研究の背景
Last updated: November 2006



デジタル情報ハードウェアの未来像 (研究の背景)
Future vision of the digital information harware technology (research backgrounds)







デジタル情報ハードウェアの過去20年 (PDFファイル)

図中のピンク色の電球マークは消費電力と発熱の急増が課題となっている技術、
緑色の電球マークは消費電力も発熱も比較的小さな技術を示す。
灰色ゾーンは、実用的な上限値を示す。


パソコンのCPU(2〜3GHz)、インターネット接続(ADSLで実質 1〜10Mb/s)、インターネット接続(FTTH、100Mb/s〜1Gb/s)、第3世代携帯電話(第3世代の384kb/s〜第3.5世代の3.6Mb/s)、無線LAN(10〜50Mb/s)など、日常的な情報通信速度が高速化しています。

最初に示した図は、私たちを取り巻くデジタル情報ハードウェアの周波数、信号速度、記録容量が、過去20年間から現在まで、どれくらいの勢いで進展してきたかを示したものです。


パソコンと携帯電話
20年前のパソコンのCPUクロック周波数はわずか10MHz程度、10年前は100MHz程度でした。現在は、格安パソコンのCPUでも3GHzに達しました。パソコンに搭載するDRAMメモリーの容量も、過去20年間で約1,000倍に増加しています。
パソコンのCPU、DRAMメモリー、携帯電話機内部のエレクトロニクスとフラッシュメモリーを支えているのは、現代最先端のシリコン半導体の、ナノテク微細加工技術です。最新の携帯端末と最新のパソコンに必要な半導体ナノテク技術は、ほぼ同じ技術といえます。

情報記録媒体
一方、デジタル情報記録媒体の点では、レンタルビデオがVHSテープからDVDディスク(5GB以上)に置き代わり始め、家庭用ビデオ録画媒体もHDD(100GB以上)やDVDディスクに代わり始めています。
20年前(1986年頃)はわずか1MB前後のフロッピーディスクだけがデジタルデータ記録媒体でしたので、過去20年間の記憶容量の増加は
    約100,000倍
ということになります。

情報伝送
携帯電話、テレビ放送、衛星放送は、無線電波で届きます。しかし、音楽CDを「借りに行く」ことが次第に無くなり、5年後は、レンタルビデオを「借りに行く」ことが無くなるかもしれません。インターネットで「取りに行く」ことができてしまうからです。

しかし、「インターネットが何と何で作られているか」は、案外知られていないようです。

インターネットと呼んでいるデジタルハードウェアは、世界中に散らばるサーバーコンピュータと、サーバーを相互接続する光通信ケーブルと光通信装置で作られています。ホームユーザや小規模サーバーのごく近くだけがADSLや無線LANとなっていて、残りの全ては光通信ネットワークです。ホームユーザ近くの回線も次第に、光通信回線(FTTH, 100M〜1Gb/s)に置き換わり始めています。


伝送+信号処理=通信
昔々の1対1のトランシーバと違い、インターネットのデジタル通信にはTCP/IPなど多層構造の信号処理が必要です。従って、有線ケーブル(光)や無線(電波)を使った「伝送」と通信装置内部で行う「信号処理」を組み合わせた働きとハードウェアを、「通信」「通信システム」と呼んでいます。

日本の隅々、世界の隅々まで張り巡らされた大容量インターネットを支える光通信では、ただし、光ケーブルの中を伝送する間だけ「光信号」が流れています。大規模な通信装置に入った直後に「電気信号」に変換し、パソコンや携帯電話によく似た電子回路で信号処理し、再び光ケーブルに伝送する直前に「光信号」に戻しています。optical-electronical-opticalを略して、o-e-o変換方式と呼んでいます。




現在の高速情報通信方式
伝送ケーブルの中だけが光信号。信号処理装置の入口直後と出口直前で
光信号⇔電気信号変換し、電子回路で信号処理する。





デジタル情報ハードウェアの中の技術と実験と解析の大半は、「アナログ」
人類最初の革命的なデジタル情報ハードウェアは1950年代のコンピュータの誕生でしたが、初期のコンピュータは大きさも価格も巨大でした。日常生活に普及した最初のデジタル情報ハードウェアは、電卓(1970年代)です。その後、音楽用CDプレーヤ(1980年代)、パソコン(1980年代)、インターネット(1990年代)、デジタル携帯電話機、デジタルカメラ・デジタルビデオと、日常的な電子機器の大半も「デジタル化」されました。最後に残されたテレビ放送も、今後5年程度でデジタル化される見込みです。

