同一地点の昔と今・・・・時空を超える旅

【2019年5月19日 更新】

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左側が旧景・右側が新景です。


 筑波鉄道 土浦駅  

▲1981年3月4日

▲2019年4月27日

  かつて国鉄常磐線土浦駅の東側から発着していた筑波鉄道。

  路線廃止後はしばらく線路が残っていたが、貨物側線ともども再開発され、ビルと駐車場に変貌した。

  以前は無かったホーム上屋が新設されている。


 国鉄/青い森鉄道 野辺地駅  

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▲1984年2月24日

▲2013年11月23日

  ここは約30年ぶりに訪れた。

  季節は多少異なるが、駅舎自体に大きな変化は無い。タクシーは車種こそ変わったものの、停車位置は
 変わっていない。駅表記は相変わらず「のへじ」と、ひらがな表記だ。

  変わったのは外壁の色と、駅出入り口付近に自動販売機が多数設置されたことくらいか。


 茨城交通/ひたちなか海浜鉄道 阿字ヶ浦駅  

▲1986年5月4日

▲2013年2月16日

  ここは約27年ぶりに訪れた。鉄道事業者は茨城交通からひたちなか海浜鉄道に移り、走る車両も
 変わった。

  コンクリート製らしい給水塔は残っていたが、その前に敷かれていた側線は撤去されていた。駅の
 ホームもリニューアルされ、点字ブロックが設置されていた。

  かつての国鉄型車両は出番が少なくなり、三木鉄道からやってきた車両や新造車の3710型が
 幅をきかせている。


 JR東日本 新津駅  

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▲1998年9月5日

▲2009年7月13日

  JR東日本の車両も製造している新津車両所がある新津駅である。

  約11年ぶりに訪れたが、国鉄の幹線駅らしい堂々とした風格があった駅は、今風の橋上本屋に改築さ
 されていた。旧駅舎中央部の三角屋根を継承したのか、新駅舎も同様のスタイルになっている。新駅舎
 の色は、まるでチョコレートケーキのようにシックな感じがする。

  以前訪れた時は快晴だったが、2回目は土砂降りの大雨だったので、撮影もソコソコに駅に逃げ帰った。


 国鉄/JR 秋葉原駅  

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▲1979年12月15日

▲2008年4月26日

  電気街があることで有名な秋葉原の駅前風景である。

  旧景はもちろん国鉄時代で、駅名看板も国鉄タイプそのものである。

  駅前広場の路面はグレーのタイル貼りになり、きれいになった。秋葉原自体が「萌え」の街になり、駅の
 広告看板もそれ系統のものが掲げられている。

  秋葉原駅といえば老舗の「アキハバラデパート」が有名であったが2006年いっぱいで惜しまれつつ閉店し、
 現在は再開発の真っ最中である。


 国鉄 常磐線 牛久駅  

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1980年8月12日

▲1984年8月2日

  すっかり東京のベットタウンとなった、茨城県稲敷郡牛久町(現・牛久市)の玄関口である牛久駅の
 今昔。

  味わい深いものがあった木造駅舎は消え、近代的でキレイではあるけれど、どこにでもあるような橋上
 本屋が建った。新景右側の、オレンジ色の工事用フェンスが立っているあたりに、旧駅舎があった。

  駅舎建て替えに伴って、タクシーが客待ちする場所も変わった。日産の330/430セドリックがとても
 懐かしい。


 JR四国 牟岐線 海部駅  

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1988年7月5日

▲2006年1月16日

  JR牟岐線の終点、海部駅ホームの今昔。

  旧景の当時は首都圏色のキハ25がいたが、今ではJR四国のコーポレートカラーであるスカイブルーに
 彩られた車輛が大半である。

  大きく変わった点は、行き止まりだった線路が阿佐海岸鉄道の開業によって先に伸び、夏草に隠れてい
 たトンネルが陽の目を見たことであろう。新景の写真ではチト見づらいが、信号機も新設されている。

  細かいところでは、ワンマン運転の開始に伴ってバックミラーが新設されていたり、ホームの街灯の形が
 微妙に変わっている。旧景では白かった停止位置標識が錆び付いているのが、ちょっと寂しい。


 上毛電鉄 中央前橋駅  

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▲1979年12月18日

▲2004年5月14日

  群馬県のローカル私鉄、上毛電鉄の中央前橋駅の今昔である。

  かつては駅ビルを兼ねた駅舎があって、駅の看板は小さくて目立たなかった。2000年12月25日に改築。
 今の駅舎は、どこそかの植物園のような、ガラス貼りの美しい姿になった。

