チョコっとLOVE






「やっぱりコマンダーじゃない」
「堤チーフも捨てがたいと思うけど」
「意外とハーキュリーズ辺りも怪しいわよね」
 きゃわきゃわきゃわ。
 女三人寄ればなんとやら。ここエリアルベースの食堂の一角でチームクロウが華やかに盛り 上がっている。迫力と押し出しにかけてはXIG No.1。ハーキュリーズとだって張り合えると 噂のお姐様方であるが、こうやって噂話に興じてるところは世の女性方と変わりはない。一 応、軍事基地という性格上、むさい男どもが大半を占めるエリアルベースにおいては、貴重な 潤いであり目の保養だ………その会話の内容を気にしなければ、のことではあるが。
「それを言ったら神山チーフっていう可能性もあるんじゃない」
「いっそのこと穴狙いで千葉参謀ってのは」
「穴狙ってどうすんのよ、競馬じゃあるまいし」
 なにやらやたらと人名が飛び交ってるのが不安を誘う異様な盛り上がり様である。一般の職員 などは、心なしかその周辺を避けているような。
「けどそうすると」
「やっぱり本命は梶尾リーダーよね」
「何の話だ」
 とはいえ例外はいたようで、聞きなれた声に振り向けば、いつものように北田と大河原を背 後に従えた名指しされた梶尾当人がトレイを持ってたっていた。どうやらライトニングも夕食 の時間らしい。
「あら立ち聞きとはらしくないわね」
「人聞きの悪い。あんな大声で話してれば、嫌でも耳に入るぞ」
 隣のテーブルに腰をおろしながらため息が一つ。できるなら梶尾とて聞きたくはなかったの だが、耳に入ってしまったものはしょうがない。なにしろチームクロウの噂話といえば、針小 棒大、根がなくとも花が咲くどころか林や森を創ってしまう代物なのである(ちなみにこれが オペレーターズだとジャングルか樹海ができるそうな)。以前その育ちきって大樹と成長した 『噂話』をうっかり耳にしてしまったとある男性職員は、三日三晩うなされたとの説もある。 他人事なら耳を塞いで放っておくが、自分も絡んでるとなれば、早めに対処しておいた方が身 の為だろう。
「で、なんの本命が俺なんだ」
「明日なんの日か知ってる?」
「なにかあったか?」
 特に訓練やミーティングの予定はなかったはずだが。
「バレンタインデーですよ、梶尾さん」
「あぁ、二月十四日か。それで、それがどうかしたのか」
 真面目に考え込んでしまったリーダーを見かねて北田がフォローを入れる。とはいえ相手は チームクロウである。普段の行状を見ているだけに、とてもじゃないが素直にバレンタイン デーの話題に結びつくとは思えない。
「どうかしたって……もう、これだから」
「バレンタインデーといえば付き物があるでしょう」
「あ、もしかして、誰が1番チョコレートを貰うかってことですか」
「なるほど、それなら確かに梶尾さんが本命でしょうね」
 相変わらずリーダー命のチームライトニングであるが、その答えに揃って女性陣が首を振 る。
「いいところついてるけど、はずれ」
「正解はね、『誰が我夢のチョコレートをゲットするか』よ」
 ゲホッ……ゲホッゲホッ
 梶尾は見事にスープに噎せた。慌てて隣に座っていた北田が背中を擦り、大河原が水を差し 出す。
「すまん、北田、大河原」
「なに慌ててるのよ、みっともない」
「おまえらが馬鹿なこと言い出すからだろう。だいたい我夢は男だぞ。どうしてそんな話題に なったんだ」
「だって見たんだもん」
「なにを」
「我夢がチョコレートを買ってるのを」
「そりゃチョコレートの一つや二つくらい、あいつなら買うだろう」
 なにしろエリアルベースの甘味王と密かに異名をとっている我夢である。ベース内の売店に ある甘いものは全て制覇し尽くし、果ては売れ筋商品のモニターをしているらしいとは、オペ レーターズの噂である。
