crocodile tears13

漠然と思っていた。
いつかここからアイツは出て行くだろうと。
それを引き止める気も、邪魔する気もなかった。
どちらかというと喜んで送り出す気だったんだ。

槇村からアイツを託されて、早ん年。
年頃になったアイツは、アイツとつりあう男と出会って、嫁にでもいくだろうと。
そうしたら俺は、お役御免だ。

またねぐらを変えて、アイツの前から姿を消す…アイツだって危険な日々を忘れて、安心した暮らしをするだろう。

それを思えば、少々予想していた事と違うとはいえ、ここから出ていったことは喜ばしいことだろう。

なのに、なんでこんなに苦しいんだ。こんなに気になるんだ。

☆ ★ ☆

香が出て行って3日。
僚はソファの上で寝転がり、ぼんやりとタバコを吸っていた。
伝言板は見に行っていない。例え依頼があったとしても麻理絵と2人のこの
状況ではどうすることも出来ない。

キャッツに行けば行ったで美樹ちゃんから「どうして探しにいかないの!」
なんて小言を言われるだけだ。手紙が着いたその日から俺の顔を見ればそれを
いう。さすがにキャッツでは海坊主がたしなめてくれるのだが。

海坊主は海坊主で、昔、美樹ちゃんを同じように表に帰すかどうかで葛藤したことがあるだろう。だから静観をするらしいが、その反面美樹ちゃんは香を自分の昔の姿と重ねて(ま、それじゃなくても仲良しだったからな)かどうかわからんがかなりこの状況にご立腹だ。
香の手紙になにが書いてあったかは知れないが、その手紙だけでは到底納得は出来なかったのだろう。


「パパ。コーヒー飲む?」
麻理絵がトレイにカップを二つ乗っけてリビングに入ってきた。
「おぅ」
麻理絵はそのまま僚の隣に座ると、テレビをつけた。
 香が出ていった時と告げた時、麻理絵は「そう」とつぶやいた。
そして「香さんオトナだもんね、一人で暮らせるもんね」と無邪気に言った。
それから家事は麻理絵がやっている。
ただ掃除は苦手な様であまりしない。香が居るときと同じようで、違う。
だんだんくすんでいってるように感じるのはアイツがいないからか掃除をしていないからか…でも僚はどっちでも構わないと思った。

もう、なんでもいい。

 テレビに見入る麻理絵の背中を見ながらそんな事を思った。

☆ ★ ☆


ビービービー

ビルの下から防犯ブザーの音が聞こえる。
香と皆子は顔を見合わせた。
「あ、あたしちょっと下見てきます。皆子先生はドアの鍵を閉めて、じっとしててください」
「え、あ、ちょっと」
皆子の声を背中に聞きながら、香は階段を駆け下りた。
エレベーターは上にしておき、外から来た人がすぐに乗れない様にした。
ビルを出て、ブロック塀を越えると中学生の少女がベルを鳴らしているのが見えた。
その先にエンジンをふかして狭い道には似つかわしくないスピードで走り去る黒い車の後姿が見えた。
「里美ちゃんっ」
「香先生」
里美は香に飛びついた。香は里美を抱きしめながらそっとブザー止めた。
「どうしたの?大丈夫?」
「怖かった〜」
まだ息が上がっているのに何もなかったかのように、明るく言う。
里美の母親は大きな病院で看護婦をしていた。父親はおらず、里美の小さな弟がここに預けられていた。
里美は学校が終わるとここに来て、香たちの手伝いをしながら母親が迎えに来る
のを待っているのだった。
「黒い車に後つけられたー。すっごい気持ち悪かったよー」
「何かされなかった?」
「うん、平気。もう少しで託児所着くやって思って、振りかえったら車から男の人が降りようとしてたから、怖くてブザー鳴らしたの」
「ずっと付けられてたの?」
「…わかんない。だけど私が気づいたのは商店街の角曲がってからだよ」
「そっか。怖かったね。さ、上行こう。紅茶入れてあげる」
「うん」
里美は香の顔を見上げて笑った。そして香の腕にすがった。


「気持ち悪いことが続きますね」
「そうね…香センセが見た車と同じ車かしら…」
夜の送り迎えが一通り終わり、落ち着いた時間になった。
香と皆子は寝ている子供たちに聞こえないように、洗濯を畳みながら話をしていた。
「保護者の方にはお話しておいたほうがいいですよね」
「そうね、園長先生にも言っておかなくちゃ…何も起こらなければいいけどー」

 

☆ ★ ☆


だらだらと過ごしていた昼日中、リビングの電話が鳴った。
ソファから少し体を動かして部屋を見渡す。
麻理絵は…あぁさっきトイレだとか言って、でていったか。
ベルは止みそうにもない。仕方なく受話器を取った。
「ふぁぁ……冴羽商じ…」
『もう、居るならさっさと出て頂戴』
受話器からも噛みつかれそうな勢いだ。
「んだよ、冴子。お前こそもっと優しく電話できんのか」
『ねぇ、あなたこれから居るかしら?』
あっさりと僚の言い分を聞き流して、冴子は自分の用件を話す。
「デートの申込ならオーケィだぜ。もっこりオプションもついてまーす♪」
『…もぅ、いいかげんにして、僚。あなたのバカに付き合ってる暇なんてないのよ』
けんもほろろの扱いだ。
「なんでぇ、優しくないんだな」
『……私に優しくされたってしょうがないでしょ』
押しだまってしまった僚に気づかない振りをして冴子は話を続けた。
『麻理絵ちゃんのことが…分かったの。これからそっちに向かうから』
麻理絵ちゃんに逃げられないように待ってて。

一方的に冴子は電話を切った。

何がわかったっていうんだ?


next>

back


*今回は短め。まて次号(笑)