式神たちの午後のお茶会





「あー・・・疲れたぁ・・・・!」
晴明と博雅を送り出した後、密虫が大きく伸びをした。
屋敷の掃除は式神達の役目だけど寝具を洗うのはけっこう大変だった。
晴明は捨ててもいい、と言ったけどそんなもったいない事はできないので。
何とか頑張って綺麗に洗った後、その布団を日向に干しながら式神達はだべっていた。

それが式神達の唯一の息抜きだった。

布団をボンヤリと見ながら密虫は思っていた。
太陽も良く照っているからきっと夜までには乾く事だろう。



「しかし・・・・私初めて見ちゃったわぁ・・・・」
式神の一人がため息をつきながら呟いた。
彼女は山茶花の精霊で(以下山茶花)見た目は色っぽい女性である。
その名の通り、透き通るような白い肌の色をしている。
心もち頬を染め、うっとりしているように見えるのは密虫の気のせいだろうか。
「初めてって?」
「男同士が番うの」
「・・・・・・・・番うって・・・動物じゃないんだから」
「ええ!?」
密虫の否定にしばし考えこんで。
「・・・・だって・・・・どう見たって番ったとしか言い様が・・・・」
「みてたの!?」
別の式神が声を上げる。
花を咲かせると芳香を放つ金木犀の花の精(以下金木犀)が羨ましそうな声を上げた。
その名の通り体を動かすたびにいい香りが漂ってくる。
「いいなぁ・・・・・私、博雅様って好きなのよ・・・・見たかったぁ・・・・」
「そういうものなの・・・・?」
なにやら違うような気がして尋ねた密虫の問いに金木犀が頬を赤らめて答えた。
「だってね、傍を通る度にいい香りがして素敵だね・・・って誉めてくれるのよぉ・・・」
「そうなの? いいなあ」
山茶花が羨ましそうな声を上げた。
博雅の言葉は不思議な力があるようで、博雅に誉められると本当にそのように体が変化していくのだ。
おかげで今も彼女の周りはたっぷり蜜を含んだような甘い香りが漂っている。
「それってやっぱり博雅様の言葉が綺麗だからじゃない?」
深紅の紅を差したような唇をした寒椿の精(以下寒椿)が考えながらいった。
「本当に、心から思ってくれてるのがわかるんだもの・・嬉しいわよねぇ・・」
といってキャラキャラ笑う様子は式神とはいえ女というべきか。