「そうね、これがベース内だったらあたしらも気にしないんだけど」
「場所が地上で、しかもデパートのバレンタインコーナーじゃねぇ」
「それもブランド物の高級チョコレート売り場。あれは絶対本命チョコよ」
「……………」
 なにも拳まで握って力説しなくても。

 そもそもことの始まりは数日前。久しぶりの休暇に、地上に降りた時のことである。数日後 にバレンタインデーを控え、チームクロウの面々は某デパートにてリスト片手に義理チョコ (約一名は本命チョコも有り)の買い出しに勤しんでいた。競うように展示即売されたチョコ レートの大群を各個撃破しつつ、あっちがおいしい、こっちのほうが甘いだのいやしかし値段 はこっちがとかしましくも盛り上がる。それもなんとか一通りチェックし終わった頃のこと、 樹莉の視界をなにやら見慣れた姿が横切った。
「リーダー、あれ」
「え? あっ」
「どうしたんすか? えぇ!」
 さすがの稲城も目を疑った。つられて見てしまった慧も頭を抱えている。よもやまさか、店 員以外は女しかいないはずのこのバレンタインコーナーに、天才集団アルケミースターズの俊 英、地球防衛の要XIGの優秀なるアナライザーを見かけようとは。

「しかもあそこって」
「マキシム・ド・パリの生チョコレートのコーナー」
「あれは絶対本命よね」
 最後の台詞は綺麗に女声三重唱だった。あぁソプラノが頭に響く。
「見間違いじゃないのか」
「仮にもパイロットが見間違えるはずないでしょう。それもいい加減見知った顔を。あれは絶 対我夢だったわ。後で調べたらあの子、あの日非番だったって言うし」
「だからって………」
 力なく反論しつつも、梶尾は内心頭を抱えていた。なにしろ心当たりがありすぎるのだ。我 夢のチョコレートの行き先というやつに。なにしろ公言はしてないものの、自分と我夢はいわ ゆるそういう仲で、つい今朝方も同じベットで朝を迎えたばかりだったりする。
「なにを考えてるんだ、あいつは」
 我夢がXIGに入隊して以来、いろんな意味で溜息を突くことが増えたような気がしてなら ない梶尾であった(まぁ同時期に破滅招来体の来襲が始まったという理由もあるのだが)。と はいえ嬉しくないわけでもない。なにしろ好きな相手が自分の為にチョコレートを、しかも女 性だけしかいないような場所に果敢に(?)挑戦して買いに行ってくれたというのだから。
『あの……梶尾さん、これ』
 などとちょっと紅くなりながら渡してくれるに違いない。
「なに一人で百面相してるのよ」
 いかん、意識が飛んでいた。
「とにかく、誰にチョコレートを渡そうと我夢の自由だろう。放っておけ」
「あら、梶尾リーダーは気にならないの?」
「くだらん」
「さっすが本命は余裕ね」
 ギクッ
「なんだかんだ言って、我夢が1番懐いてるのはあなただもの」
「えぇ! でも懐いてるって言ったらハーキュリーズの方じゃないっすか? よく一緒にト レーニングしたり、弾薬の積み込み手伝ったりしてるっすよ」
「それは意味が違うって」
「そうね、懐くにも色々と種類があるものね」
 意味ありげに微笑むと、稲城はちらりと梶尾に視線を送る。
 もしかして、バレてる…
「えぇ! リーダーそれってどういう」
「いい加減にしろ! 行くぞ、北田、大河原」
 これ以上いたら、墓穴を掘るだけである。梶尾は夕食もそこそこに三人の魔女の巣と化して いる食堂から脱出した。



 場面変わって時は翌日の昼食時。場所はまたしてもエリアルベースの食堂である。
「あ、梶尾さ〜ん 」
 にこにこにこ。主人を見つけた犬さながらに、尻尾を振りつつ我夢が寄ってくる。
「今お昼なんですか? 僕もなんです。一緒に食べましょう 」
