だいきらい☆






「なぜ来た、リョウマ」
 俯いたまま、視線を合わせようとしない弟に、苛立ったようにヒュウガが咎める。
「俺はもう、アースを捨てると言ったはずだろう」
 彼がブクラテスのもとに赴き、アースを手放してから数日が過ぎたある日。
 何者かが隠れ家に近づく気配を感じ偵察に出てきたヒュウガが見つけたのは、道を別ったはずの弟の姿だった。
「それなのに何故ここに来た。だいたい他のやつらは知ってるのか、おまえがここにいることを」
 重ねる問いかけにも、リョウマは一向に口を開こうとしない。ただ黙って俯いてるだけだ。らしくないその態度が自然ヒュウ ガの口調をきつくする。リョウマがヒュウガにこんな態度をとるのははじめてで、いったい何があったというのだろうか。
「黙ってないで、なんとか言ったらどうなんだ!」
 一向に口を開こうとしない弟にヒュウガが詰め寄ろうとしたとき、ようやくリョウマは口を開いた。
………ばか
「は?」
 今、なにか聞こえたような気がしたが……きっと気のせいだろう。
「リョウマ?」
「にいさんの嘘つき」
「なーーっ!」
「にいさんなんて 大っ嫌いだぁ!
 そう怒鳴るとリョウマは踵を返して走り出した。
 間髪置かずにヒュウガもその後を追う。
「リョウマぁ! いったいなにがあったんだぁ〜〜!!!」


 話は一時間ほど前に遡る。


 ここしばらくバルバンの攻撃もない平和な午後。
 昼食の後片付けを終えたゴウキはハンカチ片手にTVの前に陣取っていた。最近すっかりハマってしまっている昼の連 ドラを見るためである。そしてその周囲には何故かヒカルにサヤ、そしてリョウマまでもがいたりして。このとき唯一外出し ていたのがハヤテで───なんでもギンガルコンの体調が優れないということで様子を見に行ったのだ───、他の面 子はなんとなくドラマに見入ってしまっていたりする。
 普段であれば各自訓練やら馬の世話やらと室内にいるのが珍しい面子なのだが、何故かこの日はほぼ全員が居間に 揃っていたのだ。
「うっわぁ、くっさぁ」
「でもやっぱりこれが王道なんじゃない」
「ふぅん、そうなんだ」
「おまえらうるさいぞ! しずかにしろ!」
 ドラマの中身はと言えば、結婚して子供もいる女性が初恋の男性と出会って不倫にハマってしまう……というありがちな ネタであえて見たいと思うものではないのだがそこはそれ、禁断の果実は美味そうに見えるというやつだ。いつもならハヤ テに教育上悪いと年少組+αは見ることを禁じられていたりするものだから、たいした内容でもないと思いつつも、TVの 前から離れられないヒカルとサヤであった。
「でもさすがにスタイルいいよな」
「スケベ、どこ見てんのよ」
「自分が寸胴だからって僻むなって」
「誰が僻んでるのよ、これだから男は…」
「静かにしろと言ってるだろ!」
 場面はクライマックスが近いらしく、互いにこれが最後と思い定めた主役の男女がホテルで落ち合い、部屋へと入ってキ スしたところである。物悲しくも甘いBGMが流れ、ムードが盛り上がる。ゆっくりと二人の影がベットへと移動し、照明が暗くなる。自然見ている側も口数が減り、『おぉ!』なんぞと内心拳を握り締めたりして……そんなときだった。ふいにリョウマが口を開いたのは。

「なぁ、なんであの二人あんなことをしてるんだ?」

「は?」
「なにって…?」
「だからあれ」
 と指差す方を確認すれば、今やベットシーン真っ最中だったりする。それがいったい…。
「あの二人、もう会わないって決めたんだよな」
「あ…あぁ」
 確かそんな話をしていたような気がする。あまり熱心にストーリィを追っていたわけではないので自信はないが。
「それなのに、なんでおまじないなんてしてるんだ?」
「リョウマ?」
「おまじないって…?」
 話が見えない。首を傾げる3人にじれたようにリョウマは言葉を綴った。
「だからぁ、あれっておまじないだろ。ずっと一緒にいるっていう。なのになんで別れるつもりなのにおまじないしてるん だ?」
「!」
「×××!」
「……………」
 声もなく3人は固まった。
 『おまじない』って……。箱入りだとは思っていたが、まさかこんなことも知らなかったなんて。五つ年下のサヤやヒカルで さえ知ってるのに。だいたい22にもなった男に今さらどう説明すればいいのか。まったく…、ヒュウガは何を教えてたん だ! と、内心憤りかけてハタと気付く。

