K.R. “ラビ” ラビンドラン
2015-16年度、国際ロータリー会長


会長近影

世界へのプレゼントになろう

 親愛なるロータリアンの皆さん、私たちはロータリーで、善き行いを目指しています。私たちは人類に偉大なプレゼントを残した人々を尊敬しています。

弾圧された人に人間の尊厳を与えたエーブラハム・リンカーン。忘れ去られた人々に慈悲の心をささげたマザー・テレサ。虐げられた人々に平和的な変化をもたらしたマハトマ・ガンジー。彼らは、自らが世界へのプレゼントとなって、自らをささげました。私たちは、これらを手本として刺激を受けることができます。人生において、自分が大切にする責任をおろそかにせずに、どうしたら自らも世界にささげられるだろうか、と。

 今年度のテーマを考えている時、ヒンズー教を通じて私が学んできた教訓を思い出しました。とりわけ、スダマの物語です。 貧しいスダマは、神の化身として王家に生まれたクリシュナの親友でした。2人の少年は、成長するにつれて少しずつ疎遠になり、クリシュナが軍を率いる名高き王となった一方で、スダマは村でつましい暮らしをしていました。

時はたち、スダマの生活はますます苦しくなり、ついには、子どもに与える食事まで事欠くようになってしまいました。

妻は、幼いころに親しくしていたクリシュナに助けを求めるよう提案しました。最初は躊躇していたスダマも結局同意しましたが、手ぶらでは申し訳ないと、家族の残りわずかな食糧のお米を布に包んで持っていきました。

宮殿に入ると、スダマはその威容とクリシュナの歓迎ぶりにすっかり圧倒されてしまいました。丁寧に包んできた米さえ粗末に思えて差し出すことができないまま、持った手を後ろに隠していると、クリシュナは「何を持っているのか」と尋ねました。

布を開いて中の米を見たクリシュナは、軽蔑するどころか大喜びで食べ、二人は思い出話に花を咲かせました。数時間後、変わらぬ友情に感激したスダマは、助けをお願いすることをすっかり忘れてクリシュナの元を去りました。帰り道、スダマは、当初の目的を忘れていたことに気づきました。最後の食糧であったお米もクリシュナと一緒に食べ、なくなっていました。

おなかをすかせた子どもたちが待つ家に帰るのは至極苦痛でした。しかし、家の前に立って彼が目にしたのは、前日出てきた時の小屋ではなく、立派な家でした。そして、きれいな服を着て、十分な食事を済ませた家族が、スダマを待っていました。?

クリシュナには、スダマがありったけの米をプレゼントしてくれたことがわかっていたのです。そのお返しに、クリシュナは、スダマが必要とするすべてを与えました。この逸話の教訓は、受け手にとって大切なのは、その物質的な価値ではなく、贈り主の心がどれだけ込められているか、ということです。

 スダマの物語のように、私たちがロータリーを通じてささげることは、いずれは自身への贈り物にもなるのです。私たちには選択肢があります。授けられたものを自分のものだけにとどめるか、またはそれを生かして自らが「世界へのプレゼント」となるか、です。

 この機会は二度と訪れません。今年度も一度きりです。この機会を逃さずに生かし、「世界へのプレゼントになろう」をテーマに活動していきましょう。




K.R. “ラビ” ラビンドラン
2015-16年度国際ロータリー会長

 


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