密虫の清明観察日記





(晴明様って、結構大人げなかったんだわ・・・)
と、密虫は目の前で繰り広げられている晴明と道尊の闘いを見ながら考えていた。


密虫は晴明の式神ではあるものの、式神というよりは精霊に近いし正式には晴明が作り出した式神ではない。
大陸から渡ってきた蝶だけに言葉に不自由するものの、他の式神と違って自分の考えで行動したりすることが出来た。
その密虫だからこそ、思わずにはいられない。

晴明は変わったと。
博雅と出会ってから。


(そりゃあもう、博雅様と出会ってからの晴明様の変わりようといったら、なんとも言えないわ・・・)


例えば屋敷には、前は酒ぐらいしか置いていなかったのに、博雅が来るようになってからは鮎やら菓子やらつまみやらが 常備されるようになった。
それが晴明自身が食べる為ではない証拠に甘い物が中心に食材が揃えてある。
かくいう密虫もちょっとしたお使いで出かけるときなど、ついつい博雅の好みそうなものを物色してしまうのだが。


それに博雅が来ないときの晴明といったら。

もともと感情を表面にだしたりする男ではないのだが、そのときばかりははっきりと密虫には判る。
面白くなさそうだ・・・というのはまだ可愛らしい表現かもしれない。
"不機嫌"という名のオーラが当たり一面に漂い魑魅網慮すらよってこない。
羽根にまといつく空気すら重いような気がする。
もともと屋敷に結界がはってあって鬼の類は屋敷内には入る事はできなのだが、その結界が反対に仇をなしオーラを外 に逃がさないだけに屋敷の中は大変な事になってしまう。


(反対に博雅様が来たときは、一条戻り橋を博雅様が通った瞬間から滅茶苦茶ご機嫌だもの・・・・)
他の精霊にはわからないだろうけれども、いつも傍にいる蜜虫にはわかる。
彼が超御機嫌だということを。


それでも密虫は最初は本当に純粋な友人関係かなー、なんて思っていたりした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・すぐに間違いに気付いたけど。

でも。
(そうじゃないのは晴明様のほうだけ、って思ってたんだけどなぁ・・・なんか違う見たいだし・・・・・どうなのかしら)
もともと博雅は天然だから、ときおり二人の会話は砂を吐くほどラブラブっぷりがあって傍にいるのも馬鹿らしいときがあ る。
二人の会話は聞き方によっては両思いにも聞こえなくもないのだが。


晴明が始めて博雅を呼び捨てにした晩だってそうだった。
本当なら位が下の晴明が博雅を呼び捨てにするなんてもってのほかのことだったりするのだが、きっと晴明は心の中だ はすでに名で呼んでいたに違いない。
「博雅」と呼び捨てにする晴明に何の違和感もなかった。

だいだい博雅の方だって簡単になじんでしまったっていうのはどういうことなんだろう。

まして、その翌日に青音に博雅を誉められたときなど、まるっきり彼女を誉められた彼氏そのものにしか見えなかった密 虫の目が腐っているのだろうか。

(ううん、私は間違っていない・・・・青音様に「大事になさいませ」なんていわれたときの晴明様ったら・・・・・)

あれは本気で照れていた、と密虫は力強く頷いた。
青音は違う意味で言った筈だと自分は思っているのだが、晴明はそうは受け取らなかったらしい。



あの、晴明が初めて執着した人間で、『博雅』であったからこそ。
晴明は、人を、博雅を愛しいと思ったのだろう。

だからこそ、博雅が死んだときの晴明の嘆きは密虫の胸にくるものがあった。

晴明様もやっぱり人間だったんだわ・・・・・・・などと別の意味で感心したりもしたのだが。


――――――――・・・・しかし、その後がよくない。
その青音様に『泰山府君の儀』を進められたとき。
(あれは儀式を行うのに迷ってなんかいなかったものね・・・・・・口でなんだかんだいいつつもやる気満々だったし・・・)
その時の光景を思い出す。
(普通迷うわよね・・・・きっと博雅様を蘇らせるためだったらなんでもしただろうなぁ・・・)
でも密虫だって青音の命が使われた事を後悔などしていない。
なにより、青音が望んだ事だしそれが彼女の幸せですらあったのだが。
密虫とて彼女より博雅の方が好きだったし、なんといっても晴明の為の式神だからこそ彼が望むことならなんでもするの だ。
(まあ、終わりよければ全てよしっていうし・・・でもきっと・・・青音様じゃなく他の人でもしたわね・・・晴明様ったら・・・・)


密虫は自分の考えが正しい事に自信をもっていた。




「晴明・・・」
ふと心配げな博雅の呟きで密虫が我に帰る。
視線を戻すと今も激しく戦いを繰り広げている二人がいる。

――――――― しかし、その二人というのは闘いという肉体労働とは無縁な筈の晴明と道尊の二人であって、本来なら 本職であるはずの博雅は黙ってみているだけだけど。
しかも名前を呼ぶだけ。
これってどうだろうか。