「なぁ…、確かヒュウガとリョウマって……」
「……だよなぁ」


 ぼそぼそぼそ。ヒカルとゴウキが確認し合う。なのに今の質問って…それはつまり……
「聞いてもいいか? リョウマ」
 恐る恐るヒカルは問い掛けた。
「なに?」
「おまえは今TVでやってることがおまじないだって、いうんだな」
「うん、はじめにあの二人がやっていたのが『初歩のおまじない』で、ベットの上でやってたのが『もっと強いお まじない』だろ。これからもずっと一緒にいるっていう」
「……誰がそう言ったんだ?」
「? にいさんだけど」
 そうじゃないかなぁ〜と思いつつも、そうじゃないといいなぁと思っていた名前を、さらりとリョウマは答えてくれた。
「「ぁ゛ぁ゛ぁ゛〜〜、やっぱりぃ〜〜〜」」
 ヒカルとゴウキが頭を抱える。悪党だとは思っていたが、まさかそこまでとは。
「どうしたんだ? 二人とも」
「いや……その…な……」
「なんでもない、うん、なんでもないんだ」
 不安も露わに問い掛けるリョウマに慌てて首を振って誤魔化す。ここでうっかり真実を話そうものなら誰かさんの報復が 恐すぎる……が、二人は忘れていた。この場にはもう一人存在していたことに。
「その『おまじない』のことだけど」
「サ…サヤっ!」
 慌ててヒカルとゴウキが止めようとするのを切って捨ててサヤは言葉を続ける。一見とぉっても冷静に見えるが瞳はしっかり座りきっていた。
「リョウマは誰としたの?」
「にいさんとだけど」
『もっと強いおまじない』も?」
「うん」
 こくりとリョウマが頷く。室内の空気がより一層重くなった。
「ふぅ〜ん、そうなんだ。……してたんだ」
「どうかしたのか? サヤ」
 さすがに不穏な空気を察したのだろう、リョウマが問い掛ける。ゴウキとヒカルはすでに自ら部屋の置物と化していた。
「リョウマ、あんた騙されてるわ」
「え? 騙されてるって…?」
「だからヒュウガに騙されてるのよ!」
 きっぱり言われて反射的にムッとする。
「にいさんがそんなことするはずないだろう!」
「じゃあなんで『おまじない』なんて信じてるの。今時キスを『おまじない』だなんて、勇太だって信じないわよ」
「キス? え…でもキスって、恋人同士がすることだろ? 好き合ってる男女がすることだって」
「それもヒュウガに言われたの?」
「うん」
サイッテー
「サヤ?」
「い〜い、リョウマ、良く聞きなさい」

 
   ……… 間 ………
 

バターン!

