眺望保全にあたっては、眺望軸の設定など現在まで制度化されていない都市計画的手段を想定しておく必要がある。先例として、パリの極めて幾何学的な眺望ないし景観保全の規制図がある。またわが国では先に見たように、盛岡市や松本市などで景観条例により仰角による規制および、水平方位角範囲内の規制という新規手段が導入されている。ただし、わが国の場合はまだ法制化しておらず、あくまでも「お願い行政」の域を脱していない。とはいえ、日暮里富士見坂でも景観整備地区の指定を水平視角範囲に設定し、建築物の高さ規制の新たな方式を想定する必要がある。以下でこれらについて実務的な検討を行いまた、事業展開についても検討する。
i)眺望軸および水平視角範囲の設定
眺望軸は地面上に分かりやすい線形などが存在せず、地形図上に引かれた線が頼りとなるので、その線が実際には地面上のどの部分に当たるのかを特定する必要が出てくる。また、眺望軸の設定に伴い、眺望軸の両側数度の水平視角範囲内を、眺望軸確保のための高度規制などの適用範囲として特定する必要がでてくる。むしろ実際の規制対象となる水平視角範囲の特定の方が、より実務的な重要性を持っている。この作業は測量を伴うことになり、正確を期すとすれば予め地面上に目印となる杭や、その他の分かりやすい表示物を打っておく作業が必要になる。この作業が誤りなく行われるように、線の確定にあたって複数の測量を原則とするなどの方針に基づくならば、地図上に線を引いただけの段階で、眺望軸および水平視角範囲の設定も可能であろう。この場合、地図上で水平視角範囲にあたる敷地のみを特定しておき、その敷地で眺望阻害の可能性のある開発が計画された場合に、敷地のどの範囲が規制対象となるのかを複数の測量により確定すればよい。
しかし間題は、このように実務的には可能な眺望軸および水平視角範囲の設定が、行政的な措置として定着し得るかである。もちろん、制度の厳密な運用を企図するならば、前述した措置が不可欠であるものの、例えば第1種低層住居専用地域における外壁後退距離の特定にあたっては、当該敷地の設計者がいわば自主的に壁面後退距離を測定し着工するわけで、建築確認業務の現地調査が、敷地上に遣り方を行う(基礎を打つ前に建築位置を表示する)段階で必ずしも入るわけではない。住宅金融公庫の資金を申請する場合には確認業務以上に検査を行っているものの、そうでない場合には、事前チェックは難しい。このような現状においての水平視角範囲内の規制は、やはり設計者がその線を特定して設計にかかる可能性が高い。確認申請の事前相談ないしは法的に位置づけられた段階での事前確認においても、図面上でのチェツクが行われると考えるのが現実的である。したがって、区が保有する敷地関連図面で最も精度の高い図面、おそらくは1/500地形図ないし家屋図の上に、この水平視角範囲の線を正確に引いて置いて、図面上でチェツクすることが、実務的に対応しやすくまた、現実的に遂行しやすい方法と考えられる。この方法でも、建て方完了段階(軸組み等基本構造のみにより建物外形が現出した段階)での中間検査を行うなど、多少確認業務の精度を上げる程度で、眺望軸の保全は可能であると考えられる。
ii)景観条例他の活用と新たな高さ規制
東京都および区の景観条例を活用して、すでにいくつかの自治体で実績のある、確認申請の相談の段階で事前に景観関連の相談窓口に行くように指導し、景観条例の内容を設計条件に組み入れるようお願いし、眺望保全を実現していく方法が最も現実的ではある。その前提として、特定の範囲を景観整備地区に指定しておく必要がある。i)で検討した水平視角範囲を景観整備地区として指定することか望ましい。できれば東京都がこの範囲を景観整備地区に指定し、荒川区、台東区、文京区の3区および新宿区などでこの範囲と、高さの条件を確定することが考えられる。このとき当該敷地の高さの制限については、建築物から日暮里富士見坂までの距離と、敷地の地盤高さが地図上で計測されれば、地盤高さと合計した建築物の標高(m)が次式を超えないことにより計算される。
(建築物から日暮里富士見坂までの距離 km)の2乗/14.7+16.36×(建築物から日暮里富士見坂までの距離km)+22.5
たとえば、100mの距離にある標高10mの敷地の場合、 0.01/14.7+16.36×0.1+22.5=24.1m
が地盤高さと合計した建築物の標高となるので、地盤の標高10mをこれから差し引いて14.1mが建築物の高さとなる。当然ペントハウスもこの高さ以下であり、ペントハウスを造らなければ4階建てが可能である。
景観整備地区のなかでもまとまった範囲にわたって眺望阻害の危険性が高い、本郷通りと都道458白山小台線については、ミニ再開発事業や連担建築物制度の活用も視野に入れた地区計画を、景観整備地区に重ねて指定することが考えられる。