で雪奈が入ってきた。そのまま玄関にいた香の甘える様に抱きつく。
「はい、おはよう。雪奈ちゃん、手つめたいね〜。お外寒かった?」
「うん、すっごいすっごいさむかった。かおりせんせいはあったかいね〜」
雪奈は香に擦り寄る。
「こら、雪奈。靴脱いだら仕舞ってすぐにお教室に行く!香先生に甘えない。お前だけの先生じゃないんだから」
雪奈の荷物をもった斎藤がドアのところに立って言う。
香と斎藤は互いに少し頭を下げて挨拶をする。
「あまえてないもん。かおりせんせいはゆきなのことすきだもん。またおうちでごはん…」
斎藤が雪奈を遮るように抱き上げた。
「ほ、ほら。早くお教室行きなさい」
そのまま床に下ろして雪奈の背中を押して促す。
雪奈は膨れっつらのまま、教室に向かって歩いていった。
その姿を斎藤につられて香は見ていた。
「…すいません。雪奈が余計なことを…」
香が雪奈の荷物を受け取っていると斎藤がぼそりと言った。
「いいえ…そんな…気になさらないでください…」
子供は無邪気だ。それを叱ってどうにかなるものでもないし、香が斎藤の家に行ったのは事実だから。
「…じゃあ、雪奈お願いします。今日は定時で帰れるとおもいますので」
「はい。行ってらっしゃい」
斎藤は何か言いたげにでも何も言わずそのまま香に頭を下げて出勤した。
 あの告白の日から斎藤と話す事はなかった。もちろん雪奈は毎日来ていたが、香としてはどう対応していいのか分からず、暗に避けていたのだ。
(告白されただけなのに…なんでこんな普通の対応ができないんだろう…)
「お、おぉぉおおお??」
「な、んですか皆子先生。お、おかしな声だして」
皆子は香にすりすりと擦り寄った。
「斎藤氏と…なんかあったね?」
自白を促す刑事のような口調で皆子は香に詰め寄る。
「なんかって…な、なにもないですよ。何言ってるんですか」
皆子をやり過ごして教室に向かうも、皆子も負けずについてくる。
「いいや、あった。だってあの目と目で会話しちゃってる感じ、ばれないと思ってるの?」
「か、からかわないでくださいっ」
香の怒った様子に皆子は笑顔を見せた。
「だってツマんないんだもーーーん。香センセからかうの楽しいしさ」
「もう。そんなヒマがあるなら、お散歩の準備してくださいっ」
「ごめんごめん」
笑いながら肩を叩いて、皆子は教室に入っていった。
「さーってと今日も良く働きましたっと」
香も伸びをして教室に入った。

☆ ★ ☆

アパートで何時間か睡眠をとり、託児所に行く前に軽く食事をとる。
香は出勤の2時間くらい前にいつも起きていた。
近くなのだからもっと遅くまで寝ててもいいのだが、それをしないのが香の性格をあらわしている。
起きてカーテンを開けると幼稚園が見える。
夕焼けに空が染まっている。このところ暗くなるのが目に見えて早くなり、5時前だというのにもう街灯も点きはじめている。
香は窓枠に吊るしてある小さな双眼鏡を手に取ると、ベッドに座り込み、窓に向かった。
 園が狙われていると知ってから香は時間が出来ると幼稚園を確認することにしている。
これだけでなにか変わるとは思えないが何かをしていたかった。
 僚からはあれから未だ連絡はない。慎重を期しているのかもしれない。
幼稚園も今のところ落ち着いていて特に連絡をしなければならないと事はなかった。
 ふと、香の視線に怪しい人影が映った。目を凝らしてその人影をみる。
幼稚園の塀と同じくらいの身長、骨格からしてもそれは男性のようだ。
塀の影にうずくまって何かをしているように見えるが、塀と木に阻まれていまいち確認できない。
 香はベッドの上に立ちあがって覗き見た。どうもイヤな予感がして香はジャケットを掴むと外に出ていった。


香は不審者のいた場所に近づくと、携帯を取りだした。数回の呼び出し音で僚がでる。
『どうした?』
「あ、僚。えとね、今幼稚園の外に不審者がいたの。それでその場所にきたんだけど…なんか…おかしな物がおいてあるの。ここから見る限りだと…時限発火装置みたい」
『確かか?』
「はっきりしたことは言えないけど。可能性はあるよ」
『それを置いたと思われる不審者は?』
「あたしがここに来たときはもういなかった。バイクの音が聞こえたからそれかもしれない」
『そうか…じゃあ香、それに近づいてもっと良くみてくれ』
香は僚の指示に従う。
「近くに来たよ。で、やっぱり発火装置みたい」
『あぁ…じゃあ香、見た目そのままで発火装置だけ壊せるか?無理だったらいいいぞ』
香はその言葉にじっとその装置を見た。
証拠を残さないようにか、いたって簡単な作りになっている。
「出来ると思う。ちょっと待ってて」
『急がなくていい。慎重にやれ。携帯はこのままで待ってるから』
「うん、分かった」
携帯を地面において、香は発火装置の側にしゃがみこんだ。

