おにいちゃんといっしょ♪






 コンコン。軽いノックの音が響いた。
「誰だ?」
「兄さん、俺」
「リョウマ?」
 記憶に刻まれている声の遠慮がちな響きに急いでドアを開けると、パジャマ姿のまま枕を抱えたリョウマが立っていた。
 弟のもとに帰ってきて、迎えたはじめての夜。
「どうした?」 
 切り出しやすいように問い掛けてやれば、リョウマはおずおずと口にした。聞かなくても抱えてるものを見れば用件は丸わかりだったのだけれど。
「一緒に寝ていい?」
「(クスッ…)おいで」
 予想通りの言葉に軽い笑みを浮かべると、ヒュウガはリョウマの肩を抱いて室内へと招き入れた。
「眠れないのか?」
「なんか興奮しちゃってさ。今日は色んなことがあったから」
「そうだな」
 抱えていた枕をヒュウガのそれの隣に並べ、感触を確かめるかのように、ぱふぱふと叩く。
「あれ? これは?」
 ふわりと漂う香りに辺りを見渡せば、ヘッドボードに露をまとった水差しとグラスが置かれていた。
「あぁ、さっきサヤがもってきてくれたハーブのアイスティーだ。よく眠れるようにって、飲むか?」
「いいの ?」
「どうやら必要なのは俺じゃなくておまえみたいだからな」
「ありがとう」
 グラスに注がれたハーブティを口に含むと、爽やかな香りが広がる。昂ぶっていた精神がすうっと落ち着いてゆくよう だ。
「おいしい」
「気に入ったんなら、今度は俺が作ってやるさ」
「そういえば兄さん、ハーブにも詳しかったよね」
「サヤには敵わないがな」
「そりゃあそうだよ、サヤは花の戦士なんだから。うん、本当においしいや」
 飲み干してほっと息を着く。意識はしてなかつたが、かなり喉が乾いていたようだ。
「もう一杯飲むか?」
「うん、ありが…! うわっ!! 冷たっ!!」
「すまん、大丈夫か! リョウマ!!」
 それは不運なタイミングだった。
 水差しを取り上げて振り向いたヒュウガと、グラスを差し出したリョウマの腕とが見事にぶつかり、水差しの中身はグラス にではなく、リョウマに注がれてしまったのだ。
「うん…大丈夫。ちょっと冷たいけど」
「早く着替えて洗ったほうがいいな。ハーブだから染みになるぞ」
「でも代えの夜着、洗濯に出したままなんだよな」
「ならとりあえずこれを着ておけ」
 困ったように言うリョウマに、ヒュウガは自分の上着を脱いで渡した。
「もとはゴウキのだからおまえには大きいだろうけど」
「でも兄さんは?」
「俺は大丈夫だ。でもおまえはいつも寝冷えしてよく風邪をひいたろ。上だけでも着ておけ」
「けど……」
「そんな顔するな。大丈夫さ。今夜は一緒に寝るんだろう。おまえが一緒なら俺も寒くはないからな」
「そっか。じゃあ借りるね」
 一応の納得をみたのだろう。リョウマは夜着を脱ぎ始めた。
 普段は服と防具に隠されている瑞々しい肌がヒュウガの前に晒される。以前より少し痩せた気がするのは錯覚ではない だろう。環境の激変とバルバンとの激しい戦いは、確実にリョウマの身体にも影響を及ぼしていた。
 せめて自分が傍にいてやれていたら……
 ヒュウガの胸に悔悟の念が過ぎる。あの時はあぁするしかなかったとはいえ、突然負わせてしまった重荷がリョウマの心 身に負担となっていたのは間違いないだろう。あの時、自分が地割れの狭間に足を滑らせるというミスを犯さなければ…… 
「ほら、貸せ。水につけてくるから」
 過去に囚われかけた思考を振り払うように、リョウマへと手を伸ばす。過ぎてしまった時に拘ることをけしてこの弟は望ま ないだろうから。
「え、いいよ。自分でやるから」
「いいから。それより早く上着を着ろ。本当に風邪をひくぞ」
「ごめん」
「ばぁか」
 くしゃりとリョウマの髪を撫でると、ヒュウガは廊下に出た。
 閉めたドアを背に小さく一つ息を付く。
 しばらくそのまま瞑目した後、ランドリールームへと足を向けた。