 リーダー思いの部下の気配りで、梶尾の対面に我夢が腰をおろす。と、ここまではいつもの ことなのだが、今日はなにやらギャラリーが多いような。
「おまえらも今からか、俺たちもだ」
 と、ハーキュリーズが隣のテーブルに腰をおろせば。
「偶然だね。あたしたちもこれからなんだよ」
 と後ろにはチームクロウが腰をおろす。その他にも妙に見慣れた顔がちらほらちらほら。無 論視線の先は嬉しそうに昼食を頬張るXIGのアイドル、もといアナライザーである。どうや ら昨日のチームクロウの夕食のおかず『誰が我夢のチョコレートをゲットするか』はブリッジ のオペレーターズを経由して、エリアルベース全体に伝わっているらしい。ここしばらく破 滅招来体の襲撃が途絶えていたことともあって、皆暇を持て余していたようだ。
『一応今は戦時中で、ここは最前線基地のはずなんだが……』
ど〜してこう暇人が多いんだ! 梶尾は思わず戦線離脱しかけた気力をなんとか奮い起こす。 しかしそれもこれも我夢故のこと、と思えば納得できてしまう梶尾自身十分問題だと思うのだ が、無論彼にその自覚はない。
「そういえば我夢。あなた朝から見掛けなかったけど、どこ行ってたの?」
「ジオベースです。この前の怪獣のサンプルについて、気になるデータがあったってメールが あったものですから。あ、コマンダーには言っていきましたよ」
「で、とんぼ返り? 強行軍ね。で、なにかあったの?」
「う〜ん、まだこうって言える形にはなってないんですけど、確かに引っ掛かることがあるん で続けて調査してもらうことにしました。もう少しはっきりしたら、皆さんにも報告します」
「解ったわ。けどあまり無理をしないでね、我夢。ということで。はい、これ」
「え?」
 すいっと我夢の前に赤いリボンで飾られた包みが差し出される。
「僕にですか?」
「そうよ、我夢にはいつもミッションの解析でお世話になってるしね」
「これ横浜の有名なパティシエのでしょう。ありがとうございます 」
 さすがはエリアルベースの甘味王。包装だけでピンときたらしい。
「あ、でもこれ僕だけって、いいんですか?」
「余計な心配をするな。俺たちはもう朝のうちに貰ってる」
「それも『義理』って大きく書かれたやつをな」
 戸惑う我夢の頭を吉田がくしゃりと撫でる。ぼそりとつぶやいたのは桑原で、そういう奴等 だと理解っちゃいても、それなりにダメージは受けたらしい。
「え 」 
「あら、我夢のは別よ。ちゃんと好きそうなのを選んで買ってきたんだから」
「それって差別じゃねぇのか」
「差別じゃないわよ、区別っていうのよ」
「どう違うんだ」
「甘いもんが好きでもないのに見栄で数だけ欲しがる野郎どもと、本当にチョコレートが好きで 嬉しそうに受け取ってくれる子と、同じだったらその方がおかしいだろ」
「けどなぁ……」
 それでも諦めきれずに桑原が食い下がる。
「それともなにかい? これと同じのをあんたにやったら全部食えるのかい」
 指差す先には、我夢が大切そうに抱きしめるチョコレートの箱。横30p、25p、5p、 中身は直径3p程のトリュフと推定。個々の周囲に空間があるとしても数にしておよそ30個 以上………。
「俺が悪かった」
 桑原は素直に負けを認めた。
「まぁそれはそれとして」
「あぁ、その……なんだ、我夢」
「なんですか?」
 幸せそうにチョコレートの箱に懐いていた我夢の肩を、何時の間にか背後に着ていた志摩が がっちりと捕まえた。
『まずいっ 』
 梶尾が異変に気付いた時には遅かった。左右を桑原と吉田に挟まれ、後ろには志摩と、我夢 はすっかりハーキュリーズの包囲網にはまっていた。おまけにその後ろにはクロウも控えてい る。逃げ場はない。
「なにか俺たちにかくしていることはないか? ん」
「え? べ…別にないですけど」
