修羅行姫
※ このお話はフィクションです。登場する人物、団体、イベント等その他において、
実在のものとは一切関係ありませんことを、お断りしておきます。
(そういうことにしておいてね☆)
「桜子さん! お願い! 手伝いに来て!!!」
12月のとある土曜日の朝、沢渡桜子はそんな電話で起こされた。
「みのりちゃん? 保育園はどうしたの?」
「休みました、終わらなくって」
「終わらないって、間に合うの? もう余り日にちないじゃない」
「大丈夫です。まだぎりぎり間に合うって、印刷所の人が言ってました」
「解ったわ、これからそっちに行くから」
「ありがとうございますぅ、待ってます」
プチっと、ため息をひとつついて桜子は携帯を切った。
察しの良い方、あるいは経験者ならもうお解りだろう。
会話の内容はこの冬に行われる某イベントに関することで、年も押し詰まった現在、桜子とみのりはそれに合わせての
同人誌製作の真っ最中だった。特にみのりは今年は個人誌の総集編を出すと秋もたけなわな頃からせっせと今までの作
品に手直しを入れ始めていたので、冬には楽勝と思っていた。が、計画に反してというか案の定、予定はずれこみ未だ入
稿が終わったって連絡がないなぁ……と思っていたらこれである。
「ハードな一日になりそう」
等とつぶやきつつ、桜子は手早く身支度を整えて、みのりの下宿へと足を向けた。
途中、コンビニで朝食と飲み物を仕入れてると、ふと目に入ったのが『もみじ饅頭』。これなら手を汚さずに食べられるわ
よね。後持ってきたのはこないだの発掘旅行のおみやげのチョコレートだから、辛いものも欲しいかと『イカくん お徳用』
も籠の中に放り込む。ちなみにこれが夜入稿後、打ち上げに行くまでにこのメンバーが食べた唯一の食料であった。
そして辿り付いたみのりの部屋でみたものは……
「あ、いらっしゃい、桜子さん」
「おはようございます、沢渡さん」
「五代くん! 一条さんまで!」
どうやら手伝いに借り出されたのは自分だけじゃなかったらしい。
「二人とも、朝早くから大変ねぇ、ご苦労様」
いくら妹の頼みとはいえ、こんな休みの日まで借り出されるなんて。実の兄でいつも巻き込まれている雄介はともかく、
せっかくの休みをよく一条が手伝いにきたものである。まぁ雄介が行ってしまう以上、一人で留守番しているよりは一緒に
手伝った方がマシなのだろう。加えて自分が手伝うことで少しでも早く終わればその分、二人っきりの時間も持てるだろう
という思案もあるのだろうが。
「でも一条さん、スーツは辞めておいた方が良かったと思いますけど。そりゃあ仕事柄、休日もきちんとした格好が必要な
のは知ってますけど」
「いや、私もできればそうしたかったんですが……」
「? 一条さん?」
深々とため息。なんかやけに暗い……というより疲れているような。
「実は私たち、今朝来たんじゃないんです」
「え?」
「呼び出されたのは昨日の夜で、それ以来帰してもらってないんだよねぇ……」
ははははは……と空ろに笑う五代の目元にはくっきりとクマがあったりして。
「寝かせてもらえたのも明け方だったし」
「なんとか1冊は終わったからだけどな」
そういうと、二人ともぐったりと床に懐く。
「みのりちゃん……」
「えぇ、でも私なんて一睡もしてませんよ」
「そういう問題じゃないでしょう。まったく、だいたいもう入稿なんて終わってるはずだったでしょう。それがどうしてこんなに
ずれこんだのよ。まぁ仕事が忙しいのは知ってるけど」
「一度は全部打ち出したんですよ。でもそれが…予定よりちょっと頁数が増えちゃってたんで改め
て調整してるんで時間がかかっちゃってるんですぅ」
「なら増やせばいいじゃない」
「でもぉ、そうすると予約価格より単価が上がっちゃうんです。今でさえ入稿が遅れてて割増料金になっているのに」
「単価が上がっちゃう?って、いったいどのくらい頁数が増えたのよ」
「えっとぉ……30頁」
「………それって、全体で?」
「うぅん、残り二冊とも」
「それは『ちょっと増えた』とは言わないの!!!」
「だってぇ、増えちゃったんだもん」
「ならさっさと諦めて頁数増やさんかい!」
「えぇ! でもぉでもぉ」
「まぁまぁ桜子さん、今更怒ってもしかたがないし」
慌てて五代が割って入る。実際揉めている時間ももったいない。
「まったく、五代君は甘いんだから……ま、そうだけど。で、何をすればいいの?」
「打ち出した原稿をペーパーセメント(速乾性の糊)で原稿用紙に張らなくっちゃならないんです」
「で、俺が原稿用紙にペーパーセメントを塗って一条さんが貼ってたんですけど、どうしてもペーパーセメントを塗るほうが
手間がかかっちゃって」
「じゃあ私もペーパーセメントを塗ればいいのね」
「お願いします」
もくもくと作業が進んでいく。BGMに付けっぱなしにしているTVの音の合間に、糊の入ったビンと刷毛がぶつかる音と、
カタカタとみのりがキーボードを打つ音がわがかに聞こえる。……と、その時、
ガチャガチャガチャー!
「みのり!」
「みのりさん!」
ふいにキーボードに倒れこんだ背中に一条と五代が焦る。
「あれ?」
はっと身を起こしたみのりが周囲を見回す。
「みのり! どうしたんだ! それは!」
「え?」
「一条さん、どうしましょう、みのりの額になんか変な紋章が!」
「!!!」
見れば確かにみのりの額に □□ こんな文様が赤く浮き出ている。
.. □□
脳裏を過ぎるのはゼロ号の額にあった戦士の紋章や、B−1号の薔薇の紋章。
パニックになりかけた二人とみのりを一瞥した桜子は作業する手を休めることなく口にした。
「みのりちゃん、寝るのは全部打ち出してからにしてね」
「え?」
「[X][C][Alt]に[無変換]ってとこかしらね。あんまり派手にぶつけるとキーボードも壊れるわよ」
「ん……気をつけます」
「一条さんも寝るなら隅に行ってください。そこで寝られると邪魔です」
「はい……」
「ぼそぼそぼそ 沢渡さん、性格変わってないか?」
「入稿前はいつもです。逆らっちゃいけません」
そして苦闘することン時間、無事、本が入稿できたかどうかは皆様もご存知の通りである。
「もう絶対にオフセットなんて出さない!」
と、誰かが言ったとか言わないとか。
お久しぶりです。とりあえずリハビリに実話ネタを。
あ、でもこれはフィクションですからね(汗;)、皆様本気にしないでくださいね(汗;)
半分以上事実だなんて、そんなことは……ははは
ひかる
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