炎の兄弟 その1






(ちくしょー!!)
閉じ込められた鏡の中からリョウマがヒュウガに突き飛ばされるのが見えた。
「避けろ!!」
転がったリョウマにせまる刃。
「ぐっ!!」
光る刃がリョウマの服を切り裂き、その下からにじみ出る赤い血をみたときヒュウガの顔色が変わった。
「リョウマ!!」
ヤードットを飛び越してリョウマをかばうヒュウガ。
(ちょっとまてー!!)
怪我をしているリョウマを抱きかかえるようにして―――― 自分達には目もくれず――――走り去るヒュウガの姿を見た とき
(時と場合を考えろー!!!!)
と、思わず鏡の中から叫んでしまったゴウキ・ハヤテ・ヒカルの三人であった。



鏡の中でヒカルは思っていた。
やっぱりヒュウガは変わってなんかいなかった。
ともかく、自分達が知る限りヒュウガの弟(リョウマ)に対する溺愛ップリは・・・・・普通ではなかった。
それはギンガの森にいたときからそうだった。
ヒュウガはもちろんだったが、リョウマだって結構人気があったりしたのだが、片っ端から潰して回っていたヒュウガの姿を ヒカルは知っていた。
ヒュウガがリョウマの関心を少しでも自分から奪おうとするものに対してまったく容赦がないことも。
(最初は単なるブラコンかとおもったんだよな・・・・・・)
リョウマがなににおいてもまず『兄さんが・・・』だというのはすぐに気付いた。
でも、ヒュウガが全然気にしていないようだったから、まあ、あれだけ目の前にできる兄がいたらそうなってしまうかな、な んてのも思ったりしていた。
自分の目からみて確かにヒュウガは格好良かったし、頼りがいもあった。
ヒュウガは隠れた場所での努力を怠る事も無かったし、何事もおいても勉強するという事を惜しまなかった。
が、
それが何のために行われているか、ヒカルは知ってしまったのだった。
ある日、ヒュウガ達が拳の練習に励んでいた時、怪我をしたリョウマを抱えてある男が森から戻ってきたときのことだった。
「リョウマ!!」
そんなヒュウガをヒカルは見た事が無かった。
冷静沈着なヒュウガの動揺ぶりといったら。
たしか、リョウマの怪我はたいしたものではなく単なる捻挫だったように思う。
「大丈夫か、リョウマ。一体なにが・・・・」
「ごめん、兄さん。訓練の邪魔しちゃって・・・・」
「そんなことはどうでもいい!」
(どうでもって・・・・・)
ちょっと呆気にとられたヒカルであった。
「山菜摘んでたら、足滑らしちゃって。捻挫して動けなくなってたら丁度彼が通りがかってくれて・・・・」
リョウマが見上げた男は一寸爽やか系のいい男で、ヒカルも知っている男だった。
「いや、気付いて良かったです。もうすぐ、冷え込みますからね・・・・」
リョウマを抱えてまんざらでもなさそうな男が、前からリョウマを気に入っていると言ってはばからなかった人物だったから で。
「どうもすみませんでした。リョウマが迷惑をかけて・・・・・」
「いや、大丈夫です。練習を続けて下さい。治療は私がしておきますので」
リョウマを引き取ろうと差し出したヒュウガの手を男は辞退した。
その瞬間、細くなった瞳に宿る光を見てしまったときのあの恐怖は、今でも忘れられないくらいだ。
「大丈夫だよ、兄さん。彼ね、植物にめちゃくちゃ詳しいんだ。この薬だって彼がその場で作ってくれたんだよ」
リョウマの言葉にヒュウガが固まった。
「だって兄さんでさえ知らなかった草木の名前や効能を知ってるなんてすごいよ!」
興奮したようなリョウマの言葉とは裏腹に、ヒカル達は何故か寒気を感じたりして。
「練習の邪魔だよ、ね」
ちょっと俯いてしまったリョウマにヒュウガが声をかけようとしたとき。
「さ、邪魔にならないように向こうに行こう?」
と、男が身を翻した。
「・・・うん。兄さん、気にしないで練習続けててよ、じゃ・・・・」
こちらを気にするリョウマをつれて男が遠ざかっていく。
大丈夫かよ・・・と呟きつつも離れていくゴウキたち。
だが、ヒュウガの様子が気になって最後まで側にいたヒカルの耳に
「・・・・・あの野郎・・・・・・潰す・・・・」
と、とんでもない呟きが耳に入ったような気がして、振り向いたが。
「・・・・え?」
「どうした?」
振り向いたヒュウガはいつものヒュウガで、やっぱり自分の聞き間違いだったと思うようにした。
が、次の日、ヒカルは自分が聞き間違っていない事を知ってしまった。
訓練に向かう朝、何気なくリョウマ達の家の前を通ったときのことだ。ヒカルは階段に座るリョウマの足の包帯を自分の膝の上に乗せて取り替えるヒュウガの姿を見つけて、思わず隠れてしまった。
「こっちの方が良く効くぞ」
「兄さん、わざわざ取ってきてくれたの・・・もしかして」
「ああ、ちょうどこの花が咲く頃だったんだ。コレは満月の夜しか咲かないんだが、怪我にはなんでも聞くんだ」
「・・・もしかして、その怪我・・・・」
ヒュウガの頬についていたの只のかすり傷だったが。
なのに、リョウマは泣きそうな顔をした。
「俺って、兄さんに迷惑しか・・・・・」
「バカだな、お前は俺の可愛い弟なんだぞ? なにを遠慮するんだ」
ヒュウガの蕩けそうな笑顔を見て。
ヒカルは判ったような気がした。
昨日、訓練の後、サヤを呼び出したのは植物の知識を得るためだったのだ。
アースを重ねあわせる事によって相手の知識を自分も得る事ができる。
だが、かなり受けとる側が消耗するので滅多にしないのだが、わざわざしたのだ。
何の為に。
決まってる、リョウマのためだ。
ヒュウガの原動力はリョウマにあるのだとヒカルは知ったのだった。
「やっぱり、兄さんはすごいや、なんでも知ってるんだね」
「そんなことはない。さ、これで、後2〜3時間もすれば元に戻る」
「本当!? じゃ、今日の午後には訓練に参加できるかな?」
「ああ、午前中は見てるといい。午後は俺が相手をしよう」
「やった!!」
嬉しそうなリョウマをヒュウガはいとも簡単に抱き上げた。
「うわっ!!」
「じっとしてろよ、一緒に連れてってやるから」
「俺、重いだろ。歩けるよ」
「バカだな、全然平気だ」
・・・・違う、なんか違うと思わずにいられないヒカルだが、そこに例の男がやってきた。
「! リョウマ! もういいのか?」
「あ! 来てくれたのか? ありがとう!」
そんなヒュウガの腕の中から微笑まなくっても、おかしいとは思わんのか!! とかわりにヒカルは突っ込んでみるが。
「心配かけたようだが、リョウマには俺がついているから」
ヒュウガの勝ち誇ったようなその笑みに、男は何もいえないようだった。
「兄さんが薬を取ってきてくれたんだ。もう大丈夫。心配してくれてありがとう」
その間にヒュウガの愛馬がやってきてリョウマを乗せてしまうとヒュウガは自分は後に乗り込んでしまった。
「じゃあ、俺達は訓練にいくから」
そういって、男を置き去りにして走り去っていった光景をヒカルは今も忘れてはいなかった。
だから、今回もきっと。
(ヒュウガのバカ〜!!!)
ヒカルの心の叫びは鏡の外には届かなかった。