不意に沈黙の時間があって。
「でも・・・晴明様って何時頃からそうだったのかしら?」
寒椿の声を潜めた問に、なにが?と皆が顔を見合わせる。
「ほら・・博雅様のこと何時から喰っちゃおうかとおもってるかっ・・・・!!」
蜜虫に頭をはたかれて寒椿が突っ伏した。
「いつから好きだったかってことよ」
フォローするように山茶花が口を開く。
「私知ってる!」
と勢いよく密虫が手を上げる。
「はい! 密虫さん!」
嬉しそうに寒椿が指差すと密虫が胸を張って答えた。
「あれは晴明様の一目惚れです!!」
「うっそ――――!!」
「いやぁん!ほんとなのー!?」
と黄色い声が上がる。
「あんなに遊んでて一目惚れー!?」
「・・・晴明様ってば、初めてっていくつのときだったっけ・・・・・?」
「・・・12、3・・才・・かしら・・確か青音様でしょ?」
「その後も派手だったわよねぇ・・・」
「来る者拒まず去る者追わず、でしょぉ!」
「早いうちから女遊びしすぎよ!」
上から順に金木犀、寒椿、金木犀、寒椿。山茶花、金木犀。
自分の主人である晴明がいないのをいい事に言いたい放題である。
「それで、一目惚れってどういうことなの?」
山茶花がずいっと身を乗りだした。
「それがね、参朝された時に一悶着あった事があったの! ぶっ細工な男が私のこと手を触れずに殺してみよ、なんてい うのよ!」
「いやあね! 本当に人間たら野蛮なんだから!!」
憤る密虫に金木犀が賛同する。
「そうしたら、そこに博雅様がいて止めてくれようとしたの!」
「いやあん! 優しいのね!」
「ま、結局は晴明様が上手く誤魔化してくれたんだけど、そのときも本当に博雅様ったら悲しい顔をして・・・」
その顔を正面から見てしまった晴明は、つまり博雅にほんの少し涙で濡れたような大きな瞳で見つめられて。
――――――――――― まさしく恋に落ちちゃったのだ。
密虫が心の中で何度も頷く。
あれ程澄んだ魂には出逢ったことがなかった。目は心の窓口というけれど、心も綺麗な人、と直ぐにわかった。
もともと評判の笛の奏者がいると聞いていたが、本人に出会って納得できた密虫だったりする。
「でも、そのあと良く出会いの機会があったわよね〜・・これも運命ってこと?」
ちょっと夢見がちにうっとりと山茶花が話すのをこれまた密虫がチッチッチと人差し指を口の前で振ってみせた。
「・・・違うの?」
「あったりまえじゃない!! あの晴明様がそんなふうに呑気に機会を待ってると思う!?」
「そういえばそうかもねぇ・・・」
力説する密虫に金木犀が納得する。
藤原兼家が物の怪にあったという事は直ぐに朝廷内で有名になった。
そういったことは直ぐに陰陽師に知れ渡る。
その兼家と博雅が懇意にしているという事も。
「・・・・・じゃぁ・・・」
「そうですよ! 晴明様ったら式神を飛ばして毎晩耳元で囁かせたらしいですよ!!」
「なんて・・・?」
「『陰陽師に頼むなら安部晴明を・・・迎えにやるなら源博雅を・・・』って」
「・・すごいわ・・・晴明様ったら・・・・策士」
密虫の話に感心したように寒椿がため息をついた。
「そして極めつけはアレよね!」
「どれ!?」
「なにがどれなのよぉ!」
密虫に皆が言いよる。
「ほら! 皇子に呪がかけられた時に博雅様が来たじゃない!」
「ああ、あの時!」
「あの時に博雅様ったら"お前でなきゃ駄目なんだ!"って!」
まさしく言葉の矢が晴明の心を射抜いたのだ。
「それじゃあ、もう晴明様大喜びよねぇ・・・・」
密虫と山茶花が話す一方で金木犀と山茶花が頷きあう。
「格好良い所見せまくりって感じ?」
「しかも気が付いたらちゃっかり呼び捨てでしょー!」
いやーん!と、それでひとしきり盛り上がった後。
茶で喉を潤しながら、ポツリと金木犀が呟いた。
「でもさー・・・・・・博雅様って・・・・鈍いと思ったんだけど」
なにも言わずに皆が一斉に頷く。
「晴明様もよく我慢したわよね・・・・」
「ううん」
感心したような山茶花に密虫が否定をする。
「結構、ちょくちょくチョッカイだしてたわよ」
いつも傍にいる密虫は命令が無い限りその場を動く事のできない式神達と違い二人の有様を逐一見る事ができるので、 かなりな情報通になっているのだ。
「じゃ、じゃあ最初の接吻て・・・何時?」
目をキラキラと輝かせて寒椿が密虫に尋ねる。
密虫はしばし思い出すような振りをして、3人を呼び寄せた。
頭を突合せて声のトーンを落とす。
「青音様の身体から穢れを払ったときよ・・・あの時好きな人の話になって・・」
「いやーん!早すぎっ! さすが我等の晴明様ねぇ!」
山茶花が誇らしげに何度も頷いた。
「でもでも青音様は!? 青音様がいたんじゃないの!?」
「そこらへんぬかりないですよぉ! 勿論結界張ってます!!」
「さすが! で?で?」
ふと金木犀が漏らした疑問に蜜虫が答えると寒椿が先を促す。
「そう! 博雅様ったら"俺は遊んだりしない"とか言って! あれはまるっきり経験がないわよー!!」
「それでそれで!!」
「晴明様ったら、"そんなんじゃ、イザというときに女に嫌われてしまうぞ、練習しとけ" とかなんとか言っちゃって!」
「うっそー! 口が上手すぎなんだからー!!」
「・・・・・・・・・・博雅様が単純なだけなんじゃないの?」
すっかり盛り上る密虫と寒椿に山茶花が頭をかしげてポツリと呟く。
「おだまり!! それで?」
もう目が爛々としている金木犀に頭をはたかれて山茶花が剥れた。
「練習でそんな事をするのは女の人に失礼だって博雅様が怒るのを、じゃあ俺が教えてやろうとかなんとか言って晴明 様ったらアッというまに丸めこんじゃって・・・・・」
3人の喉がゴクリ・・となる。
「・・・・で?」
「そりゃあ、もう、すっごい濃厚なヤツ! あっという間に博雅様ったら腰抜かしちゃうしぃ、しょっぱなからあんなに激しくし ちゃったら反則ですよねぇ・・・・」
あの密虫が幾分頬を赤らめ、ため息を付いた事に3人の間に動揺が走る。
いくら見た目が少女の様だといってもこの中で一番年食っているのは実は密虫である。
すっかり目が肥えている密虫をして濃厚とはどんなものか!?
「アレは青音様が意地悪したくなる気持ちもわかるわ・・・」
「・・・・意地悪したの?」
その後に続いた言葉に寒椿が不思議そうに首をかしげた。
「うん、嫌味とか言われたんだけど全然通じてないしぃ・・・・」
「どんな?」
「"博雅様は晴明様にとって無くてはならない人だから大切になさいませ"とかなんとか言われて"ええ"とか素直に頷い ちゃうし」
「そりゃあ、腹立つわ」
金木犀の言葉に一様に頷く。
「しかし・・・・・・・博雅様が落ちるとは思わなかったわよね・・・ぜったいノーマルかと思ったのに・・・」
ちょっと残念そうに呟いた金木犀に寒椿が頷く。
「でも晴明様ったら熱心に口説きまくりだったもの」
「そうねぇ・・・・・確か博雅様が・・好きな方を亡くして落ち込んでいたとき?・・・・・・晴明様ったらずっと傍にいたのよ」
密虫の言葉に皆がふんふんと頷く。
「その時、晴明様ったら何にもしなかったのよ!!」
「ええっ!! 据え膳状態じゃない!!」
「そうなのよ! 身体で慰めなかった晴明様って初めてみたわ・・・・」
「・・・それだけ本気だったってことか・・・・羨ましいなぁ・・・」
山茶花がうっとりしたように呟いた。
「そうね・・・・これだけ長い間生きてきたけど涙した晴明様もはじめてみたわ・・・・」

