50,000hit記念 〜永遠に〜

気がつくとここにいた。
当たり前の様に、視線の先に、新宿駅東口の掲示板が見通せる。
(あいつが居るときは掲示板なんかに来ることなんか無かったのにな…)
掲示板は人ごみに飲まれ、見え隠れする。
依頼がないのは長年の経験で分かっている。
ふとタバコを吸おうとして、健康増進法だかなんだかで、そこここが禁煙になっていることに
苦笑いをうかべながら、懐にそれを戻した。
また掲示板に目を向けると、信じられないことが…起きた。

「かおりっ!!」

目の前の人を押しのけ、掲示板の前に向かう。
押された人々は一様に眉を顰めるが、そんなことは気にしていられない。

「香っ!」

掲示板の目の前に一人の女性が立っていた。
赤みがかったくせ毛のショートカット。女性にしては少し高い身長。
すらりとした、肢体。短めのタイトスカートから伸びる綺麗な足。
そしてなにより、その光る雰囲気。
間違える訳がない、これは…紛れも無く…

「香」

ふと力が抜けたように彼女に呼びかけた。
彼女は今の言葉がやっと耳に入ったように、少し身体を震わせて
ゆっくりと、振り向いた。

「え…?」

振り向いた彼女は俺を見て、長いまつげもしばたかせて、首をかしげた。

「あ…イヤ、すみません。人…違いをしたようです」
香と似た鳶色の大きな目、健康的に光るピンク色の頬…とても似ている。
だけど彼女は俺の知る香では無かった。
彼女は若くみえるが年齢は俺と同じくらいだろうか?
とても美しい年齢の重ね方ををしているのだろう…香が歳をとったら
目の前の彼女の様になるのではないだろうか…ふと思考を巡らせていた時に
彼女が言った。

「あ、なんだ〜、びっくりした〜。あたしも『かおり』っていうんですよ…」

にっこりと笑いながら彼女は言った。
あまりによく似た彼女の声とその懐かしいさを感じる笑顔に夢を見ているのかと錯覚しそうな自分を隠しつつ、今度は俺がそのセリフに目を丸くした。

「え…」
「もちろん、あなたの『カオリ』さんとは似ても似つかないでしょうけど?」
「い、いや。そんな事は…」
「うふふ。いいんですよ。それにね、今呼びかけられた声も知り合いに似てたから、驚いちゃった」
彼女は足元に置いていた大きな買い物袋をヨイショと小さく声に出し、それを持ち上げようとした。
「すっごい買い物の量ですね」

もっと彼女と話をしていたい。

「え。あぁ、そうなんです。大食漢が家に居て。こんなのもあっという間に無くなっちゃうんだからいやんなっちゃうわ」
彼女は俺を見上げて、微笑んだ。
その笑顔に俺も優しい気持ちになる。
「息子さんですか?」
俺の問いかけに彼女の頬にさっと朱が走り、次の瞬間顔が真っ赤になった。
そんなところもひどく「香」に似ている。
「えっと…そうじゃなくて。その…あの…」
「旦那さんっすか?」
いないわけないよなー。と左手の指輪を見ると…はめていない。
恋人同士ってことか?こんな美人をしっかりと閉じこめておかないなんて
随分自信のある彼氏だこと。
そのまま彼女の足元に置いてある大きな買い物袋をとり、持ち上げた。
「え…」
「送りますよ。この荷物じゃ大変でしょ?」
彼女は慌てて俺から荷物をとりかえそうとする。
いちいち動作が可愛くて、ついからかいたくなる。
「いいです、いいです。そんな…これくらい慣れてるし…、そんな重く無いし…」
「安心してください。こんな昼間っから送り狼になんてならないですから」
「え…?」
まっ赤になったままの彼女をそのままに、荷物を持って伝言板前から歩き出した。
「あ、ちょ…」
彼女の声が追いかけてくる。
「いいんですか?『カオリ』さん、待ってなくて」
体中が…震えた。
彼女が追いつき、俺の顔をのぞき込んだ。
「あの…?」
そんな彼女に心の中が透けないように注意しながら笑顔を向けた。
「あぁ、いいんです。待ち合わせしていたわけじゃないんで…ね」
「あの…大丈夫ですか?」
彼女の心配そうな顔。ナンだ?
「えと、あの…あ、イエ、なんでもないです。あのありがとうございます」
俺が荷物をどうしても離さないと思って諦めたのだろう。
ちょこんと頭を下げて、俺に並んだ。
少し見下ろす、この姿。久しぶりに感じる…心地よさだ。
本当に夢を見ているのかもしれない。


