crocodile teares  


朝起きて、ストレッチしつつ着替える。
洗濯機を回すと、朝ごはんの準備をする。(その前に牛乳一杯を飲むのも日課よ)
ごはんは炊きたてがやっぱり一番だから、毎朝炊くことになる。
それでなくても僚がいつも食べきっちゃって、残ることなんてないから。
下ごしらえが済んだら、ゴミ捨てに行って、ついでに新聞をとってくる。
階下から上ってくる時は勢いをつけて、6階まで一気に駆け上る。
体力をつけなくちゃいけないけど、スポーツクラブなんて行く余裕はないから。
(時間の余裕はあるのに〜)日常生活の中で運動不足にならないようにしているのだ。
新聞からチラシを抜いて、新聞はリビングにおいて、チラシだけ持ってキッチンへ。
そうするとガコガコ鳴りながら洗濯機の音が止むので、洗濯槽から脱水槽の
方に移す。ここで洗濯の絡まりもほぐさないとね。
(全自動洗濯機なんてゼイタクなものはないのよ…乾燥機だけは美樹さんにもらった
 お古があるんだけど…)
再度、洗濯機がガコガコ鳴り出したのを聞きつつ、洗面所を後にする。

キッチンに入ると、ごはんが炊き上がろうとしている良い香りがする。
そのまま、朝食の準備を始める。
お味噌汁と、あとはお魚を焼くか、前日の夕飯にちょっと手を加えるぐらいなんだけど。
それに納豆は欠かせない。
並べ終わると同時に、ごはんが炊き上がったことを知らせる炊飯器の音が鳴る。
寝ぼすけの相棒はこんな時間になんて起きてこないから、行儀は悪いけれど
チラシで本日の特売をさがしながら、朝食をする。

食べ終わって片付けると脱水も終わっている。
どうしてか僚の着替えはいつも多くて一回では持ちきれない。
かごを山にして、リビングのベランダに向かう。
テレビをつけて、ワイドショーの話題を聞きながら洗濯物を干していく。
何回か往復して干し終わった時には結構良い時間。
新聞を読みながらテレビも見て、ひと段落ついたらテレビを消して、リビングと
廊下と客間をざっと掃除機をかける。
そろそろ、僚を起こさないと。
そして怒鳴りつけながら、寝起きの悪い僚を起こして、ごはんを食べさせる。
朝の僚はぼけっとしてることが多くて、お茶をこぼしたり、おかずを落としたり。
それでなくても僚はあたしが食べた量のおかずじゃ全然足りないから、他にも
卵焼いたりして、結局僚がごはん食べてる間はなんだかんだってキッチンにいる
事になっちゃうのよね。
おとなしく食べ始めたら、コーヒーの為のお湯を沸かして、その間に流しは
ちゃちゃっと片付けちゃう。
シューシューってやかんが音をたてると、僚の「ごっそさん」って小さな声が
聞こえたり聞こえなかったり。
大きめな僚のコーヒーカップを用意して、お湯を流し込む。
ゆっくりゆっくりサイフォンを流れていくコーヒーを見るのがちょっと
好きだったりするんだけど…
熱くなりすぎないうちに、カップを空けて、出来たてのコーヒーをぎりぎりまで
注ぎ込む。
だって僚って一気に飲むんだもん、色気もなにもあったもんじゃないわ。
僚にコーヒーを渡して、完全に目が覚めたのを確認したら、伝言板に依頼を見に
いく。そうそう、さっきしるしをつけた特売チラシも忘れずにね。

これが、僚と暮らし始めて何年か経ったときに確立していた、香の朝の日課だった。
依頼のない時は大きく狂ったこともなく、過ごし、甘い考えかなと思いつつ
今日も明日もこのまま時を刻んでいくと思っていた。

そんなある日だった。
突然思いも寄らないイレギュラーな出来事が発生した。

そして、今、香は小奇麗なアパートの一人で住んでいる。

☆ ★ ☆  


パイプベッドの上の大きく伸びをするとリモコンにてをのばして、テレビを付ける。
朝もニュースの時間はとっくに過ぎて、古いドラマの再放送か、ワイドショーしか
やっていない。何回かチャンネルを変えると、そのままテレビを消した。
パジャマのまま、小さなキッチンに向かい、水を飲んだ。
水道からの水はお世辞にも美味しいなんて言えない。
苦い表情をしたまま冷蔵庫を開けて、牛乳をいれた。
まだカーテンを開けていない部屋は薄暗い。
それでも香はそのまま牛乳のカップを両手で抱えて、キッチンの隅に一客だけ
置いてある、椅子の上に座っていた。