何分たっただろうか…香は冬なのに汗びっしょりの自分の額を拭った。
「僚、聞こえる?成功したよ」
『そうか、良くやった。でそれはそのままにしておけ。確認に来てなかったら拙いし』
「うん、分かった。それで次はなにすればいい?」
装置をうまく処理できたからなのか、僚に誉められたからなのか、香は疲れも見せず僚に聞いた。
『あと20分ぐらいしたらタコのヤツがそっちにつく』
「え、海坊主さんが?」
『おう、真っ赤なバス乗ってな』
「バ、バス〜?あんた何する気?」
『ガキどもを深夜の遠足に連れてってやるのさ。詳しくはタコのヤツに聞いてくれ』
「ちょっと。僚は何するのよ?」
『俺は別口。お前はタコがついたら園児をバスに誘導してやってくれ。全員乗せたの確認したらお前も一緒にバスに乗って遠足いってこい』
「え。ちょっと、ねぇ」
『わりい、こっちの時間迫ってきたから。またな』
一方的に僚は電話を切った。
香は少し憮然としながらも僚に言われたことを実行すべく、託児所に走った。


「香センセ、これなんの騒ぎ?」
 園長に事情を話し、海坊主が来た際の行動について了解と全面の指揮を与えてもらった。
 子供達の保護者にもとりあえずの事情を説明し、納得してもらっていた。
それでなくてもここに子供を預けてる人は園長に信頼と信用を寄せているので大概は反対もしないで聞いてくれる。
 そうこうしている間に海坊主は到着し、香は他の保育士とともに子供たちを
バスに乗せていた。
 最初は海坊主の風貌に驚いていた子供達も、いつもと違う、バスに乗ってお出かけできることが分かると嬉々として乗りこんでいた。
 そこに裕の母親が裕を連れて来て、上記の問いとなったのだ。
「あ、芳川さん。こんばんは。えっと今日は急なんですけど…えと遠足に行くことになりました〜!!」
「わーーーい!!遠足遠足!このバスでいくの?」
裕は無邪気に喜んでいるが母親の立場としたらそうは簡単じゃない。
「え、どういうこと?遠足って?」
香はとりあえず裕をバスに乗せた。そして母親に向き直る。
「芳川さん、詳しい事情は今はまだ言えませんが、今夜ここの託児所にちょっと宜しくない来客のある可能性があります。もちろん今夜お休みとさせて頂くという手もあるのですが、それだと困る保護者の方も多いと思うんです。ですので勝手ながら
皆でちょっと移動させてもらうことにしたんです。急ですみません」
そのまま裕の母親に頭を下げる。
「ちょ…よろしくないって…。それは分かった。でもこの子たちの行くところも安全なの?」
香はニッコリと笑って言った。
「えぇ、それはもちろん。素敵な日本家屋のある広いお庭でみーんなで鬼ごっこできますよ。芳川さんも今日はお店休んで一緒にどうですか?」
「も、ナンバーワンに何言ってるかな〜、イイ笑顔で。でもたまにはガキンチョ孝行もいいかもね。休んじゃおうかなー」
言いながら携帯を取りだしそのままバスに乗り込んだ。
「園長先生。みんな乗ってますか?」
香はタラップに片足をかけると中にいる園長に声をかけた。
「えぇ、全員乗っているわ、大丈夫よ」
その返事に笑顔で頷くと、今度は外に回って運転席に座ってる海坊主に声をかけた。
「海坊主さん、みんな揃ったから出発してください」
「ん?お前も乗るんじゃないのか?」
海坊主はいぶかしげに香を見た。
「あたしはここに残ります。僚、きっとここに来るでしょ。だから僚を待ってるわ」
「…分かった。無理はするんじゃないぞ」
「はい。海坊主さん、みんなをお願いします」
 バスのドアが閉まり、ゆっくりと夕焼けの中進んで行く。
香はそれを見送ると僚が来るまでの準備をしようと、また動き出した。


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*2人でシティーハンター。それが基本