「いい匂いですね」
「え。あぁ、お花屋さんでもう捨てちゃうからってすっごい安くしてもらったんですよ」
彼女はスーパーの袋とは別に大きな花束を持っていた。
「なんて花なんですか?」
彼女は頬を赤く染めてからちょっと俺を見上げた。
「ホトトギスっていうんですよ。可愛いお花で…あまり見かけないんですけどとっても
好きな花なんです。だから見かけると見境なく買っちゃって」
いつも文句いわれちゃうんですよ。
そう言って笑った笑顔が…だぶる。
「あなたにお似合いですよ」
彼女は顔だけじゃなく全身を真っ赤に染めた。
ほんとに…これが香じゃなくて誰なんだろうか?
「花言葉は…?」
ふと思いついて口にだしてみた。興味があったわけじゃないんだが。
「え。えーー?!」
「知らない?」
あせった彼女の顔が可愛くて。
「知ってる…」
照れたまま、俺を見上げる彼女。あごでその先を促す。
彼女は小さく息を吸いこんで、言った。

ー永遠にあなたのものー

いつからか、ずっと彼女との日々が続くと思っていた。
それが間違いだと、あんなキツイ出来事で気づかされるなんて。
「あ、あの〜」
彼女の足が止まっていたのに気がつかなかった。
「あ、すみません」
「えっと、ここなんです、家。ありがとうございました」
と彼女の指差したアパートを見上げる。
中々…歴史のあるっつか、まぁそう、古いアパートだった。
狙撃されにくそうなイイ物件だ。なんて考えた自分におかしくなった。
俺たちと違うんだからな、このカオリさんとパートナーさんは。
「あの、コーヒーでも飲んで行きませんか?」
彼女が声をかけてくれた。
「えーっと、どうしょうもないグウタラも多分居るとおもうんですけど…」
こんな時間に居るという彼女の彼氏はどんな仕事をしているのか?
気にならないわけではないが、そこまで踏み込むのはいかがなものか。
そう思い、魅惑的な彼女の誘いはやんわりと断った。
それにこれ以上ここに居たらばアイツをもっと重ねてしまう。
そんな俺に彼女は少し、残念そうな顔をした。
本心であればうれしい。そして彼女はポーズでそういう顔はできないだろうと思う。
「そうですか…あ、じゃ、じゃぁコレ、これ持って行ってください」
そう言って彼女は山盛りの「ホトトギス」を俺の目の前に差し出した。
「え…ダメですよ、好きな花なんでしょ?」
「もう安くなったものを渡すなんて失礼なんだってのは分かってるんですけど」
「そうじゃなくて!」
彼女は首を大きく左右に振って、花束を俺に押し付ける。
「彼女に!あなたの「かおり」さんに挙げてください。荷物持ってくれたお礼です」
「え…」
「きっと、あなたの「かおり」さんもお花は嫌いじゃないんじゃないかなって。似合うと思う」
「あ…ありがとうございます」
僚は彼女から花束を受け取った。
「…アイツも…喜ぶと、思います」
「そう。良かった」
彼女の笑顔がー香ーがここに居た。
抱きしめそうになった己の腕をぐっと押さえる。
「じゃ、これで」
ホトトギスの花を少し掲げ、彼女にお礼をした。
彼女は丁寧に頭を下げ返してくれた。
「あの、あの…頑張ってください」
「え…」
「きっと彼女…あなたの「かおり」さんもあなたの元気な姿が好きだと思うから…」
「それはカオリさん、あなたも俺のことが好きってこと?」
「え、あっ!?そ、そーじゃなくて」
彼女の顔をまっかにして、しどろもどろに小さく言い訳をしている。
僚はその姿に微笑みながらも真摯な顔になって言った。
「どうも、ありがとう。今日、あなたに会えて…良かった」
彼女はその言葉ににっこりとした。
「えぇ、あたしも」
そして僚は彼女に背を向け、歩き出した。
香はその後姿をじっと見つめていた。
それがわかったのか、僚はホトトギスの花束を軽く上げ、振った。

ーア・リ・ガ・ト・ウー

僚は彼女の声を聞いた。
小さな花が少し落ちて、風に舞った。


end   

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