 いや、正直に言うとないわけではないが───梶尾とのこととか、ガイアのこととか─── それをここで言うわけにもいくまい。
「本当か?」
「本当ですってば」
 しらばっくれつつも、心当たりがあるだけに頬が引きつる。嘘を付きたいわけではないのだ けれど。
「怪しい……」
「な…何がです」
「あぁ、もう面倒臭ぇ、さっさと吐け。ネタは上がっているんだ」
「えぇ! ネタっていったい……」
 ほとんど気分は取調室だ。心なしか周囲も殺気立っているような。さりげなく周囲を伺えば 中心にいるハーキュリーズやクロウだけでなく、食堂全体が聞き耳を立てているような。ここ でバレたらまずフクロは確実ではなかろうか。梶尾は思わず世を儚みたくなった。戦いの中で 負傷するならともかく、こんな理由での負傷だなんて……
『まず労災は認定されんだろうな』
 つい現実逃避をしてしまう梶尾であった。
「先週、おまえが銀座でチョコレートを買ってたってことだ」
「銀座でチョコレートぉ! そんなこと僕は……え?」
「この前の非番だった日、チョコレートを買いに下に降りただろう。目撃者がいるんだ。諦め て吐け」
「吐けって……あの、チョコレートのことですよね。それがいったい?」
「誰宛てに買ったのかって聞いているのよ、我夢」
 北風と太陽ではないが、どうにも埒のあきそうにないハーキュリーズに代わってクロウが尋 ねる(まぁ怖さで言ったらこちらの方が上だと思うが)。
「誰にあげるつもりでチョコレートを買ったのかってね」
「僕ですけど」
「は?」
「我夢?」
「だからぁ、誰にあげるもなにも、自分で食べるために買ったんですってば」
「なんだって〜〜!」
 聞きたくもない男の悲鳴が食堂に満ちる。固唾を飲んで見守っていたギャラリーの耳に我夢 の声は思いっきり響き渡っていた。
「えぇ! で、でもあなたバレンタインコーナーにいたわよね。チョコレートが欲しいだけな ら食品売り場でも」
「甘いですよ。稲城リーダー。この時期じゃないと買えないチョコレートもあるんです。Rホ テルやPホテルのチョコなんて普段なら現地まで行かないと買えないんですから。それにこの 時期、バレンタインコーナーは試食し放題なんですよ。これを見逃すなんてもったいないじゃ ないですか」
 そういう問題だろうか。
「だいたい常識で考えてくださいよ。僕は男なんですよ。なのになんでチョコを誰かにあげな きゃいけないんですか」
 それはそうだ。我夢の言い分ももっともである。しかしよりによってこの時期、バレンタイ ン前に自分用のチョコを買い漁るのと(それも貰えなかった場合の見得用でもなく、正真正銘 自分用の、だ)、男が男にチョコレートを贈るのと、どちらが非常識なのやら。
「まぎらわしいことをする、おまえが悪い」
「痛っ。なんで殴るんですか〜〜」
 なまじ期待してしまったためにダメージは大きい。こういう奴だと判っちゃいたが、まさか ここまでとは………青い海なんて大嫌いだ。
 未だきゃんきゃん文句を言っている我夢の頭をはたくと、梶尾は愛機に救いを求めるために、 ふらふらと格納庫に歩いて行った。



「どうしておまえがここにいる」
 梶尾は不機嫌な声音そのままに、視線を投げた。
 肉体的に、というよりは精神的にどっぷり疲れた彼がようやくたどり着いた自分の部屋に、 その原因たる我夢当人が鎮座ましましていたのでは必要以上に冷たくなってしまうのも無理な いだろう。
「なんの用って、用がなくちゃ来ちゃいけなかったんですか」
「別に今夜は約束していたわけじゃないだろう」
「それは……そうですけど」
 たちまち叱られた仔犬のようになってしまった我夢に良心が痛む。判ってはいるのだ。これ が八つ当たりだということに。別に我夢が悪いわけじゃない───実際、冷静になって考えて みれば我夢の言うことはもっともなのだから───本当か?───ばかな期待をした自分がま ぬけだっただけで。
