crocodile tears17


「ママはいっつも写真を見ていたの」
冴子は麻理絵を連れて近くのファーストフード店に入った。
カウンターに座り、麻理絵にはオレンジジュースを、自分はコーヒーを頼んだ。
麻理絵を掴まえた後もすぐには戻りたくないというので、話を聞こうと思って
入ったのだった。
 店に入ってからは、麻理絵は思ったよりもすぐに話だした。
もう少し抵抗をするかと思っていたのだが、祖母が来たことでもう僚の所にはいられないと
諦めたのであろう。

冴子が内々で話をしていた地方の所轄から連絡が来たのは香が出ていく直前だった。
「孫が家出をしたという相談が来た」と、冴子が話をしていた案件と似ているのではないか?
その老人も「新宿」を気にしている…ともかくそちらに行くように言ったから。
そうして会った人物が柿崎みわだった。
みわの持ってきた孫の写真は、今僚の家にいる麻理絵に間違いは無く、急いで僚に電話を
したのだった。
「一番良く見ていたのがこの写真だったの」
麻理絵は襟元からチェーンをとりだし、ロケットを開けて冴子に見せた。
「私、あんまりパパやママと写っている写真持ってないんだけど、だけど他にも写真は
あるのに、ママはこればっか見ていたの。そしてー素敵でしょーって」
冴子がのぞきこんだ写真はみわに教えられた麻理絵の父親よりも僚に似ていた。
「パパと遊んだ思い出はあんまりないんだけど。すっごい大きかったなーって思って」
赤ん坊の麻理絵には普通の体格の男性でも大きく感じるだろう。
「だからこの写真は絶対パパだって思ってた。だってママに「パパ?」って聞いても
ニッコリと笑ってた。ママに「パパと会いたい」って言ったら「今はどこにいるか
わからないのよ。でも待ってて?探しているから」って言ってた」
麻理絵はジュースを一気に飲んだ。
「だから、ママの代わりに麻理絵がパパを探そうって思ったの」
「でも…僚じゃないでしょ?」
麻理絵は唇をかみしめた。
「…ママの所にたまにくる男の人もいた。だけどその人も…すぐに来なくなっちゃったもん」
麻理絵の声が尻つぼみに小さくなる。麻理絵は気づいているのだー
「ママに…好きな人に会わせてあげたかったの。ママの笑った顔が見たかったの」
俯いて肩を振るわせた麻理絵の頭をそっと冴子は撫で続けた。
「ねぇ、なんで僚の事「パパ」だなんて言ったの?」
「…ママが良く見ていた写真の人に似てたの、僚が。それに…幸せそうだから」
「え?」
「私はママもパパもいないのに香さんには僚がいて。香さんが幸せそうだから…
だからちょっとからかっただけなの…」
9歳の子にしたらよく考えたこと…。冴子は少しめまいを感じた。
「香さんのこと、嫌い?」
麻理絵は小さく首を横に振った。それを見て少しほっとした。
「最初は…ちょっとむかついたりしたけど…誘拐されたときとか、そうじゃなくても
良くしてくれたし…香さんが僚のところからでてくなんて思わなかったもん」
麻理絵はちょっとふてくされたように言う。
「そう…ね」
「香さん、戻ってくるよね。そしたらまた3人で暮らしたいな」
そんな麻理絵に冴子は今度は眉間にしわをよせた。
「ちょっと、何言ってるの、もう。…ね、お祖母様と暮らすのは嫌?」
「嫌じゃないよ。でもおばあちゃんもいつか居なくなっちゃうでしょ?それに麻理絵がいたら
遊びにも行けないじゃない」
ずずずと音をたてて麻理絵はジュースを飲み込んだ。
麻理絵は麻理絵なりに自分の行く末を心配していたのだ。その心配は分からないでもない。
でもそれは違う。
「なに生意気言ってるの。お祖母様があなたが居なくなって喜ぶわけないでしょ。
あなたと一緒に生活しているのが楽しいのだから。本当にすごい心配してらしたのよ」
「……」
「反省なさい」
麻理絵はこっくりと頷いた。
その様子を見て冴子は微笑んだ。
「さて、じゃあ帰りましょうか」


☆ ★ ☆

 

