50,000hit記念 〜愛してる〜

香が帰ってきた。
いつもよりゆっくりなのは、キャッツでも寄ってきていたのか。
僚はタバコを消して、ソファの上で寝返った。
「あ、僚起きてたんだね?ごはん食べた?」
また寝返りをうって香の方を向く。
「おぅ、食った。依頼なかったのか」
瞬間、僚は覚醒した。
香から男の匂いを感じた。しかもそれは自分と同じ血と硝煙の匂いを纏って。
大股歩きで香に近づき、荷物を置いた手を掴んだ。
「な…なにっ!?」
「誰と会ってた?どこにいた?」
香は一瞬驚いて抵抗しようとしたが、僚の低い声と鋭い眼光に驚いたのだろう、うつむき加減で話はじめた。
「えっと…人違いされたの。伝言板見てたとき…その人の探してた人も「カオリ」っていうんだって…」
そして香はここまで送ってもらったことを僚に話した。
僚は危険が無かったことに息を吐き、強く掴んでいた香の腕をはずすと
今度は優しくだきしめた。
香もそれに応え、軽く僚の背に腕を回す。
甘えた様子の僚に戸惑っていた。
最近は裏のNo,1を狙う輩も香を襲う者もめっきり少なくなり
僚自身もあまり仕事はしなくなっていた。
香もそれにそれにすっかり慣れていたので、僚のこんなに鋭い眼光を忘れていた。
だから思った以上に自分でも驚いていたのだ。
「…どうしたの?」
香は僚の背中に回した手をでそっと叩きながら問う。
その言葉に僚はさらに香を強く抱きしめた。そして香の耳元でそっと聞いた。
「どんなヤツだ?」
香は僚を見上げて、軽く声をたてた。
「すっごいびっくりしたの。若い頃のあんたにそっくりで」
「今だって若いっつーの」
「そんなヒゲなんて生えてない頃の…もうね、声とかも似てて。最初、僚に声かけられたのかと思った」

どんな心境の変化か、僚は何年か前からあごひげを生やしている。
香は何かにつけ、むさくるしいやら、暑苦しいやらと飽きず剃れ剃れと言っていたのだが
僚はそのつもりもないらしく、ずっとそのままにしていた。
実際のところは年齢を重ねていく姿にそのあごひげはより一層いい雰囲気醸し出し
たまにハッと見惚れるほど似合っているのだが、そんな僚を自分以外の女性陣も
虜にしているのを知っているが為に、いまでも憎まれ口ばかりを聞いてしまう。
僚は僚でそんな香の気持ちを知ってか知らずか
『今日も俳優さんですか?とかギャルに声かけられてよ』
などと言っては浮かれて、いつになっても香を不安にさせていた。

香は僚のヒゲをそっと指で触る。
「なんかね、すっごい寂しそうな顔してた…。あたしを見て、本当に驚いて」
「おまぁ、またハンマーとか振りまわしてたんじゃねーの?!」
ぶちっ
「痛ってー、何すんだ、おまぁ」
香は僚のヒゲを摘んで抜いた。
「こーいうことやるときはいいよね、ヒゲも」
僚はあごをさすりながら、そのあごを香の頭に載せた。
「で?」
「うん…なんかほっとけなかったの。あの人「かおり」さんに振られちゃったのかな?って思ったけど…違うみたいだし…。なんかね、昔のあたし見てるみたいだって思った。だから、もしかして…」
そのまま、香は僚の胸に頭を擦りつけた。
自分の胸の中でなにも言わずじっとしている香を優しくだきしめ、背中を撫でた。

ーそう、きっと彼の「かおり」はー

もう温もりがないのだ。
今、こんな風に抱きしめることも、会話を交わすことも、笑みを浮かべあうことも、できないのだ。
「なぁ、お前、花は?」
香が顔を上げて、首をかしげながら僚の顔をみた。
「ホトトギスの…匂いがするんだが…お前だろ?」
「あ、うん。花屋さんで安く買えたんだけど…さっきあげちゃったの」
「『かおり』さんに?」
「そう、『かおり』さんに…迷惑だったかな?結構はずかしいよね…男の人が花束って…」
「…いいんじゃないか?惚れた女に会いに行くときは…」
「そっかー、そうだよね。気に入ってくれるといいけど」
そういうと香は強く僚に抱きついて、僚の存在を確かめるように
頬を胸にすりよせる。
僚はそんな香を見て少し、笑った。
香よりも強い力で抱きなおした後、そのまま僚は香のあご先に指を乗せ
自分は顔を傾けて香にふれた。
香の身体が嫌がる様に揺れる。
「ヒゲが…くすぐったいの…よ」
僚は少し強引に香の顔をひきあげると、2人はそのまま口付けをした。
お互いの思いをこめるかのように…

「なぁ?」
僚はコーヒーを両手にリビングに入ってきた香に問いかけた。
「ん?なに?」
コーヒーを僚に渡し、香は僚の隣に腰掛ける。
「お前さ、その『かおり』さんの彼氏の名前、聞いたか?」
「うううん、聞かなかったけど、なんで?」
僚はコーヒーを一口飲んだ。
「イヤ、ちょっと興味沸いただけ…」
香はコトりと僚の肩にもたれた。
「こうして一緒に居られて…良かった」
そんな香の肩を僚は抱き寄せ、香の頭に自分のそれを凭れかけさせた。
香の重さが、温もりが心地良い。
「そうだな」
幸運に感謝するように僚は天井を見上げ、固く目を閉じた。

ーもしかしたら、今日、香が会った俺は俺かもしれなかったんだー

end

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