  しかし、旧景にあったような、下町の商店街のようなホノボノとした風情は無く、どこか冷たい感じがする。


 国鉄/JR 両毛線 前橋駅  

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▲1979年12月18日

▲2004年5月14日

  群馬県の県庁所在地、前橋駅の今昔である。

  かつては美しい姿をした駅舎があったが、1986年の高架化で消滅。どこにでもあるような、ありふれた
 高架駅に変貌してしまった。

  旧景に見える旧塗装の東武バス、バスの手前にいるパブリカバン、バスの後にいる430セドリックのタ
 クシーも懐かしい。


 国鉄/JR 新宿駅南口  

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▲1981年4月某日

▲2003年5月24日

  甲州街道に面した国鉄/JR新宿駅南口の今昔である。

  余り変わり映えしていないかと思っていたが、こうやって今昔の風景を比較してみると、駅の建物は
 けっこう変わっている。しかし、駅前の横断歩道の幅の広さと、人とクルマの多さは相変わらずである。

  旧景に見える旧型クラウン(画面中央の薄緑色のタクシー)と、今は亡き日産ラングレー(画面右端の
 赤いクルマ)も懐かしい。


 国鉄/JR 外房線 安房小湊駅  

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▲1979年7月28日

▲2002年6月10日


  外房線の終点近くにある小駅・安房小湊駅の今昔である。

  旧景の写真撮影から約23年ぶりに訪れたが、意外や意外、駅舎にほとんど変化は見られない。駅入り
 口にかかる「安房小湊駅」看板もそのままのようである。しいて違いを見いだすとすれば、駅舎脇にあるキ
 ヨスクの張り出しテントくらいであろうか。

  旧景の頃は夏真っ盛りで観光客の姿が多かったが、新景撮影時の季節はまだ夏の始めで、駅前に人の
 姿はなく、ひっそりとしていた。


 岡山電気軌道 岡山駅前電停  

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▲1988年7月3日

▲1999年12月29日


  カラフルなチンチン電車がひっきりなしに発着する
岡山電気軌道の岡山駅前電停の今昔である。

  旧景写真を撮影したのは瀬戸大橋が開業した直後で、画面右上に「瀬戸大橋線開業」と書かれた横断幕
 が掲げられている。JR岡山駅の駅舎は、シックなチョコレート色の外壁だ。

  それから11年後、JR岡山駅の駅舎外壁はクリーム色に模様替え。電停の屋根や電車用の信号も若干変
 わっている。チンチン電車はいっそうカラフルになった感じがする。
 

 

 国鉄/JR 鶴見線 扇町駅  

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▲1978年6月11日

▲1997年11月3日


  かつて、旧型国電の73系が活躍していた
鶴見線の終着駅のひとつ、扇町駅の今昔である。

  辺りが工場地帯ということもあって、周囲にそれほど大きな変化は無い。ホームに点字ブロックが設置さ
 れたのと、電車の背後にあるビルの色が塗り直され、線路とビルの間に植え込みが追加された程度だ。

  唯一と言える変化は、むろん電車である。73系を追い出したのは101系であるが今はそれも追い出され、
 現在はカナリア色の103系3連が鶴見線の主である。しかし、電車の省エネ化に熱心なJR東日本は抵抗
 制御の103系を淘汰する方針のようで、いずれ鶴見線にも新しい時代の車両が走るかもしれない。

 

 

 紀州鉄道 市役所前駅  

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▲1993年3月11日

▲2001年1月20日


  
紀州路を走る小さな私鉄は、粘着式の旅客鉄道路線としては、千葉の芝山鉄道に次いで日本で二番目
 に路線距離が短い。ここ市役所前駅は、その終点のひとつ前の駅である。

  久しぶりに訪れたが、まだ8年くらいしか経っていないせいか、駅の周囲には大した変化が無い。しいて
 言えば、ホームの端(写真では左側)に、青く塗られた柵が設けられたくらいだろうか。

  変わり映えがしない駅周囲に比べ、車両は大幅に変わった。大分交通からやってきたディーゼルカーは、
 北条鉄道から嫁入りした2軸レールバスになった。今までの大分交通車は比較的地味な色合いだったが、
 新しいレールバスは明るい塗色である。

  レールバスに主役の座を譲った大分交通車は、車庫がある紀伊御坊駅の側線で、冷たい雨に打たれな
 がら静かに眠っていた。

 

 

 国鉄/JR 大宮駅構内 

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▲1979年1月2日

▲2001年5月4日

  東北・上越新幹線の開業に伴い、大宮駅の西側は大きく変貌した(駅西口の変貌ぶりはこちら)。
  
  かつて、旧景の左側にあった川越線用のキハ30系の機関庫や、多くの貨車が集っていたヤードは姿を
 消し、新幹線用地となった。

  新幹線の堂々たる高架線ができたため、空が狭くなったような感じがする。   

 

 近畿日本鉄道 北勢線 阿下喜駅 

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▲1985年11月30日

▲2001年1月22日


  
『ふるさとの駅』でもご紹介している近鉄北勢線・阿下喜駅の新旧の姿である。

  約15年の歳月を経ているが、駅舎自体はほとんど変わっていない。わずかに駅名の看板が昔風のもの
 から近鉄風?のものに変わり、細部に多少お化粧直しが施されている程度である。

