緑の受難






 パキッ
 軽い音を立てて箸が折れた。

「変だな、こないだおろしたばかりなのに」
 ハヤテは首を傾げた。
 長かった戦いも終わり、ギンガの森は復活した。
 戦いを終えた戦士たちも森へと帰り、今は穏やかな生活を送っている
 中でもハヤテは婚約者のミハルとようやく式をあげ、今は一つ屋根の下でほのぼのと新婚生活を送っていた。今日も今日とて幸せを満喫しつつ、今日も愛妻の手料理の朝食を味わっていたのだがそんな中、ふいに手にしていた箸が折れたのだ。
「力を入れすぎなんじゃないの? そんなに急いで食べなくてもなくならないわよ」
 代わりの箸を用意しながらミハルが笑う。
「だといいんだけどなぁ……時々欠食児童達に襲撃されるのは事実だろう」
「今日は大丈夫じゃない。サヤは薬草摘みに昨日から遠出してるし。ヒカルはゴウキのところにお泊りだって言ってたから」
「だから今日の朝食は少なめなのか」
 きっちり二人分の料理を前に納得する。いつもなら少し多めに作ってあるのだが、今日はきっちり二人分だ。新婚家庭なのだから、二人分なのは当たり前のはずなのだが、食事時に限って現れる約二名の乱入者が日常化しているため、ミハルは予め多めに用意しているのだ。
「あいつらもいい加減、自分で料理すりゃあいいのに」
「あら、料理はできるわよ。それなりに、だけど。それより一人で食べるのは嫌っていうのが本音じゃないかしら。いくら一人前の戦士だからってまだ十八なんですもの。一人暮らしは寂しいのよ」
「だからと言ってだな……」
 納得しつつもため息がこぼれる。
 ギンガの森に帰ってきた6人は一人前とみなされて各人独立した生活を営むようになっていた。だがそれまでは牧場で皆でわいわいと生活していたから、いきなり一人暮らしというのは確かに寂しいだろう。が、しかしだ。
 だからと言ってわざわざ新婚家庭を襲撃に来なくても……と思ってしまうのはしかたがないだろう。まぁ襲撃者当人であるサヤとヒカルに言わせれば、ハヤテの所だけじゃなく二回に一回はゴウキの家にいっているらしいが、それはそれで問題ではなかろうか?
 ゴウキはゴウキで鈴子先生と順調に交際を続けているのだから、近々新婚家庭になるのは間違いない。まぁそれを気にする二人とも思えないが。
「大丈夫よ。心配しなくてもなんとかなりますって。それより早く食べてしまいなさいな。今日は雄叫び山に過去の記録を調べに行くんでしょう」
「あぁ、そうだった」
 その日の予定を思い出し、ハヤテは気を取り直して朝食に箸をつけた。

 ………が、その日の朝の出来事はこれで終わらなかったのだ。

 
 ブチイッ
 外出のため、ハヤテがブーツを履くといきなり紐が切れた。
 無論この紐も古かったわけではなく、先日変えたばかりのものだ。

 ドサッ
 いきなり棚が壊れて乗せてあった木桶がハヤテの頭を直撃した。かなり痛かった。

 ツタタタタタッ
 頭を抱えて蹲るハヤテの目の前をミハルの愛猫『嵐』が駆け抜ける。ミハルが結婚前から飼っている黒ネコで、雄猫のせいか今一つハヤテには懐いていない。今も心なしかわざわざ前を走りぬけたあげくこっちを向いて笑っていったような……


「俺、今日、外出するの止めようかな」
 吉凶を気にする性質ではないが、こう続くと気が重くなってしまう。
「何、ばかなことを言ってるのよ。古代の封印システムが気になるからって、言い出したのはハヤテでしょう。せっかく久しぶりのお休みだから一緒にピクニックに行こうかと思っていたのに」
 後片付けをすませたミハルがエプロンを椅子にかけドアへと向かう。
「ほらこんなにいい天気………」
「ミハル?」
 ドアを開けて空を見上げたはずの視線の角度が浅い。何かあったのかと立ち上がりかけたハヤテをミハルが手招きする。
「確かに外出はやめた方がいいようね。お客様よ、ハヤテ」
 呼ばれて覗いたドアの外には、途方に暮れた表情をしたリョウマが立っていた。
 で、曰く。

「相談したいことがあるんだ、ハヤテ」

 ………やっぱり。
 不吉な前兆の原因はこれだったか。
 ハヤテはため息をついた。

 実のところ、リョウマがこうしてハヤテの家を訪れるのは初めてではない。
 突然に戦士のリーダーにされてしまったリョウマを気遣って、あの戦いの間色々と相談相手になっていたせいか、今でも何かと相談事を持ちかけられる。
 別にそのこと自体は構わない。構わないのだが、問題もあるのだ。
 何がって?
 リョウマがハヤテに相談事を持ちかけることをおもしろく思わない若干一名様の存在だ。
おかげで何度、さりげなく嫌がらせをされたことか───しかも絶対に証拠は残さないあざとい方法で。
 ちなみにリョウマは現在その若干一名様、つまり兄のヒュウガと一緒に暮らしている。本来ならばそれぞれ一人暮らしをするはずだったのだが、そこはそれ、ヒュウガである。
『兄弟だから』とか『同じ炎の戦士としてアースの交流がうんぬん』とか、果ては『アースをなくした後遺症が(そんなのあるのか?)』などと、あらゆる弁舌を駆使してリョウマとの同居を勝ち取っていた。
 まぁそれらの建前の後ろに潜む本音はバレバレだったのだが。