「なんだ、まだ起きていたのか」
 染み抜きに意外と手間取ってしまい、戻ってきた時にはかなり時間が過ぎていた。
 待ちきれなくてもう寝てしまったかと思った弟は、まだ起きて自分を待っていたようだ。
「だって、先に寝るわけにはいかないだろ。ここは兄さんの部屋なんだから」
「そうか? 昔は良く勝手に人のベットに入って眠りこんでたけどな」
「いつの話だよ、もう」
 拗ねて頬を膨らませるのを頭を撫でて宥める。
「だいたい意味がないだろ、せっかく久しぶりに兄さんと一緒に寝ようと思ってきたのに、肝心の兄さんがいないんじゃ」
「それもそうだな」
 尤もな言い分にくすりと笑い、肩を抱いてベットに座らせる。
「あぁ、やっぱり少し大きいか」
 ふと見れば、貸した夜着の襟ぐりからは鎖骨が覗いていた。肩などもかなり余っているらしく、袖口を幾度か折り曲げている。はっきり言おう……むちゃくちゃ可愛い☆
「やっぱりまだ鍛え方が足りないのかなぁ……身長は追いついたのに」
「しかたがないさ、体質だろう。母さんもあまり筋肉は付かないほうだったって言うから」
「けどさぁ……」
「それよりもう寝よう。ほら、おいで」
「あ…うん♪」
 ずるずると悩みそうな気配に、ベットに横になって招いてやれば、あっさり気持ちを切り替えて嬉しそうに懐に潜り込んで くる。こんなところは本当に昔と変わらないなと自然笑みが零れた。
 夏掛けを引き上げてしっかり肩までくるみこんでやる。夏とはいえ高原に位置するこの牧場は、朝夕はひどく冷えこむの だ。
「うん、やっぱり兄さんだなぁ」
 ヒュウガの胸元に顔を埋めたリョウマがポツりと呟く。
「なんだ? いきなり」
「兄さんってさ、俺が抱きつくと、いつでも抱き締めてくれるだろ、ほら今みたいに」
「それがどうかしたのか?」
「だから本当に兄さんなんだなぁって」
「本当もなにも俺は俺だろ」
「そうだけど……」
「なにかあったのか?」
 口篭もる姿に何かが引っかかり、問い掛ける。自分が離れていた間に、いったい何があったのだろうか。
「うん…ちょっと…うぅん、なんでもないよ」
「リョウマ」
 隠そうとして、咎めるように名前を呼ばれて、リョウマはぽつりぽつりと話し始めた。本当は思い出すのもいやなのだけれ ど。
「……うん……前にさ、兄さんの偽者に騙されたことがあったんだ」
「俺の偽者?」
「銀河の光が封印されている洞窟を開けるのにアースが必要だからって、バルバンが兄さんの偽者を使って俺たちをお びき寄せたんだ」
「銀河の光というと、黒騎士が持ってきたあれか」
 同化していた間に黒騎士の記憶から読み取った過去を思い出す。三千年前、バルバンを倒すために黒騎士は銀河の 光を持ってこの地球に降り立ったのだ。
「結局それは偽の情報だったんだけれどね。でもあの時は本当に兄さんだと思ったんだ。バルバンの引きずっていた棺お けに横たわっていた兄さんを見たときは」
「………」
「それから鎖に囚われていた兄さんを助け出して、意識のない身体を抱えて安全な場所に逃げて、ようやくちょっと落ち 着いて、兄さんが目を開いたときに思わず抱き付いちゃったんだ。いつもみたいに」
「ほぉ〜〜〜」
「でもその時兄さんは肩に手を置くだけで、抱き締めてはくれなかったんだよね。馬鹿だな、俺。その時に気付けば良かったのに、すっかり信じてたんだから」
「おまえのせいじゃないだろう。悪いのはおまえを騙したバルバンだ」
 そうだ。こともあろうに自分の姿を使ってリョウマを騙したあげくに抱きつかれるなんて、許せることではない。
「それで、そのバルバンはどうしたんだ?」
「皆の力を合わせて倒したよ。苦しい戦いだったけど、兄さんの姿を使って俺たちを騙すなんて、絶対に許せなかったか ら」
「そうか」
 まだそいつが生きてるのなら、どうしてやろうかと思ったが、もう死んでるならしょうがない。まぁバルバン自体にはおいお い報復するつもりではあるが。
「そういえば、あの時が始めてだったな」
「なにがだ?」
「兄さんの声が聞こえたのは」
「俺の声が?」
「うん、『リョウマ、立て! おまえは勝てる』って」
 今でも憶えている。あれは紛れもなく兄の声だった。
「あの時だけじゃない。俺がピンチの時にはいつも兄さんの声が力づけてくれた」
「聞こえていたんだな、おまえには」
「聞こえてたよ。兄さんの声が。いつでも俺を見守っていてくれた兄さんの声が。ずっと見ていてくれたんだよね、俺のこと」
「あの頃は…それしかできなかったからな。黒騎士の中に封じられて、意識だけははっきりしているのに、身体は動かせな くて」
 それでも聞こえているとは思わなかった。ただ見ていることしかできなかった自分の声がリョウマに届いていてくれた。 ヒュウガは銀河の神に感謝した。
「それでも兄さんは見ていてくれた。傍にいてくれたんだ」
「これからもずっと傍にいるよ。ずっとな」
「うん」
「さ、もうお休み。明日も早いんだろ」
 ベッドサイドのスイッチで灯りを消すと、窓から月灯りが差し込んでくる。満月が近いのだろう、柔らかな淡い光が室内を ぼんやりと照らしていた。
「うん、おやすみ、兄さん」
「おやすみ、リョウマ」
 ふわりと笑みを浮かべて瞳を閉じた弟の肩をしっかりと抱き直すと、ヒュウガも瞳を閉じた。
 腕の中の愛しい存在を抱き締めて、再びこの腕にすることができたことを銀河の神々に感謝しながら。そして……

『一度、ゴウキとハヤテからきっちり事情を聞いておいた方がいいな』
 
 ついでに太い釘も刺しておいて………
 どうやら自分いない間に、かぁなぁり、色々なことがあったらしい。
 ここはきちんと情報収集しておかないと、やっかいなことになりそうだ。
 まぁどんな事態になろうとも、リョウマを誰にも渡す気はないのだけれど。


 自分と弟の幸せのためには、手段を問う気はまったくない兄ヒュウガであった。





すみません、ただ二人がいちゃついてるだけの話です。
ひかる

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