(やっぱりヒュウガはリョウマしか見てねぇよ!!)
ゴウキは鏡の中から叫ばすにいられなかった。
なにしろ小さい頃からそうだった。
ヒュウガはなににおいてもリョウマが一番で。
サヤがあんなに慕っているのに、どうもリョウマとの扱いに差があるとしか思えない。
『黒騎士の気持ちが俺には良くわかる。護るべき星を潰されて・・・・』
嘘だ。
思わずゴウキは突っ込んでいた。
『星』じゃあ、ないだろう。お前が同調したのは『弟』をなくした黒騎士の悲しみだろう!!
良かった。弟を無くしたのがヒュウガじゃなくて。
恐くって見てられない、きっと。
だって、蘇ったヒュウガを見てその胸に飛び込んだサヤを抱きしめるでもなく。
側に駆け寄った俺達を呼ぶわけでもなく。
第一声は
「リョウマ!!」
だった。
あっさり、サヤを押しのけて、駆け寄るリョウマをぎっちり抱きしめて。
自分には兄弟がいないから良くわからないが。
・・・・・ありゃあ、普通じゃない、と思う。
乗馬倶楽部に来てもそうだ。
リョウマの側には必ずヒュウガがいて。
食事の席もヒュウガの隣は必ずリョウマだった。
アレも恐かった。
もどって、第一日目の朝、起きてこないヒュウガを起こしにいったときの事だった。
「ヒュウガ、おき・・・・・・・」
目に飛び込んできたのは一つのベットに眠るヒュウガとリョウマで。
リョウマはヒュウガにきっちり抱き込まれていたりして。
しかも。
「・・・・・あ、なんだ。ゴウキ、か?」
目を覚ましたヒュウガが突っ立っているゴウキに声をかけた。
「あ、うん、朝メシできたけど・・・・」
「ああ、悪い・・・・・リョウマ、朝だぞ・・・・」
「・・・うぅ〜・・・」
「ほら、起きろ?」
なんなんだあぁ!! なんだ、その甘い声は!!!
そしてヒュウガ!! なんでお前は上半身裸なんだ!!
なんでリョウマが上着を着てるんだよ!!!
「うう・・・・おはよ、ゴウキ・・・・もう朝?」
「ああ、皆まってるからな?」
じゃ、と、部屋を出る自分の両手両足が一緒だったのを覚えている。
(やっぱり、ヒュウガはへんだ〜!!)
ゴウキの叫びはむなしく響いていた。



(あんにゃろう!! 時と場所を考えろ!!)
銀河の森にいたときから、ハヤテは気付いていた。
ヒュウガはリョウマのことを弟としてなんか見ていないって事に。
だが、いろんな歯止めがあった。
が、ここには、彼を邪魔するものはいない。
そう、自分達を除いては。
人というのは、どんなに訓練されていても、『危ない』と叫ばれるだけでは動く事はできないのだ。
『走れ』だの『避けろ』だの何らかの行動を示唆してやらねばならない。
なのに!!
『危ない!!』
と叫んで、ちゃっかり自分はリョウマだけをかばいやがって!!
そりゃあ、とっさに避けられなかった自分達も訓練が足りないかも知れない。
そりゃあ怪我したことは心配だとは思う。
思うが!!
そんなの戦士としてはかすり傷だろうが!!
と叫ばずにはいられなかった。
もしかしたら、ヒュウガが星獣剣をリョウマに渡して崖下に落ちていったのだって、ワザととしか考えられなかった。
ああすれば、リョウマはヒュウガのことしか考えられないのだから。
だが、
だがしかし。
(時と場合を考えろよ〜!!!!)
ハヤテの叫びがむなしく響いた。



そしてその頃。
ヒュウガといえば。
皆の予想通り、可愛い弟と二人っきりの時間を堪能していたのであった。


(ヒュウガのバカヤロウ〜!!!!)
そんな兄の正体をしらぬリョウマだけが幸せだったりするのだ。


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