「悪かった。ちょっと疲れて苛々してたんだ」
「いえ、僕のほうこそごめんなさい。梶尾さんの都合も聞かずに押し掛けたりして。疲れてる なら休んだ方がいいですよね、今日は自分の部屋に戻ります。これを渡したかっただけですか ら」
 差し出されたのはあまり厚みのない長方形のプレゼントボックス。ちょうどクロウから貰っ ていた箱の半分くらいの大きさだろうか。
「自分用じゃなかったのか?」
「チョコじゃありませんよ。だいたい梶尾さん、甘いの苦手だって言ってたじゃないですか… …もしかして、欲しかったんですか? チョコ」
「ば…ばか! いるか、そんな甘ったるいもん」
 拗ねていた自分を見透かされたようで、真っ赤になってうろたえる梶尾に我夢が嬉しそうに 抱き付いた。
「それで怒ってたんだ、さっき。言ってくれれば良かったのに、そうすれば梶尾さんの分も選 べたのに、残念」
「いらないって言ってるだろ」
「そういうことにしておきます」
 くすくすと笑いながらキスをねだる。四つも年上なのに、どうしてこの人は時々こんなに可 愛いんだろう。抱き締めてくれる腕はこんなに力強いのに。
「ん……」
「甘い」
 濡れた唇を離して梶尾が眉を潜める。
「さっき自分で買ってきたやつを摘んでたから。けどこれでちょうどいいですね」
「なにがだ」
「僕からのバレンタインチョコレート 」
「男はチョコをやらないんじゃなかったのか」
「えぇ、チョコレートをプレゼントするっていうのはお菓子メーカーの戦略ですからね。でも 聖バレンタインデーにプレゼントを上げる習慣はもともとあったんですよ。親しい友人や大切 な人に、ね。だからこれは僕から梶尾さんにです。開けてみてください」
 改めて差し出された箱を、今度は躊躇なく受け取る。中から出てきたのは真新しいパイロッ トグローブだった。
「これは……」
「動かないでください」
 我夢が一つずつ手にとって彼の手にはめる。愛撫のように優しく触れてゆく我夢の指を不思 議な気持ちで梶尾は見ていた。
「どうです?」
「どうしたんだ、これ」
 特殊ファイバーに覆われた手を幾度か握ったり開いたりしてみる。信じられないくらいそれ はしっくりと馴染んでいた。
 彼らがファイターを操縦する時につけるグローブは支給品である。よって通常サイズはS〜 L、LL等というある種大雑把なものであるから、装着けてみるとどうしても多少の違和感が あるのはいなめない。さらに言うならこの年齢にもなれば、それまでの生活環境によって同じ 人間の手であっても左右の大きさが微妙に異なってくることもありえるから、両手ともにぴっ たりの大きさというのはまずないと言っていいだろう。なのに新品であるはずのそれがここま で自分の手に馴染むのが不思議だった。
「オーダーメイドしてもらったんです。出入りの業者の人に問い合わせたらできるって言って たから。梶尾さんが寝ている間に型とって」
「おまえ……、いつの間に」
 いくら寝ていたとはいえ、手の型をとられて気付かなかったなんて。自分は眠りは浅いほう だと思っていたのだが、そうでもないらしい(これは我夢と一緒に眠った時に限るのだが、無 論本人に自覚はない)。
「でも間に合ってよかった。本当は心配だったんです。ちゃんと期日通りにできるかって。絶 対今日に間に合わせたかったから」
「オーダーメイドなんて、高かったんじゃないか」
「けど大事なものでしょう。この手でファイターの操縦桿を握るんです。梶尾さんの生命を握 るんです。この手で、だから」
