さよなら京王5000系


  雑記帳の「蛍の光」では『拙者自身はこういうさよならイベントに参加するのは好きではない』と書いたが、実を言うと、さよならイベントに参加したことが一度だけある。 1996年12月1日に行なわれた「京王5000系さよなら運転会」がそれである。

 ことの起こりは、某新聞の東京面に京王5000系引退の記事と写真が掲載されて いて、抽選で「さよなら列車」に乗れる旨の記述があったこと。同日には京王若葉 台工場で工場内部の一般公開と5000系撮影会があるそうなので、仮にさよなら列 車の抽選にハズれてもこちらに足を運ぶつもりで、ものは試しにと思って乗車申込 の往復ハガキを出してみた。

 このテのさよならイベントとなると、普段は鉄道に見向きもしない「にわか鉄道ファン」が、ここぞとばかりカメラ片手に大勢押し掛けるのが好きではないので(少なくとも自分自身は「にわか鉄道ファン」では無いと思っている)、このようなイベントがあっても行くことはほとんど無いのだが、地元を走っていて、通勤にも使っている京王線から乗り慣れた5000系が消えるとあってはじっとしていられず、初めて「さよならイベント」に顔を出すことにした。
 肝心のさよなら運転会の抽選は、なんと幸運にも当選した。拙者のクジ運がよかったのか、はたまた応募者数が少なくて競争率が低かったのかは定かではないが、とにかく嬉しい限りだ。

 さて、運転会当日は、拙者が保有している撮影機器のすべて(35mmスチルカメラ・デジタルカメラ・8mmビデオカメラの3台)を携えた。当日は朝8時半までに京王相 模原線若葉台駅前に集合するようにとのことだったので早起きしたのだが、当日は全国的に師走の寒波に見舞わたので寒いこと寒いこと! 京王から送られてきた当選ハガキに書いてある番号によって乗車する車両が分かれており、拙者は2号 車だ。
 京王の運輸部長などから5000系の歴史などについての話があったあと、いよいよホームへ。しばらくすると橋本側から5000系8連が入線。もちろん「さよなら5000系」と書かれたヘッドマークを掲げているのだが、新宿側の先頭車にはかつて側面に描かれていたエンジ色のヒゲが復活していた。これは京王電鉄職員有志によるイキな計らいである。

 さよなら列車は9時24分に若葉台を出発し、急行のスジで一路新宿へ向かう。拙者はロングシートに腰掛けて車窓を眺めていたのだが、驚いたのは途中の各駅や 沿線にいる「鉄」の数。特に調布駅や笹塚駅のホームなど、比較的ロケーションの いいところは、まさに「黒山の人だかり」。なかには「ヲイヲイそんなとこに入っていいのかよ」と思ってしまうようなところにいる「鉄」もいた(良識のある「鉄」なら、こういうことは止めようね)。
 さよなら列車は若葉台−新宿−京王多摩センター−若葉台と走るものの、途中駅はもとより折り返しの駅でも乗降は一切行わず、一度乗ったらずっと缶詰状態だった。そうしないと「鉄」や一般客がドヤドヤ乗り込んで混雑し、ダイヤが乱れてしまうからだろう。さよなら列車の車内の中吊り広告はすべて「グッドバイ5000系」のものに変えられており、側面の方向幕は往年の「特急 京王八王子」だった。
 35分余りで新宿に着いてそのまま折り返し、京王多摩センターまで行ってまた引き返し、1時間20分ほどのさよなら運転はアッという間に終わった。

 さて、さよなら列車に乗ったあとは、11時から京王若葉台工場で撮影会。しかし工場内とあって大勢が一度には入れず、30人程度に区切って徐々に入場させ、撮影が終わった人は後の人に順番を譲って帰るという手段がとられた。これだとゆっくり撮影ができないが、混乱を防ぎつつ狭い会場内で多くの人が撮影できるようにするためには仕方ないであろう。
 先ほどさよなら運転を終えた5000系は通路沿いの側線で休んでおり、両端の先頭部分を撮影することができた。新宿寄りの先頭部では、時間を区切って「さよなら5000系」やかつての特急「陣馬」「高尾」などのヘッドマークが掲げられられた。

 ひととおり撮影をしてから構内のベンチに座り、5000系を眺めながらコンビニおにぎりを食べていたら、通りがかりの男性が「電車を見ながら食事できていいねぇ〜」と拙者に声を掛けていった。拙者はその人に見覚えがあった。
 その初老の紳士は、元TBSアナウンサーの「ロンちゃん」こと吉村光夫氏だった。あまりに突然のことだったので、拙者は「あれ、吉村さんですか?」と訊ねると、ロンちゃんはニッコリと笑みを浮かべて頷きながら去って行った。あの方は確か熱烈な京急ファンだったと思ったが、京王のイベントにも参加していたとはねぇ〜。

 食事が済んでから構内の特設売店をノゾいてみたら、京王の電車のビデオ(20分\2,500)が100本限定で売られていたので、思わず買ってしまった(拙者が購入した数分後に完売となったので、危ないところだった(^^;))。このビデオは企業PR的な要素もあるが、井の頭線の新鋭1000系が製造されている模様も収録されているなど、なかなか濃い内容。また、「さよなら5000系」のポスターと路線図が配布されていたが、こちらは「さよなら運転」の抽選に洩れた人のみ対象ということで、拙者は残念ながら入手できなかった。

 てなワケで、長いようで短かった冬の日はこうして暮れていった。

 (京王動物園線で最後の活躍をする京王5000系の写真はこちら


 *文中に登場した吉村光夫氏は、2011年1月3日に他界されました。
   ご冥福をお祈りします。


 2000.9.2