壁に掛かった真新しいカレンダーはもう冬を指していた。
あの出来事から、もう3ヶ月が経っていた。

香は飲み干したカップをシンクに置くと、またベッドに戻ってフトンに潜った。


あれは…あの日も途中までは至極普通な日だったのだ。
そう、ちょうど朝ごはんも食べ終わって、洗濯を干そうとしていたときだった。


☆ ★ ☆

 

ピンポーン、ピンポーン♪

まだ朝早いこんな時間に誰だろう?
香は疑問に思いながら、洗濯カゴを置いて、玄関に向かった。
ミックや麗香さんだったらチャイムを押すけれど、それはおざなりですぐに勝手に
部屋に入って来ちゃうし…。
冴子さんだったらチャイム押すことだって無いんだから…。
そんなことを思いながら玄関に向かう間にもチャイムの音が鳴る。
僚が起きちゃわないかなー。ふと頭によぎった。
「はい、はーい」
気負わず、ドアを開けたその先に居たのは…意外な人物だった。

香はその姿に目をぱちくりさせた。そして手の甲で自分の目をこすってみる。
何回やってもその姿は変わらず、見える。
香はチャイムを鳴らして居た人物を認めると、しゃがみ込んで目線を合わせた。
そしてにっこりと笑うと…

「あなた、どなた?」

香の表情が笑顔のまま、一瞬固まった。
自分が言おうと思っていたセリフを目の前の少女が口にしたから。
そう、朝早くサエバアパートのチャイムを鳴らしたのは一人の少女だった。

背は香の腰にも届かないだろう。
小学2,3年生くらいかな。
長い黒髪を高い位置で一つにくくっている。
黒いワンピースにピンクの薄いシャツを羽織っている。
小さな顔に大きな目。長いまつげがそれを彩っている。
ちょっとみとれてしまう美しい少女がそこに立っていた。

香は目の前の少女が少し首をかしげたのを見て、我に返った。
「え、えっと。あたしは槇村香っていうんだけれどー…」
「槇村さん…おはようございます」
少女は律儀に頭を下げた。しょっていたリュックが前に移動してきた。
「あ、え、あう、はい。おはようございます。それで、あのー」
少女はニッコリと笑った。
「私、人を捜しているんです」
そのセリフを聞いて、香は安心した。
最初の一言に感じていた違和感が消え去った。
依頼人が直接ここにくることはあまりなけれど、おおかた麗香さんか
誰かに聞いてきたのだろう。
人捜し…この年で初恋の人探しって訳じゃないわよね。
自分の考えに小さな笑みを浮かべながら、ここに立たせて置くわけにも
行かないのでとりあえず部屋に招き入れた。

少女はリビングのソファーに座って、部屋の中をキョロキョロと見回している。
「オレンジジュースでいいかな?」
少女はコクリとうなずくと香を見た。
香は少女の向かいに座り、ジュースを飲んでいる彼女を見ていた。

ほんと可愛い子ね。
だけど…僚はこの子の依頼受けてくれるかしら?
「18歳以下のガキは俺の範疇じゃーい!!」なんて
さっさとふて寝しちゃったり。
ダメダメ、こんないたいけな少女の依頼は絶対受けさせないと!!
「ねぇ?あなたのお名前は?」
「あのー、槇村さん。槇村さんはここに住んでるんですか?」
「え、あ。うん。仕事の関係でここに…」
「ふーん」
少女はまたジュースを飲んだ。
「あのそれで名前…」
「ねぇ、ここいい眺めですねー。すごーい」
無邪気に窓際に寄ってガラス窓に手をつけてのぞき込んでいる。
香はその後ろ姿を見ながら、肩を落とした。

私に名前言いたくないのかなー。なんかさっきからはぐらかされて
いる気がして、香はまた不安になった。
どんな依頼なのかなー。なんかやっかいな事にならなければいいんだけど。

どかどかと足音がする。
僚が起きてきたのだ。その音に香だけでなく、少女も反応を示した。
「ふぇ〜、寝みぃ。香、コーヒー淹れてくれー」
少女と二人で気詰まりだった香は思わず僚に駆け寄った。
少女は振り返って二人を見ている。
「僚、あのね、あのこ…」
少女が僚に勢い良く走り込んで抱きついた。

「パパッ!!」

僚は走り込んできた少女を受け止める。
しかし少女が叫んだその言葉に目を丸くした。
それは香に関しても同じだった。
僚と香は顔を見合わせた。

思わず香は叫んだ。
「パパですってーっ」

少女は僚の足に腰に抱きついて満足そうに微笑んでいる。


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続きは2周年で〜(笑)