 グローブを着けた手をとり、我夢は己の唇に当てた。大切な、誰よりも大切なこの腕。けし て失いたくない唯一の人。だからこれを選んだ。少しでも自分の想いが梶尾を護ることができ るように───そして梶尾とともにいられるように。
「我夢……」 
「好きです。梶尾さん」
 しなやかなファイバー越しに我夢の想いが伝わる。ひたむきに梶尾を慕うまっすぐな想い。 その想いに魅かれるまま、梶尾は我夢を抱き締めその唇をむさぼる。甘いカカオの香りに酔わ されるように深くなったくちづけに、我夢の体から力が抜ける。潤んだ瞳もそのままに肩に身 を預けてくる我夢を梶尾は己がベットに横たえた。



「ん……くぅ……」
抑えきれなかった声がこぼれる。体内に梶尾を受け入れた充足感に満たされる。抱かれている のに、抱いている。ふとそんなことを感じる瞬間。愛しい人の鼓動を自分の中で感じる。いつ にも増して舌足らずな甘い声が自分でも恥ずかしい。けれど欲しいのはただ一人の人だけだか ら。
「かじ…おさぁん……」
 桜色に染まった肌に梶尾の指が触れる。少し堅いけれど形の良い指先。いつのまにかグロー ブははずされていた。あらわになった首筋に唇を落とす。なめらかな白い肌にふと所有の印を 付けたくなる。いつもはトレーニングのことなどを考えてけして跡は付けないのに、 ふと浮かぶ独占欲。昼間の光景が後を引いているのかも知れない。ハーキュリーズやクロウに 嬉しそうに構われていた我夢。バレてはまずいと思う気持ちのどこかで、こいつは俺のモノだ と宣言したい自分が確かにそこにいた。
「ぇ……? かじお…さん?」
 ふいに走った軽い痛み。耳の付け根の後ろ。普段は髪に隠れされて見えない場所にきついく ちづけが落とされる。いつもはけして付けない印がそこに記される。
「見られるなよ」
「あ…どうし……あ…ぁん……」
 それには答えず再び首筋へと唇を這わせ、柔らかな肌を味わう。答えなどないのかも知れな い。ただそうしたかっただけで。問いを封じるように止めていた動きを再開させる。熱い剣が 幾度も我夢を貫く。きつい程の快感が背筋を走り、思考さえも混濁してゆく。一度極めたはず の我夢自身もあふれそうなほどに露をこぼしていた。
「も……だ…め」
 すべての感覚が張り詰めてゆく。それをさらに追い詰めるかのように、胸の朱蕾を口に含み 背筋へと手を這わせる。びくりと体を震わせて我夢が甘い声を上げ、体内にあるものを締め付 ける。しなやかに背が反り返る。まるで更なる朱蕾への愛撫をねだるかのように。梶尾は軽く そこに歯をたてた。
「や…ぁ……も…やぁ……」
 甘すぎる拒否の言葉は、逆の意味でしかない。しっとりと汗に濡れ薄紅に染まった肌。潤ん だ瞳に幾度ものくちづけで朱を刷いた唇。普段の子供じみた様子とは別人のような妖艶な姿。 梶尾だけが見ることを許された、我夢のもう一つの姿に独占欲が募り我夢への責めとなる。
「はぅ……あ……あぁ…っ……」
 一際激しくなった梶尾の突き上げに我夢の背が仰け反り、涙を振りこぼす。一際深く梶尾は 我夢の中に自身を打ち込むと、己の欲望の証を開放した。同時に我夢自身も解放の時を迎え、 ぐったりとシーツに沈みこんだ。
「我夢……」
 優しくその名を呟くと、意識を失ってしまった我夢を梶尾は抱き締めた。


《余談》
 そのオーダーメイドのグローブだが、特殊素材の上、新たに型を作るのだから、値段もそれ なりということである。後日その値段を知った梶尾が我夢に雷を落とすのはまた別の話であ る。
 エリアルベースを天空に浮かべ、ファイターを自由に空を翔けさせるリパルサーリフト。そ の特許料は誰も知らない。

                                    end

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