実 験 台 そ の 後







「さぁ、もう一杯どうぞ」
「あ、ありがとうゴザイマス、すみませんゴダイサン」

 ここは都内のとある小さな居酒屋。カウンターの内側に入った五代とにこやかに話している のはジャンだった。
「あ、これも食べて。いいいわしが入ってたから。つみれにしてみました」
「つみれ汁ですか。五代さん、相変わらず料理上手いですね」
 ジャンの目の前にはアツアツのつみれ汁が置かれる。冬の寒い時期にはたまらない一品だ。
「あ、雄ちゃん、奥のお客さん、鯖の味噌煮込みと地獄和え二つ追加だって」
「了解、おばちゃん」
「いやぁ、この年末の忙しい時期に雄ちゃんが手伝いにきてくれて助かるわ。でもいいの?  ポレポレの方は」
「あっちは別にここみたいに忘年会なんて入らないからね、おやっさんも行ってこいって。 あ、そうだおやっさんからおやじさんに伝言。次回は返り討ちにしてやるって」
「そりゃこっちの台詞だって言っといてくれ。次に打つときはこてんぱんにのしてやらぁ」
「まったく二人とも低レベルで張り合ってるんだから。あぁ危ないから包丁振り回さないどく れ」
 おばちゃんの台詞に店内かどっとわく。おやっさんの囲碁仲間でもあるおやじさんの小さな 居酒屋は、忘年会シーズン迎えをにぎわっていた。
「いいですねぇ、コウイウ雰囲気」
「これぞ日本の伝統の味ってね、もう一杯どう?」
「イタダキマス。でもいいんですか? 僕だけ。桜子さんや、一条さんを呼ばなくて」
「いいのいいの、今日はジャンに感謝したくて、呼んだんだもん」
「え? ワタシ、そんな五代サンにカンシャサレルようなことシマシタ?」
「したした。例の電気ショックのヒントくれただろ」
 だから、ほんっとうジャンには感謝してるんだ。とにこにこと雄介は笑うのに、ジャンは 困ったような顔をしてしまう。
「アレハ……思い付きをまた考えナシに口に出してしまって……桜子サンにもオコラレマシ タ。もっと考えて発言シロと。ワタシの発言のせいで五代サンに無理をさせてシマイマシタ」
「けどおかげで強くなれたのは本当のことだよ。それにそのことだけじゃなく色々と強力して もらったろ、ゴウラムのこととか」
「デスガ……」
「いいからいいから。さ、もう一杯」
「ア、スミマセン」
「お、いい飲みっぷりだねぇ。外人さんとは思えねぇや」
 ぐいっと杯を空けるジャンに鯵をさばいていたおやじさんが目を付ける。
「そりやそうだよ、おやじさん。ジャンは日本に来て長いし、あの福梅の梅干がないとご飯が 食べられないってくらいの和食党なんだから」
「お、福梅ときたか。そりゃあ確かにツウだわ。よし、気に入った。どんどん飲みな」
「あ、スミマセン。それにしてもいいお酒ですねぇ」
「日本酒も解るのかい。ますます気に入った。よし、これは俺のおごりだ」
 チャカポコチャカポコ。居酒屋の夜はふけてゆく。
『でも本当〜に、ジャンには感謝だよなぁ』
 せっせと料理の仕込みをしながら雄介が一人ごちる。
『おかしいと思ったんだよね。46号を倒したとき、一条さん、駆けつけてこないでアリーナ で待ってたんだもん。俺のことを気遣ってるかなと思ったんだけど、今日もまだここを探し出 せないところを見ると、これはもう確実だね。本当にありがとう、ジャン』
 心の中で深ぁく感謝しつつ、五代はせっせと料理に勤しんだ。



 そしてその頃、噂の一条はというと……


「椿! なんてことをしてくれたんだ!」
 関東医大病院に怒鳴り込んでいた。

「いきなりなんだ」
「よくも五代に電気ショックをやってくれたな」
 今日のお仕事も終わり、さぁ帰ろうかと思ったところに足音も荒く入ってきたのは長年の悪 友だった。アポも案内もなく入ってきたところを見ると、かなり煮詰まってるらしい。
「しかたがないだろう、あれは五代自身が望んだことだ」
「俺に一言もなくか。五代の身体に関しては、逐一俺にも連絡をくれることになっていただろ うが」
「あん時、五代の心臓は止まってたんだぞ、ちんたらおまえに連絡なんぞしてられるか。だい たいおまえ、あの時、B−9号の捜索に出てたそうじゃないか。そんなときにまた携帯鳴らさ れたかったのか」
「だからといって、いきなり電気ショックはないだろう。他にも心臓マッサージやなにやら方 法はあったはずだ」
「望んだのは五代だ。沢渡さんもそう言っていたしな」
 強くなるために、その願いを結局自分は叶えざるをえなかった。椿の胸中を僅かに苦いものが 過ぎる。
「ちっ あの女の入れ知恵か。おかげで、ナノメカは全滅してしまったんだぞ」
「……は?」
 なにかとんでもないことを聞いたような。
「科警研に開発してもらった、超微細発信機がおまえの電気ショックで全滅してしまったん だ。おかげで五代の居所が判らない。全部おまえのせいだ」
 問題なのはそっちかい。
「超微細発信機って……対未確認用のあれか? おまえ、そんなのを五代に仕込んでいたの か。つくづく鬼畜だな」
「好きな相手の行動を把握したいと思ってなにが悪い」
「胸張って言うな。それでも普通のやつは発信機なんぞ仕込まんわ」
「しかたがないだろう、BTCSに付けた発信機は、五代がバイクから離れてしまえば使えな いし、ピアスに仕込んだやつもバレてしまったからな」
「おまえ、それはほとんどストーカーだぞ」
「人聞きの悪いことを言うな。それは好きでもない相手に付き纏うやからのことだろう。俺は 五代を愛してるし、五代も俺を愛してくれているぞ」
「それに関しては突っ込む気力はないがな、普通の人間には常識ってものがあるんだ。どこの 世界に好きな相手の体内に発信機を仕込むやつがいる」
「ここにいるじゃないか」
「いばるな!」

 二人の低レベルな会話は、その日、深夜まで続いたという。




 う〜ん、うちの椿さんは一条さんよりは常識人かも。
 46話を見て、ふと考え付きました。精密機器ってショックに弱いからねぇ。


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