「ごめん、朝忙しいのに」
「いいさ、入れよ」
 ぽつねんとたたずむリョウマを家に招き入れる。
 なんだかんだといいつつも、ハヤテもリョウマには甘いのだ。
「私はアズサのところに行って来るわ。ルキスのジャムを作るっていってたから手伝ってくる。明日のお茶の時間は楽しみにしててね」
「悪いな、ミハル。ついでにゴウキのところに寄ってくれないか?」
 気をきかせて席を外してくれるミハルに伝言を頼む。自分だけが被害を受けるのは理不尽である。やはり仲間である以上、不幸も分け合うべきだろう。
 ハヤテはゴウキとヒカルも巻き込むことに心を決めた。とりあえず対象が増えればヒュウガの攻撃の矛先ね少しはニブくなるだろう………たぶん。



「で、相談ってなんだ?」
 有無を言わさずミハルに引きずられてきたゴウキとヒカルが揃うのを待って、リョウマに問いかける。
 強引に巻き込まれた二人が恨めしそうな目で見ているが、無論無視する。
「うん、もうすぐ兄さんの誕生日なんだ」
「そういやぁそうだったな」
 去年の誕生日はまだヒュウガは生死不明で、おまけにバルバンの襲撃もあり祝うことすらできなかった。
「で、何をあげたらいいかと思って」
「…………………」
「なぁ、何がいいと思う?」
「おまえはそんなことを……いや、確かに問題だよな。おまえにとっては」
 はぁ〜〜〜〜〜。何時にも増してため息が深くなる。そんなことのために俺は大事な調査を断念したのかと思うと───加えてまたこれでヒュウガに恨まれるのかと思うと───何やら悲しくさえなってしまう。とはいえまぁこればっかりはヒュウガに相談するわけにもいかないのだからしかたがないだろう。
「何か思いつかないのか? ヒュウガの欲しそうなものは」
「思いついたら相談に来ないって。兄さんってばあまり物に執着ないんだもん。難しいよ」

(その代わり『人間』には思いっきり執着してるけどな)
 とは三人の息の合った突っ込みである。口には出さないが、微妙にリョウマから逸らした視線でお互いに判り合ったりして。