  駅前のタクシーはクラウンからコンフォートに変わったが、黒塗りであることと停車位置が昔と変わってい
 ない。

  しかし、北勢線自体の命が危うい状況になってきている。この駅はいつまで存続できるであろうか。

  
*2003年4月1日から、三岐鉄道が北勢線の運行を引き継ぎました。

 

 野上電気鉄道 日方駅  

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▲1993年3月11日

▲2001年1月20日


  かつて、
野上谷をコトコト走っていた小私鉄の起点である。モータリゼイションの波に揉まれながらも、国
 からの補助金を頼りに懸命に生き続けてきたが、その補助金支給が打ち切られることになったため、1994
 年3月31日限りで廃線になった。

  以前は、JR紀勢本線海南駅の山側に、小さな駅舎と古ぼけた木造の本社社屋があった。しかし、約7年
 の歳月を経て再訪した旧日方駅付近は、ご覧の様な変貌を遂げていた。小さな駅舎と本社社屋、それに車
 庫や引き込み線はことごとく姿を消し、ここに駅があったことが信じられないくらいである。おまけに、右側を
 通るJR紀勢本線の海南駅は高架化され、これまたかつての面影は無い。

  しかし、画面左側の工事現場の裏手に回ってみたら、小さな用水路を跨いでいた短い鉄橋と、左にカーブ
 する軌道跡がクッキリと残っていた。背後の山並みだけが、海南という街の移り変わりを静かに見守ってい
 る。

 

 東急東横線 田園調布駅 

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▲1985年5月26日

▲2000年5月3日


  田園調布という地名は東京都民以外の人でもご存じの方は多いであろう。世田谷区の成城・渋谷区の
 松濤・港区の白金台と並ぶ東京の高級住宅地である。

  その玄関と言えるのが、この田園調布駅である。実用一点張りの各駅と異なり、「マンサードルーフ」とい
 う形の屋根をもつ駅舎は実に優美な姿をしている。

  一見したところほとんど変化は無いように感じるが、実は新景の駅舎は1990年に解体された旧駅舎を再
 建したもので、いわば「レプリカ」である。東横線の輸送力増強工事のために旧駅舎を取り壊すことになった
 のだが、地元の強い要望で2000年1月に復元された。駅舎としての機能は別の建物に譲ったが、改札に直
 結したエレベーターが1階部分に設けられている。

  新景を撮影した日には、およそ鉄道ファンには見えない数多くの人がこの駅舎をカメラに収めていた。こ
 の駅舎は今後も田園調布という街の移り変わりを見つめていくことであろう。
 

 

 国鉄/真岡鉄道 茂木駅 

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▲1986年9月13日

▲2000年2月19日


  第3セクター鉄道では珍しくSL運転を行なっている真岡鉄道の終点茂木駅の今昔である。

  旧景の駅舎は国鉄真岡線時代のもので、ごくありふれた形であったが、第3セクター化後に一部2階建て
 の瀟洒なタイプのものに建て替えられた。
 
  どちらの写真も、次の列車が出るまでに間がある昼下がりの時間帯に撮ったので、どことなく駅前はノン
 ビリした雰囲気である。
 

 

 京王帝都電鉄/京王電鉄 初台駅(北口)   

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▲1996年4月21日

▲2000年2月11日


  背後に東京オペラシティがある京王電鉄初台駅北口の今昔である。

  この駅の改札とホームは地下にあるので、地上には出入り口しかない。かつてはごく平凡なものであっ
 たが、東京オペラシティの開設とともにリニューアルし、今ではカマボコ状の半透明ドームをもつおしゃれ
 なものに生まれ変わった。しかし、放置自転車が多いのは相変わらずだ。

  ちなみに、新景写真の左端に見えるコンクリート製の小さな建物は駅前交番である。
 

 

 国鉄/JR 大宮駅(西口) 

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▲1979年2月1日

▲2000年2月5日


   『ふるさとの駅』のページでも紹介している大宮駅西口の今昔である。

  ご覧のとおり、21年の歳月を経た新景では、かつての面影が全く無いほどの変貌をとげている。現在の風景の写真を撮る際、旧景の中に目印となるようなものがまったく無いため「おそらくこの辺りだろう」という憶測をするしかなかった。
 

 

 京王電鉄 動物園線 

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1996年5月25日

▲2000年2月11日


  
『想い出の鉄路』のページでも紹介している京王電鉄5000系が走る、動物園線の高幡不動駅付近の今
 昔である。

  画面の左下に向かって延びる動物園線の線路配置は変わらないが、真上には多摩都市モノレールの高
 幡不動駅ができて、日陰となってしまった。

  モノレールの建設工事とともに、線路をアンダークロスする立体交差化工事が施工され、旧景に見える
 踏切は廃止された。
 


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