博雅が矢に射抜かれて倒れているのを見たときの晴明の嘆きは。

「そっか・・・・・」
しみじみとした空気が流れて。


「でも、する事はするのね」
小さく呟いた山茶花にそろって皆が頷いた。



しみじみした雰囲気は壊れあっという間に騒々しくなって黄色い声が飛び交って。

「そりゃ、晴明様ですもの」
「でも博雅様ってはじめてだったんでしょ」
「良く出来たわよね・・・初めてって大変って言うじゃない」
4人の視線が干されている布団に流れた。
「それもまた楽しってことでしょ」
「そうよ! 最初は何だかんだ抵抗してたけどそんなのすら晴明様ったら楽しんでたわよ」
「そりゃ、経験値からいったら博雅様ったら赤子も同然じゃない!」
「・・・摘まれちゃったのねぇ・・・・」
「いやあ! なんて事言うのよ! 寒椿ったら!!」
「・・・・・・顔が笑ってるわよ」
「でも初めてかぁ・・・博雅様って・・・・・・晴明様の征服欲かなんかそそっちゃうタイプと見たわ・・・・」
「確かにね・・・・全部俺が教えてやるぜ・・って感じ?」
「手取り足取り腰取りかぁ・・・しかもアレも取っ・・・!!!」
金木犀に頭をはたかれて寒椿が突っ伏した。
「だけど博雅様って意外と色が白かったわよねぇ・・・感心しちゃうわ」
「まあ、普段日に当たらないし、滅多に脱がなそうだし」
「しかも、あんな真昼間からでしょー! 晴明様ったら丸みえよっ!!」
「いやぁん! 獣よぉ!」
「・・・そう言いつつ嬉しそうね・・・貴方」
「いいじゃない! 別に! でもでも獣っていうより鬼畜って感じ!」
「だってだってあんな格好までさせちゃって!!」
「博雅様ったら以外に身体柔らかいじゃない・・驚いちゃったわ!」
「そうよね、晴明様ったら博雅様が朦朧としているのをいいことにあんな格好させちゃって!!」
「あーん!! 楽しそう!!」
「密虫ったら羨ましいんだから!! 私も見たい!!」
「だからこうして教えてるじゃない!」
「あーん、今度は何時くるかなぁー」
「馬鹿ね・・きっと今日も連れてくるわよ」
「じゃあ、今夜もなの!?」
「決まってんじゃない!!」
「うっそー!! 見たい見たい!!」


かしましい話は当分続く。
新しく手にいれた娯楽は式神たちをしばらく楽しませてくれそうで盛り上りをみせていた。

もちろん自分達が見ていることを晴明が知っているのは承知の上での会話であるが。


ちなみにそれに気付いた博雅がしばらく晴明の家を訪れなくなって、晴明に結界を張られるようになってしまうのは先のお 話。



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