「なぁ、なんかないかなぁ」
「そんなの簡単じゃん。リョウマが裸でエプロン付けてりゃ、一発で─────痛てっ」
「ヒカル!」
 とんでもないことを言い出したヒカルの口をゴウキが塞ぎ、ハヤテがどこからともなく取り出したハリセンで頭をしばく。まったくなんてことを言い出すんだ。
「裸でエプロン?」
「わぁ〜〜〜! リョウマ、忘れろ! 今ヒカルが言ったことはきっぱり忘れるんだ、いいな!」
 リョウマにそんなことを教えたとヒュウガにバレたら、どんな報復をされることか。
「え? でも…」
「いいから忘れるんだ。だいたいそんなもんが誕生日プレゼントになるわけないだろう」
「えぇ〜〜! でもこれは男の夢ってやつだろう」
「だからおまえはどこでそんな知識を仕入れてくるんだ」
 こいつを外界にやったのは失敗だったかもしれない。戦士としての勉強はサボりがちなくせに、こういうしょうもない知識だけは日々増やしているらしい雷の戦士に頭が痛い。まったくその向上心を少しでも本来の勉強に費やしてくれたら……環境のせいか、若いわりにめっきり苦労症なギンガグリーンだった。
「でもさぁ、ハヤテだってミハルがやってくれたら嬉しいだろう」
「それとこれとは話が別だ。今考えてるのはヒュウガの誕生日プレゼントの話なんだぞ」
「だよね。第一、なんにも着ないでエプロンを着けるなんて何時ものことだもん。誕生日プレゼントにならないよ」
「そうだぞ………って、今なんて言った、リョウマ」
「え? 誕生日プレゼントにならないって」
「いやその前だ。確か『何時ものことだ』とかなんとか言ったような気がしたんだが……」
 聞き間違いだよなぁ……という願いもむなしく、リョウマはあっさりと肯定した。
「うん。週末、次の日が休みの日はお嫁さんはそうやって旦那さんと夕食を食べるもんなんだろう」
「………………」
 いったいそれはどこの旦那と嫁だ───というか、リョウマ、おまえはいつヒュウガの『嫁』になったんだ。
「あれ? 違うのか?」
「あ……いや、その……」
「まさか…また、にいさん」
「いや、リョウマ。別にヒュウガは嘘を言ったわけじゃないって」
 言いよどむゴウキの様子を不振に思ったのだろう、リョウマが表情を曇らせる。なにせ、山ほど前科があるのだ。あの犯罪者───もとい黒騎士ヒュウガという男は。
「それが一般的というわけではないだけだ。そういう夫婦もいるしな」
 きっと…どこかに…たぶん……一組ぐらいは。
「そっか、そうだよね。兄さんが俺に嘘を付くはずないもん」
 いやついてるって、山ほど。おまえが気づいてないだけで。まぁそのほうが幸せなので敢えて誰も何も言わないけど。
「なぁなぁリョウマ」
「なに? ヒカル」
「他にはどんなことしてるんだ」
「どんなことって?」
俄然興味を惹かれたらしいヒカルの問いかけにリョウマはきょとんと首を傾げる。怖いもの知らずというより、もはやこれは怖いもの見たさと言ったほうがいいかもしんない。
「だからぁ、裸エプロンのほかにだよ」
「他って…別に特別なことはしてないと思うけど」
「そうかぁ〜?」
 嘘だ。絶対あんなことやそんなこともやってるに違いない。
「だと思うけど」
「案外、お風呂なんか一緒に入ってんじゃねぇの? で、お互いに洗いっこなんかしてたりしてな。よ! 新婚さん!」
「えぇ! 別に新婚だからってそんなことしてないよ」
「またまた照れちゃって」
「そんなの前からだもん」
「だから照れるなっ…て………前から?」
「うん、兄さんとは小さい頃からずっと一緒にお風呂入ってるからね。体もいつも洗ってもらってたし」
 にこにこにこ。なんかそろそろ突っ込むのもむなしくなってきたぞ。
「あ、でも俺もちゃんと兄さんの背中流したりしてたんだよ」
「そうかそうか、良かったな」
 なにがいいんだか。自分でも良くわからんが、とりあえず言っておく。
その後も一人めげないヒカルとのやりとりによって、『おはよう&おやすみのチュウ』や『いってらっしゃい&ただいまのチュウ』が日課になってることや、寝るときのパジャマ半分こ。食事のときには食べさせっこはいつものことだとで、メニューによってはヒュウガの膝にリョウマが抱っこ座りの状態で『アーン』なんてやってるとか………ほとんど惚気なんだかわからないような内容が暴露されていく。無論、リョウマはどれもごく普通のことだと信じて疑ってもいないのだ。

(ヒュウガ、おまえって奴は………)

 次々と明かされてゆく衝撃の事実にハヤテは内心滝涙だった(ちなみにゴウキはとっくに撃沈済みだ)。
いやあまりにヒュウガのサイテーぶりが悲しくて。リョウマが何も知らないことをいいことに───いや、この場合は何も知らせずに育てたというべきか───やりたい放題したい放題の限りで。
もしあのバルバン襲撃の日、ヒュウガが亀裂に落ちていなかったら、こんな男をリーダーと仰いでいたのかと思うと………つくづくうまい具合にヒュウガの足元に亀裂が開いてくれたものだ。きっと歴代戦士達の恩寵に違いない。

 で、結局、ヒュウガの誕生プレゼントだが、物や(その手の)行為以外ということで、ゴウキの提案による『ラブレター』に落ち着いた。
 (リョウマの話にアテられすぎてぶっちりとキレた)ゴウキの説明によれば、『ラブレター』こそが正しい、そして最強の恋人への贈り物らしい。
 思いのたけを言葉で綴るという『行為』と、それによって形に残される手紙という『物』、さらには相手のことを考えてどんな言葉を送るのか悩む『時間』さえも恋人に贈る最強のアイテムなのだとか。そう熱血するゴウキの勢いに思わず納得してしまうリョウマとハヤテだった。

 実際リョウマが寝る間も惜しんで書き上げたそれはいたくヒュウガを満足させ、肌身離さず持ち歩いたとか。おかげで今回に限り、ヒュウガの報復も免れてハヤテはほっと胸を撫で下ろすことができた。

 が、しかし。誕生日というものは毎年あるのである。
 当然、この手のことに関してはまったく学習機能のないリョウマのことである。ほぼ確実に来年もハヤテのところに相談に来るに違いない。
今回はたまたま上手くいったものの、つぎもこういくとは限らない。
来年のヒュウガの誕生日が近くなったら絶対リョウマには近づくまいと硬く心に誓ったギンガグリーンであった。





久々のギンガマンです。
なんか久しぶりにノって書けたので楽しかったです。おかげで前半が予定外に伸びること延びること。
その分時間の関係もあって(夏コミ新刊用でもあったんで)後半無理やりまとめることになったのがちょっと心残り。
でも本当、相変わらずの兄上の悪辣ぶりが書いててすがすがしかったです。
(ひかる)



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