「娘と会っていることが彼の奥さんにばれたらしいのです」
まだ日が高いうちにここに来たというのに、今は夕陽が入りこんでいる。
「麻理絵はまだ1歳にもなっていなかったと思います。彼はなかなか戻って来れない
海外の関係会社に研修という名目で行かされました。最初の頃は手紙のやり取りが
合ったようですが、次第に…そしてその地で病に伏せて彼は亡くなりました。訃報の
はがきだけが娘には届いたのです。奥さんが送ったのだと思いますが。その時麻理絵は
3歳になるかならないかだったと…それから娘は外との交流をよりいっそう避ける様になりました。」
僚は首を天井に向けて、大きくタバコの火を吐き出した。
「娘は古いロケットペンダントを持っていてそれをとても大切にしていました。たまに「想い出なの」と麻理絵にも言っていました」
みわはゆっくりと深呼吸をした。
「娘は…彼を愛していました。少なくとも私にはそう見えました。その彼がいなくなってどうしていいかわからなかったのかもしれません。なんで彼とあなたを混乱したのかは分からないのですが…。「彼」が「パパ」が「父親」がいないなんて思いたくなかったのかもしれません」
僚は返事の変わりにタバコを吹かした。
2人の間に沈黙が流れた。みわも僚も何か言い足りないような、それでいてすべてが終わったような気持ちでいた。
そんな沈黙をみわが破った。
「冴羽さん、あなた…どうして麻理絵を?」
僚はその質問に逡巡した。
「なんでだろうな。まあんたみたいな身内が見つかんないってのもあったし……」
うつむき加減で自嘲の笑みを浮かべる。香の笑顔が脳裏に映った。
(麻理絵がいると、香が楽しそうだったから)
「そうですか…本当にお世話になりました」
僚はみわの言葉を聞きながら玄関の方に首を向けた。
「麻理絵、戻ってきたみたいだな」
みわが問い返す前にリビングに冴子と麻理絵が姿をあらわした。
冴子が麻理絵を促す。
「た…ただいま」
「おかえりなさい」
みわは驚いた表情を見せたが優しく麻理絵に言った。
冴子はそっと麻理絵から離れた。
「心配掛けてごめん…ごめん…さい」
ふてくされたように麻理絵は言う。
それでもみわは嬉しかった様で、すぐに麻理絵に駆け寄った。
「もう、本当にどこいったかと思ってたのよ。あなたまで居なくなったら……」
そのあとは嗚咽で話ができなかった。
麻理絵は戸惑ったような顔をうかべながらも小さな祖母をそっと抱きしめた。
「ごめんね、おばあちゃん。これからずっとおばあちゃんのそばに居るから」
僚と冴子はその様子をほっとした表情で(いや僚は多少苦笑いを浮かべて)眺めていた。
「コーヒー入れてくるわ」
冴子がリビングに向かった。

珍しく冴子が淹れたコーヒーを飲んでいる間、麻理絵は香の部屋に行って荷物をまとめていた。
それが終わり、麻理絵がリビングに入ってくる。
麻理絵がソファに寝ころんでいる僚に近づいて行った。
「ん?」
「えっと…ごめんなさい。迷惑かけて…それで、あの」
麻理絵が何か言いにくそうにもじもじとしていた。僚はそんな麻理絵に目を細めた。
「ばぁちゃん居るなら早く言えや。ま、迎えに来てもらえてよかったな」
「うん」
「もうむやみやたらにパパなんて言うんじゃねーぞ」
そういうと、僚はいつものごとくエロ本を頭に乗せ、ソファに寝転んだ。
麻理絵はその様子に笑みを浮かべた。そしてそのまま祖母の手をとってリビングのドアの前まで行って、僚の方に振りかえった。
「ねぇパパ。香さん、早く帰ってくればいいね」
僚はエロ本を掴もうとして手を滑らした。
コケた拍子に麻理絵を見上げると笑顔で声を立てていた。
子供らしい笑顔だった。
「おい、パパって呼ぶなっていっただろう。……まぁお前もばあちゃんと達者で暮らせ」
麻理絵とみわは笑顔でリビングを出ていった。

 

☆ ★ ☆


「よっぽど楽しかったんでしょう。雪奈のヤツぐっすり眠ってますよ」
奥の部屋に雪奈を寝かしにいった斎藤が戻ってきた。
「あたしも楽しかったです。みんなでご飯食べるってやっぱりいいですね」
斎藤は微笑みながら香の向かいに座った。
「香さんは今の園に来る前はどちらにいらしてたんですか?」
斎藤の何気ない問いに香は動揺した。そしてその質問を聞いて明かに表情を
固くした。その変化に斎藤の方が驚いた。
「え…?ぁー、すいません。プライベートなことを聞いてしまって。えっとあの…」
冷めたお茶を斎藤は一気に飲んだ。
「えっと、あの、ああたしもう帰りますね。明日また勤務ですし。すいません遅くまで」
香はあせって立ちあがってハンガーにかかっていたジャケットを取った。
「ほんとお邪魔しました。雪奈ちゃんにもよろしくお伝えください…」
「あ、だったら送って行きます」
「イイです、イイです。そんな遠くないですし。雪奈ちゃんも居るし」
「ダメです。ここらへんは夜人気がないんです。女性をみすみす一人歩きさせるなんてできません」
斎藤はそれでも一人で帰るという香に決して引かなかった。
「家についたら電話しますから…」
「いえ、雪奈をおぶって一緒に行きます。一度寝てしまうとなかなか起きないし。一人歩きは絶対にさせられません。一人で帰るというのならうちに泊まっていってくださいっ!!」
それには香が驚いた。
結局香が折れ、雪奈をおぶった斎藤と一緒にアパートを出た。

 next>

back

 


*僚の方はいいとしても…(苦笑)っていうか原作に…ごほごほ