05.01.14(FRI) 栗生山 赤城山東麓

 何時も正月は赤城山なのに、今年の初登りは赤城山東麓の栗生山に赤城山を眺めに行って来た。しばらく歩いていない妻のために、雪の無い簡単に登れそうな山と言うことで選んだのに、登りたった1時間のショートコースはかなりの急登で参った。妻が調子よく歩いてくれたのが救いである。しかし山頂の少し先の崖の上からの赤城山の展望が雄大で、これだけで充分満足してしまう山である。

コース:栗生神社11.05→尾根12:00→山頂12:05-12:40→尾根12:45→栗生神社13:20 (所要時間2時間15分)

国道122号線を桐生から足尾に向かい、わたらせ渓谷鉄道の水沼駅を過ぎて500m程で信号を左折して上田沢の方に向う(栗生神社の案内あり)。田沢川に沿って間々下橋まで走りここを左折する。ここにも栗生神社の案内があるが、
現在この道は工事中で入れない。手前の荻の目橋の前を左折して迂回路の指示に従って、工事区間を迂回するが、場所によっては信じられないような狭い山道もある。本来の道に戻ればやがて赤い鳥居を過ぎ、石の鳥居の手前が駐車場である。

駐車スペースは3〜4台程度。トイレは神社の山門の内側にある。

鷲の手付近から見た栗生山

 栗生山は「群馬の山歩き130選」にあるので15年前から知っているが、今まで行く気にならなかったのは、赤城の裏(?)は日陰で暗いと言う、謂れなき差別的なイメージによるものである。しかし本当は上の写真のように明るい、地元の人でなくてもどこか懐かしい、日本の故郷の山らしい山で、最近制定された「ぐんま百名山」に選ばれたのも納得である。
 しかも麓の栗生神社は、新田義貞の四天王と言われた栗生左衛門頼方を祭る1300年の歴史ある神社で(計算が合わないね。途中で乗っ取られちゃったのかな、元々の祭神は誰?)、本殿は左甚五郎と並び称せられた江戸の名工、関口文治郎作と伝えられる彫り物で埋められた、県指定重要文化財である。おまけに本殿の右には樹齢1200年と伝えられる御神木の杉の巨木がある。更に山頂は春にはアカヤシオで埋め尽くされるそうだから、今年の春は賑わう事だろう。 
栗生神社


 「ぐんま百名山」と言えば、日本百名山をご夫婦で完登したTさん達も次の目標に歩き始めたと言うし、昨年何度か一緒に山を歩いたOさんも年頭の目標に完登を掲げているので、20年歩いても[群馬の山歩き80選」すら完登していない僕としても、いささか心は揺れる。行ったことの無い栗生山を選んだ理由はそんな所にもある。
 登山口は本殿に向かって左側の杉林で案内も道標も何もない。しばらくは手入れされた杉の美林の中を行く。道はすぐ神社の左を巻いてきたコンクリート舗装の真っ直ぐな林道に合j流する。歩きにくいコンクリートの急坂を登る。雪が付いて凍ったらとてつもない滑り台だが運良く残雪も氷もなかった。
 やがて林道も終わりありふれた山道になるが、登れば登るほど勾配は増す一方で、巨大な岩や崖の下を巻きながら杉の落ち葉を踏んで沢を詰める。
栗生神社の杉林


 やがて林は落葉樹林に変わる。栗生山というだけあってほとんど栗の木なのか、栗のイガと拾い残された小さな栗の実が沢山落ちていた。栗のイガを踏んでずり落ちそうな急登を登ると、平らな気分の良い尾根に抜ける。見晴らしは無いがザックを降ろしてひと休みである。北面には雪が残っているが尾根にはほとんど無い。この尾根の木々も鹿の食害か、樹皮をはがれた木が何本もある。また残雪の上には無数に獣の足跡が残っている。
 さてもう一登りと勢い込んで歩き始めたら、すぐに平らな尾根の雑木の中の登山道の真ん中で、男性が一人座って食事をしている。あれ変なところで食事してるなと思ったらそこが山頂だった。その男性は怪訝な顔をしている我々を見て、「ここが山頂みたいだよ」と木の枝に括りつけられた山名板と、足元の三角点の石柱を指して教えてくれた。
 
栗生山山頂

栗生山から見た赤城山
右から黒檜山、大弛みを挟んで駒ケ岳、地蔵岳、長七郎山と並んでいる。南面から見慣れた鍋割山や荒山は見えない。


 案内書のとおり山頂を少し抜けると赤城山、袈裟丸山の展望の良い崖の上に出る。ここで赤城山を眺めながら食事にした。
 山頂でのんびりし下りはひたすらもとの道を戻った。先に下った山頂で遇った男性の鳴らす鈴の音が、かすかに聞こえていた。
袈裟丸山







トップページへ 前へ リストへ 次へ