しあわせの舞台裏♪






 そのことに一条が気付いたのは、有線から流れてきた古い歌がきっかけだった。
晩秋の街で、ふと通りすがりの店から流れてきたメロディ。

 恋人がいます 恋人がいます
 心の頁に綴りたい
恋人がいます 恋人がいます
  けれど綴れないわけがある

 懐かしいリフレイン。学生時代、同じゼミの娘がこの歌姫が好きでよく聞いていて、自然耳に慣れてしまった力強いアル ト。別れ歌の女王と呼ばれるその女性の曲は、最愛の恋人のいる今の自分には縁遠い歌だと聞き流して歩いていたのだ が、とあるフレーズにぴたりとその足が止まった。

   ♪ 私みんな気づいてしまった
      しあわせ芝居の舞台裏
      電話してるのは私だけ
      あの人から来ることはない ♪

じっと自分の携帯を見つめる。そういえば、この携帯に五代から掛かってきたことがあっただろうか?
いつも携帯や無線で呼びだすのは自分ばかりで、それは確かに未確認絡みの情報が入るのは、まず対策班にいる自分 たちなのだから当たり前のことで……いや、今問題なのは、仕事上のことじゃなくて、プライベートの方だ。
着信履歴を辿ってみる。
「………………ない」
 どこまで遡っても、[ポレポレ(五代)]の表示は出てこない。
 でも携帯を持ってない五代が一条にかけてくるには、ポレポレの電話か、公衆電話を使うしかないわけだから、掛けにく いのだろう、そうだ、そうに違いない………などと無理やり自分を納得させた一条を、さらにサビのフレーズが突き落とす。
 
逢いたがるのは私一人
あの人から来ることはない。

 ……ポレポレに逢いに行くのは一条の方で、呼び出すのも自分だけ。逢いたいと言われたことや、逢いに来てもらったこ とはあっただろうか? 
記憶を辿る……辿る……辿る……長野に行き着いてしまった。

「俺は五代に愛されてないのか!?」

 冷や汗がたらりと流れる。
そりゃあ確かにこういう関係に持ち込んだのは、一条の強引さが原因かも知れない(いや、そのものだって)。だがそれも 五代が一条に対して好意以上の気持ちを持っていると確信できたからだ。まぁそうでなかったとしても好きにさせるという 自信はありはしたが。
とにかく五代も自分のことがと好きだと………好きだと………好き?

「そういえば、告白されたおぼえもないような……」

 ベットの中でのピロートークとしては、『好き』と言わせた───訂正、『好き』と言われたことはあるが、素面で告白して もらった記憶がない。
 気が付けばなし崩し的に身体を重ねる関係になっていて、当たり前のように逢瀬を繰り返してきたけれど……単にそれ は五代が一条の誘いを断れなかっただけのことだったのだろうか………
 一条は一気に落ち込んだ。


「おまえはどう思う?」
「どう思うってなぁ……」
 問い掛けられて、椿は大きく溜息を付いた。
 時間と場面が変わって、ここは関東医大の一室。
 午後の陽射しの中、気だるそうにセミが鳴いていた。
「だいたい、なんで俺のとこに来るんだ。俺は医者、それも監察医であって、おまえ達の恋愛相談所やってるわけじゃない んだぞ」
「すまんな。生憎、他に心当たりがなくて」
 と台詞のわりには、全然すまなそうな様子も見せずに偉そうに言ってのける。
「現状、俺たちの仲を知ってるのはおまえ以外には沢渡さんとみのりさんぐらいだが、あの二人に相談するわけにもいか ないだろう」
「当たり前だっつうの」
 だいたいンなことしたら、それこそ五代は家出するんじゃないだろうか。いくらおおらかな性格をしているとはいえ、女友達 や妹に自分の恋愛問題(それも同性との、だ)を相談されたくないだろう。
「まぁ五代だってまったくその気がなけりゃ、おまえと寝たりしないだろう」
「しかし……」
「だいたいあいつが誘われれば誰とでも寝る奴に見えるのか? まぁもしそうだったらとっくに俺がいただいてるが。実際、 あいつの鎖骨は好みだし」
「やらんぞ」
「判ってるって、でもたまには少しぐらい貸してくれるとか」
「却下」
「けち。まぁ無理だとは思ったけど……話戻すぞ。結局おまえは五代にはっきり『愛してる』って言ってもらえれば気が済 むんだよな」
「否定はしない」
 ようはその点なのだ。
 自分が五代に愛されてるだろうことは間違いない。
椿にはあぁ言ったものの、けして五代が同情やなりゆきだけで男に抱かれるような性格をしているとは微塵も思っていな い一条である。むしろ五代は普通の人々よりその点については慎重なほうだろう。身体を許すということは、その相手と繋 がりを持つということで、それはともすれば束縛に繋がりかねないからだ。
なによりも冒険を愛する五代が、クウガや未確認のことがあるとはいえ一条のもとに留まり、一条に束縛されることを許し ている───そのことがなによりも五代の気持ちを表していた。
 だから不安に思うのは間違ってるとは判っている。
でも…それでも確信が欲しいのだ。自分が求めるのと同じだけ五代にも求めて欲しいと。
 逢いたがっているのは自分だけではないのか? そんな疑問を持ってしまった今だからこそ………