(・・・・・・・・ま、いのかなぁ・・・十分晴明様の力になっているみたいだし・・・・カッコいいとこみせよう、ぐらい思っているかもし れないし)


その戦いップリをみながら、密虫はちょっとかわいそうだな、なんて相手の道尊に同情していたりするのだ。

蘇った博雅を見たときの道尊の落胆は凄かった。
またその儀式を行ったのが晴明だと判ったときのショックのありようも思わず笑っちゃうぐらいだった。

(あれは哀れよね・・・・・)
せっかく邪魔者がいなくなってこれからだ・・・! なんてきっと思っていたに違いない。
なのに、ちゃっかりその邪魔者は生きていたのだから。

道尊と晴明のやりとりだって蜜虫にとってはこんなふうにしか聞えなかった。

―――――― なんで役にも立たないような何の力もないただの男にお前の力を使ったりなんかしたんだ! 勿体無い じゃないか!!
―――――― お前に博雅のよさはわからんよ、このうつけものめ。これ以上邪魔すんなら只じゃおかん。目障りだから 俺達の前から消えろ

ってぐらいにしか、聞えなかったのだ。


しかし密虫は知っている。
本当は晴明にとって、博雅が蘇った時点で道尊のことなどどうでもよくなっていたのだ。
博雅が蘇ったあの時だってその場で博雅をつれて帰ろうとしたぐらいだ。



「道尊を止めなくては・・・・!!」
「・・・・・博雅・・・・」
まだ蘇ったばかりでろくに力も入らないだろうに懸命に立とうとして倒れこんだ博雅を間一髪で晴明は抱きとめた。
「無茶をするな・・・!!」
「晴明・・・・・」
決意に煌く博雅の、晴明を見上げた目が涙で潤んでいた。

その瞬間、それこそ蜜虫には

ズキュ―――――――――――ン!!!

などと、心の臓を射抜く音なんか聞えちゃったような気がしたのは決して気のせいではあるまい。

「博雅・・・・・・」
晴明が優しく博雅の頬を撫でる。
「安静にしているんだ、博雅。お前は普通の状態じゃないんだぞ」
「でも・・・」
晴明に優しく諭されて、博雅が下唇を噛み締める。
「何故俺に言わぬ」
「・・・・・・え?」
「言ったろう、お前のために立つ、と」
「晴明・・・・」
どうやら晴明は勝負に出たらしい。蜜虫が生唾を飲み込んだ。

「お前が願うなら、この晴明、どんな事でもかなえてやる・・・俺に頼め」
そして、微笑む。

―――――― っていうか晴明様ったら、駄目押し?

その時の博雅の表情といったら。
―――――― アレは完璧に堕ちたわね
密虫は確信する。目にハートマークが浮かんでいたように見えたのは気のせいではあるまい。
「晴明!! ・・頼む・・・道尊を止めてくれ!」

その言葉に力強く頷いた晴明が。
―――――― そりゃあ晴明様だってやる気にもなるわよね・・・・


上手くいけば美味しいご褒美が待っているんだもの。


それでも、晴明はきっとあの瞬間までは、道尊の命まで取るつもりではなかったと思っているのだが。

(博雅様ったらなんにもわかってないんだもの・・・・)

あれはよくない。
いくら心が純粋で優しいといってもあんなことをしちゃいけない。


ある意味、道尊にとどめを指したのは博雅なのだ。

―――― お久しぶりです・・親王様・・・。
博雅の体にいた青音の魂魄が外に出てきたとき、晴明の様子が一変した。

既に怨念となってしまった早良親王と会う為には青音は自分が魂魄になるしか方法がなかったし、そうなった場合誰かの 体に入らなければ存在を保つことができないから最も適した手段だったであろう。
選んだ相手も博雅以外誰がありえたろうか。
選択は間違っていない。
まちがってはいないんだけど。

(なにも、博雅様の体であんな事しなくても・・・・・・・)

博雅と道尊の体をかりている青音と早良親王の二人はまだいい。
心眼を開いている晴明もまだ青音と早良親王の姿がみえているだろう。
だけど一般の人々には博雅と道尊がまるで恋人同士(・・・・いや、恋人同士何だけど)の会話をしているようにしかみえな いのはお笑い以外なにものでもないと思うのだ。
特に早良親王と道尊の会話は一人二役でグルグル回りながら表情を変えつつ会話してる様は・・・はっきり言って密虫は 真剣な場面であるにも関わらず笑いをこらえるのが大変だった。

しかし、晴明にはそうは見えなかったらしい。

例え青音の言葉でも
『もう、お傍をはなれません』なんて言っちゃってるのは間違いなく博雅自身だし。
二人の会話を聞きつつ、段々晴明の背中が強張っていく様子を密虫は見ながらにじみ出る妖気にあとずさっちゃったり。
極めつけは最後に抱き合った二人の姿だった。
嬉しそうに道尊に抱き締められる博雅をみたその瞬間、確かに大気を切り裂くビシィッ・・・と言う音を密虫は聞いた!!