私たちの日常生活まで含めて殆ど全ての電子機器類をデジタル化した最大の理由は、
  • 記録・再生を繰り返しても、伝送を繰り返しても、雑音を除去できる(つまり信号が劣化しない)こと、
  • アナログ信号よりデジタル信号の方が信号処理しやすいこと、
です。
ただし、デジタル情報ハードウェアの内部は、

アナログな

科学技術と実験と解析・設計を経て、1つずつ発見・発明、研究開発・実現、実用化・製品化されてきました。つまり、

実験研究、理論解析研究の大半はアナログ

目的と用途がデジタル

ということができます。
なお、原子・分子・半導体の電子エネルギー準位、電子の数、光子のエネルギー、光子の数といった電子材料・光材料の量子力学的な側面は、必ず離散的であり(連続的ではなく)、つまりデジタル的です。ただし、量子力学現象をデジタル情報ハードウェアに直接応用する技術領域は非常に限定されています。大半の電子材料や光材料の量子力学的特性は、まず第一に、電子回路・光回路の周波数特性、SN比、消費エネルギーなどのアナログ特性に反映されます。その次に、材料や回路のアナログ特性が、デジタル情報ハードウェアのデジタル特性を決定付けます。

以下に述べる光信号処理の研究の大半も、アナログ的な研究です。例えば、
印加電圧 1.36V、駆動電流 55mA、消費電力 110mW、信号光の波長1552.5nm、信号周波数 10.496GHz、光信号パルスの半値幅 2.0ピコ秒、増幅利得 25dB、SN比 20dB、光結合損失 1.5dB、緩和時定数 15ピコ秒
などの実験値を日常的に取り扱います。
つまり光信号処理の研究内容は、
  • 半導体材料の発光・増幅・吸収特性や超高速応答特性 (=光エレクトロニクスや量子エレクトロニクス)
  • 光回路と光ファイバーを伝わる光信号の電磁波的特性 (=光波工学)
を融合した光回路の、アナログ特性の研究といってよいでしょう。


デジタル情報ハードウェアの未来像
現在の光通信の最大の長所は、巨大な「光伝送」容量です。過去10年の波長多重(WDM)通信技術研究の結果、直径わずか1mm程度の光ファイバーケーブル(たった1本)に、毎秒10テラビット以上のデジタル情報を伝送することができるようになりました。毎秒1ギガビット秒と高速・大容量な光インターネット接続ユーザ1万人分を、常時同時に伝送できます。最大中継間隔も100kmと長く、10km以下の短距離伝送ならばさらに容易で低価格になります。現在すでにある「伝送技術」は、今後10年以上のデジタル情報量を伝送する余裕が有ると思われます。

一方、デジタル情報を記録する磁気メモリー、光メモリー、電子メモリー(DRAM, flash)に眼を戻すと、現在のメモリー構造は概ね2次元構造です。現在着々と開発が進む3次元メモリーが発展すれば、今後10年以上のデジタル情報の増加量を「記録」できると思われます。


デジタル情報ハードウェアの最大の課題は、「信号処理」の技術領域と考えられています。
高速で大容量な信号処理の課題は2つあり、電子回路の速度が実用限界周波数(40〜100GHz)に達していること、電子回路の消費電力と発熱が急増していることです。最近のCPUチップは高速化の代わりに複数CPUの集積回路化を進めており(マルチコア回路)、さらに、きわめて多数パソコンを相互接続した大規模コンピュータを構成し(グリッドコンピュータ)、さらに強力な冷却器が必要となっています。いずれの場合も、CPUチップ相互やパソコン相互の信号伝送に、高速な「光伝送」が取り入れ始めています。

10年後・20年後の未来に向かって[デジタル情報記録、伝送、信号処理]が足並みを揃えて進化するためには、信号処理の光化が必須と考えられます。
電子回路で行っている信号処理のうちのDmux, 3R, IP交換といった基本機能部分が最初に、きわめて高速で消費電力の小さな「信号処理回路」に置き換えられると考えられています。



2006年現在、本学を含めて世界中で10〜20箇所程度の有力大学と研究機関が、光Demux, 光3R, 信号波長変換などの小規模で基本的な信号処理の研究を、活発に推進しています






近未来の高速情報通信方式

超高速な光信号を、光信号処理する。
(40Gb/s以下の低速信号は、電子回路で信号処理する。)




電気通信大学 電子工学専攻/電子工学科
超高速光ロジック研究室
上野 芳康