にいさんのばかぁ!
 そしてリョウマは牧場を飛び出して行った。



「いったいどうしたんだ」
 隠れ家から100m程離れた岩場で、ようやくヒュウガはリョウマを捕まえた。
「にいさんのうそつき!」
 腕を捕らえ岩壁を背に押し付ける。逃がすまいと抱きすくめようとする腕の中で、リョウマは両の腕を突っ張り顔を背け る。
「だからどうしてだと聞いている」
「『おまじない』なんて嘘だったじゃないか! ずっと一緒にいてくれるって言ってたのに、にいさんなんてだいきらいだ!」
「リョウマ、だからそれは……」
 バルバンを倒すためとはいえ、相談もなしにアースを捨ててしまったのは自分である。責められてもしかたがない。そう 思いつつもだいきらいと言われれば胸が痛む。
「破るくらいなら約束なんてして欲しくなかった」
「……すまない」
「信じてたのに……にいさんのこと、ずっと信じてたのに」
「リョウマ」
 言葉に迷う。どう言えば理解ってもらえるだろう。けして望んで離れたわけではないのだと。バルバンを倒すために=リョ ウマを護るために離れたのだと。
「なのに俺を騙して……」
「違う! 聞いてくれ、リョウマ!」
「『おまじない』だなんて、ただしたかっただけなんだろう」
「リョウマ、俺は! ………今、なんて言った?」
 なにか妙な、この場にはふさわしくない言葉が聞こえたような……
「俺がにいさんの言葉は全部信じるって思って、あんなことするなんて」
「…………」
「にいさんのスケベ! 変態! 強姦魔!
「!!!!」
 まずい、全部バレてる。
「あ……その……なんだ…リョウマ」
嘘つき
「…………」
 空気が重い。ある意味ヒュウガはゼイハブに地底へと落とされたとき以上の窮地に立たされていた。
「信じてたのに……」
「…リョウマ」
「にいさんが俺を騙すなんて」
「すまない」
だいきらいだ
「…………」
 『だいきらい』……その言葉は深々とヒュウガの胸に刺さった。リョウマが自分に向かって『きらい』なんて言うなんて。がっくりとヒュウガは膝を付いた。
「すまない、リョウマ」
 ヒュウガはそのまま地に手を付き頭を伏せた。
「! にいさん!!」
 リョウマの悲鳴混じりの驚愕の声が響いたが、構わず額を地に付けた。
「今更謝ってもおまえは許してはくれないだろうが」
「止めてよ、にいさん! そんなこと」
 予想もしなかった兄の姿に、青褪めてリョウマが駆け寄り半身を起こさせる。
「いいんだ、俺はおまえの信頼を逆手にとって、それだけのことをしたんだから……だが」
 自分の身体に掛けられたリョウマの腕を掴み、ヒュウガはその瞳を見つめ告げた。
「ただこれだけは信じて欲しい。今もあのときも、おまえのことを誰よりも大切に想ってる」
「にい……さん……」
「愛してる、おまえだけを。ずっとおまえだけを見ていた」
「あ………」
 熱を帯びた声が言葉がその瞳がリョウマの全身を絡めとってゆく。喉が渇き声がうまくでない。自分の腕を掴むヒュウガ の手が熱い。
「誰にも渡したくなかった。俺以外、誰にも触れさせたくなかった」
 かくりとリョウマの膝から力が抜ける。そのまま倒れそうになった身体をヒュウガが受け止め…抱き締める。
「おまえのすべてを俺のものにしたかったんだ」
 押さえきれない情熱のままに見つめる瞳が怖くて…瞳を閉じる。聞こえるのは兄の声だけ。感じるのは抱き締める腕だ け………自分のすべてが兄だけに満たされてゆく。誰よりも大切な人。
『あぁ、そうか』
 リョウマは気付いた。
 答えなんてとっくに出ていたことに。兄に告げられた言葉はそのまま自分の想いに重なっていたのだと。だからこそなに も告げられないまま、なにも告げないまま抱かれてしまったことが悔しかったのだと。離れてしまったことが哀しかったのだ と。
「愛してる、リョウマ」
「………本当にずるいんだから…にいさんは」
 それでも、このまま認めてしまうのは癪なのでちよっと拗ねてみせる。
「謝れば俺が許すと思ってるだろ」
「リョウマ」
「まったく……もう」
 でもそれが事実だからなお悔しいのだけれど。リョウマは溜息を一つ付くと、ヒュウガを見上げた。
「好きだよ、にいさん」
 だれよりも、あなただけを。だから……
「愛してる」
 そう口にして、そっと兄にくちづける。おまじないとしてではなく、想いの証として。
「ん……」
 軽く触れて離れた唇は、次にはヒュウガによって再度重ねられた。幾度か軽く触れた後に、優しく奪われる。けして激しく はないけれど深いくちづけに、リョウマの腕はいつしか兄の背に縋るように回されていた。
「あ……」
 幾度目かのくちづけのあと、ようやく離れた唇を銀の糸が繋ぐ。すっかり力の入らなくなってしまった身体を受け止めてく れる兄の胸が心地良い。久しぶりの兄のぬくもり。
「いいか?」
「え?」
 問い掛ける間もなくふいに視界が反転する。はたと気が付けば柔らかな砂地を背に感じていた。
「おまえが欲しくなった」
「にいさん!」
 あからさまな言葉に熱が上がる。
「いやか?」
 いやじゃない。いやじゃないから困るのだけど。
「もう……にいさんのばか……」
 今日3回目になるはずのその言葉は、ひどく甘く自分の耳に届いた。





次はきっと屋根裏部屋です。
いや、ここで終わらせてもいいんだけれどね。
ヒュウガに怒られるから、頑張って続きを書こう。

→で、書いたらやっぱり屋根裏部屋行きになりました。
by ひかる


   TOPへ   小説TOPへ    趣味の部屋TOPへ