(理由はどうあれ博雅様と抱き合った、という事が許せないのね・・・・・)


『小癪な男だな』
道尊が晴明をそういったのはまさしくそのとおりだと密虫は胸の中で頷いた。
道尊はいいように晴明に乗せられてしまったのだ。
刀を密虫に預け、その、密虫の傍を晴明が離れれば道尊が取りに行かないはずはない。
密虫では道尊を押さえることは出来ないし、刀を手にしたら戦わずにはいられないだろう。

――――――― 許さん。

晴明は表情を変えず深く静かに怒っていたのだ。
理由はただ1つ。
あんまりにも大人気なくって口にはだせないが・・・・・・・そう晴明の顔に書いてあるようで思わず溜息をつく。


(男の嫉妬って・・・・・)
とつくづく密虫は思ってしまった。
肝心の博雅はなんにも気付いてないようなのだがそれは構わないのだろうか。


その博雅の目の前で道尊は晴明の思考どおり、策にはまって闘いを繰り広げている。
なーんも役にたっていない博雅の、それでも時折「晴明・・・」と呟く声は十分力になっているようだし。
ちょっと目がうるんじゃっているあたり(やっぱり晴明はすごい)とか(格好いい)ぐらいは思っているかもしれない。
それはある意味晴明の狙いをついているかもしれないなぁ・・・と密虫は頷いた。

そして想像通り、勝ちをおさめたのは晴明だった。



「晴明! 怪我はないのか?!」
闘い終わって、博雅が慌てて近寄ると晴明が頷いた。
「お前も大丈夫か」
ってなんにもしてない、してない・・・と密虫は無言で思ったり。
自分でもそう思っていたのか
「俺はなんの役にも立てなかった・・・すまん」
そういってうつむいてしまった博雅の頬に手をかけて晴明が囁いた。
「そんなことはない。お前がいたからこそ俺は闘う事ができたのだから」
「晴明・・・・・・」

・・・・・・・・足元に道尊の躯が転がっているのは二人は気にならないのかしら

などと密虫は思っているのだが。

「それにしても晴明は凄いな」
「そうか?」
「そうだ」

どうやら全然気にしてない様子に密虫は小さくため息をついた。

二人は歩き出して・・・・(晴明様の手が博雅様の腰に手が回っているのがポイントよね)不意に博雅がくすっ、と笑ったの を晴明は聞き逃さなかった。
「どうした、博雅」
「いや、別に」
「なんだ、気になるではないか、言えよ」

ここらへんスッカリじゃれているようにしか聞えないのは蜜虫の気のせいなんだろうか。

「うむ、あのな、俺が死にそうになったときなんだが・・・・」
「道尊に矢を射抜かれたときか・・・・」
「ああ、あの時な・・・・、父でも母でも望月の君でもなく・・・・・頭に浮かんだのは晴明、お前だったよ」
すこし頬を染めて俯いて小さく言う様があまりにも乙女チックで。
「なんでだろうな」
反対に晴明はクリティカルヒットを食らってしまったらしい。
あの、晴明が無言のまま口を小さく開けて博雅を凝視したまま固まってしまっている。
「そうしたら、本当におまえがきてくれて・・・嬉しかったんだ」
「・・・博雅・・・」
「お前と出会えて、俺は本当に良かったぞ」
なーんにも判っていない博雅は自分が晴明にどんな事をいったか気付いていないらしい。
まさしく、まな板の上の鯉、狼の群れに放り込まれた羊・・・・いや、もう好きに私を喰っちゃって、状態に晴明には見えてい るのかもしれない。
「・・・俺も、お前にあえてよかったぞ」
「晴明・・・」

興味津々でみつめていた密虫だったが不意に周囲にざわめきを感じてあたりを見回すと、人が戻ってきているらしいのだ が何分二人の様子に近寄れないらしい。

「・・・博雅」
「なんだ?」
「今日の夜、家に来て酒でも飲まないか?」
「酒が?」
「ああ、いい酒がある。それを飲みながらじっくり話がしたい・・・遅くなったら泊まって行けばいいさ」

その言葉の裏にあるものは。

やっぱり晴明様ったら喰っちゃうつもりなのかしら・・・・。
でも博雅様って・・・経験あるの・・・? もしかして初めてだったりなんかしそう・・・。
それはそれで晴明様喜びそうだけどな。

などと密虫の頭の中をいろんな考えがグルグル廻ったが。

「そうだな、用事を片付けたらいくよ」
言葉の裏の意味を恐らくわかっていないであろう博雅がニッコリ笑って返事をするのを聞いたときの晴明の満足げな様子 に密虫は握り拳を作った。

(ま・・・・・・晴明様が幸せならいっか・・・・)
密虫の目からみてもまるっきり望みがない訳でもなさそうだし。

(それに、やっぱり自分は晴明様の式神だから晴明様には幸せになってほしい!)

「さ、今日は帰ってお掃除して布団も干さなくっちゃ!」
お酒も奮発していいのを買ってきて・・・! そうそう、博雅様のお好きなお菓子も買ってこなくっちゃ!

万全の支度をするために蝶に姿を変えて飛び立ちながら、自分の主人の幸せの為決意を新たにする密虫であった。



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