新たな事業展開の検討

眺望保全のための規制範囲を定め、地区計画や景観条例にもとづく景観形成地区の指定により規制する方法が支持を得られにくい場合も起こり得ると考えて、さらにそうした場合に予め備える手法を構想しておくことは重要な戦略である。そのためには、規制内容・範囲の説明などとともに、地区計画に組み合わせた事業手法の提案を用意するなど、手続きの流れを追って規制のみでは順調に流れが運ばない場合も想定しながら、眺望景観保全の戦略を練る必要がある。

i)規制内容・規制範囲の設定手続き
 はじめに、眺望水平視角範囲にかかる敷地の所有者全員ないしは居住者全員と、その周辺の世帯に対して、富士見坂からの富士山眺望の持つ価値を説明する説明パンフレットを、共感の得られやすいビジュアルデザインにもとづいて作成し、配付する。同時に説明会の開催を区主導で行う。この際、地区計画などの法的手続きに持っていくことを目標としながらも、景観条例にもとづく景観整備地区の指定とお願いによる方法の可能性についても説明する必要がある。なおこの際、地区計画で規制が法的に担保されることなおかつ、規制内容は、決して指定容積率を大幅に下回る開発を要求するものではなく、ペントハウスを設置しないなどの制限はあるものの、単独でも指定容積率に近い開発は可能なこと、ただし採光条件等で不利になること、およぴ、敷地の共同化や総合設計制度や連担建築物制度によって、指定容積率を下回らないで、採光条件等も良好な開発ができることを説明し、理解を深めてもらう。
 規制内容・規制範囲の設定手続きが地権者等の同意を得られずに難航する場合特に、連担建築物制度等による方法をかなり具体的に説明し、個別の条件も理解しながら適切な方策をアドバイスする必要がある。

ii)より積極的な事業化方策
 地区計画など都市計画上法的な措置が採用できない場合でも、景観条例にもとづくお願いによる景観保全措置は可能である。城周辺の景観整備地区指定がなされた他都市事例に見るように、建築確認の事前相談のかたちをとって、都市計画担当者が開発予定者に説明を行い、理解を求める方法である。開発予定者が地元住民の場合はこの方法での対応がかなりの担保力を持つと考えられるが、外部の開発事業者が入ってきた場合、困難を伴う可能性もある。このため土地の売却等の時点では既に、景観保全措置の情報が伝達済みであるように、外部の開発業者にもその情報が周知されるよう措置しておく必要がある。
 さらに、眺望阻害にとって最も危険な箇所については、周辺の低容積率の区域と併せた事業区域設定を行い、再開発事業によって開発する方法も考え得る。または同様の箇所について、その隣接する敷地に容積率の移転を行って事業資金を調達したうえ、個別に7、8階までで容積率例えば400%ないし350%の開発を誘導する。これらは、規制方策が極めて困難な状況に至らざるを得ない条件の土地について、特別に措置することが都市計画上必要不可欠であることを明示する必要がある。その論理構成は公正さを要求され、十分な検討を経る必要があることは言うまでもない。そのための方法論としては、規制による機会費用の大きさに応じた措置とすること、隣接する敷地の条件の違いを評価して比較考量すること、地権者の開発に対する意欲や協調性などを評価し、ごね得の構造を排除しつつ、眺望保全への有効性を比較考量すること、これらを総合的に判断する必要がある。
 規制手段のみでなく、眺望保全のための誘導ないし事業まで視野に入れ、受動的な対応だけではなく、積極的な対応を行う姿勢を保つことが、特に都市計画当局に求められる。また住民側から、景観トラストなどの運動で現実的な意思表示や強いアピール、イベントなどの開催を通じて行政との情報交換があると、都市計画当局などが眺望保全に動くにあたって、その根拠を得やすい。議員を通じて周辺住民やマスメディアヘ働きかける方法なども大きな保全推進の原動力になる。
 価値とは稀少価値であり、その意味で日暮里富士見坂は最後に残った貴重な富士見坂の眺望景観価値である。種の絶滅と異なり社会的なシステムをデザインすることで確実に制御し得るのが眺望景観である。江戸から継続する富士見という眺望景観の保全は、規制による関係地権者の受忍限度を見極め、制度デザインや空間デザインの知恵を絞って取り組む価値を、稀少になってしまったゆえにこそ保有しているはずである。


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