「俺ははっきりと五代の気持ちが知りたいんだ」
「だとさ」
「椿?」
 ふいに自分の背後へと呼びかける友人に眉を寄せる……まさか!
「すみません、一条さん」
 予想通り、おずおずと衝立の影から姿を現したのは雄介だった。
「どうして……」
「聞いていたか? 五代」
「はい」
 唖然とする一条を他所に、椿は五代を近くに来るよう促す。
「じゃあ、後は任せていいな」
「すみません、椿さん」
「おい、椿! これはどういうことだ!」
 ぺこりと頭を下げる雄介に、ようやく思考が繋がったのだろう、一条は椿に噛み付いた。聞いてない、ここに五代がいた なんて。
「言ったろ、俺はおまえ達の恋愛相談所じゃないって。おまえが電話してくる前に、こいつが尋ねてきたんだよ。『一条さん の様子がおかしい』ってな」
「な……」
「最近、妙に考え込んでたそうじゃねぇか。おまえの昔からの悪い癖だな。一つのことを考え出すと、他のことに気が回らな くなるのは。で、相談されてる最中に、今度はおまえから連絡があったってわけだ。まったく……いい加減にしろよな。俺も 暇じゃないんだぜ」
「そうですよ、なんでまず俺に聞いてくれないんです。そうすれば、俺もこんな心配しなくてすんだのに」
 そう言われても……面と向かって聞けないからこそこうして椿に相談していたのだが……しかしこれはいいチャンスかも 知れない。自分の思いを聞いてなお、五代はそう言ってくれるのだから。
「………聞いたら答えてくれたのか?」
「当たり前じゃないですか」
「なら!」
 言ってほしい、そう望んだ一条の想いに対して、彼の前に立った雄介は行動とともにそれを示してくれた。
「好きですよ。俺は一条さんのことが」
 柔らかく微笑んで言葉を綴る。そうしてしなやかな腕を一条の首へと絡めるとそっと唇を合わせた。
 雄介からのキス。一条の記憶に間違いがなければ、素面で、それも人の見ている前で五代がこんな大胆なことをしてく れたのははじめてだった。
「!!!!!」
「確かにはじめは一条さんの強引さに流されたってのも否定できません。でもその後も今もこうしているのは、一条さんが 好きだからです。言わなくても一条さんは判ってくれてると思ってましたけど」
「しかし……」
 それでもまだ釈然としないものは残る。そもそもの発端となったあれだ。
「どうして俺から連絡しないのか? ですか?」
「あぁ」
「………一条さん、本当に自覚ないんですか?」
「? なにをだ」
 苦笑とともに言われて首を捻る。そう言われても特に思い当たることはないのだが……。
「俺から一条さんに連絡しないのは、その必要がないからですよ」
「??? 五代?」
 本当に自覚のないらしい一条に、雄介は溜息を一つ付くと、その『必要がない理由』を語り始めた。
「だいたいですねぇ、毎日最低1回、下手をすれば朝昼晩と電話連絡があって、少なくとも2日に一度はポレポレに顔を出 して、その顔を出した時の3回に2回は俺をテイクアウトしてるじゃないですか! 平均すれば週4回は確実ですね。しか も一条さんの休みの前日は強制的にお泊りで家に帰してもらえないし。この状態でどうこれ以上、俺から連絡とれって言 うんです!!!」
「そんなに連絡してたか?」
「してました! おかげでどれだけおやっさんにからかわれたことか! もうばればれです!」
 どうやら自覚がなかったらしい一条にきっぱりと言い切る。これだけ逢っててなお不安だなんて言われた日には……実 際衝立の陰で聞いていて、半ば本気で泣きたくなった五代である。ここはどうにでもしっかり言い聞かせておかないと。
「俺から『逢いたい』って、連絡が欲しいんなら、最低半月は連絡しないでください。そうしたらたぶん俺も一条さんが恋しく なりますから」
「だが俺は毎日でも五代に逢いたいぞ」
「なら俺からのリクエストは諦めてください。現状だけで一杯一杯です」
「椿、五代が冷たい」
「そこで俺に振るなって。まぁ五代も落ち着いてだな」
「だいたい椿さんも椿さんです」
「今度は俺かい」
 なにやらこっちの方に飛び火してきたようだ。
「さっきどさくさに紛れてとんでもないこと言ってたでしょう。人を勝手に貸し借りしないでください!」
「なんだ憶えていたのか」
「忘れるわけがないでしょう! 人が口を挟めないのをいいことに聞き捨てならないことを色々と」
「まぁいいじゃないか。とにかくおまえら二人の間の誤解は解けたんだから」
「誤魔化さないでください!」
 まずい……どうやらかなり煮詰まっていたらしい。ここぞとばかりに日頃の鬱憤を晴らしている。
「と…とにかく、後は任せたぞ、一条。俺はこれから医局長と打ち合わせがあってな」
「あ、こら一人で逃げるな! 椿!」
「ここは夕方まで使ってていいから」
「椿さん!」
「じゃあな」
 ひらひらと手をふると、さっさと椿は宣戦離脱してしまった。後に残されたのは煮詰まりきった最愛の恋人。一条自身に原 因はあるとはいえ、この現状はあまりにも色気がない………ん? 色気がない?
───一条のとる手段は決まった。
「まぁまぁ落ち着け、五代」
「そもそも一条さんがですねぇ……ん……んんっ」
 さらに続きそうなお小言を、手っ取り早く唇で塞ぐ。
 なに色気かないというのなら、自分で作ればいいことで、幸いこの部屋の使用許可は貰っている。ならばしっかり活用さ せてもらわおう。
 濃厚なくちづけに翻弄されつつも、じたばたと暴れる雄介の抵抗を封じ込めて、診察台へと押し倒す。
「愛してるぞ、五代」
「や……ずるっ……もう……」
 

 その後、一条がどうやって雄介を宥めたかは、皆様のご想像通り♪
 幸せの舞台裏なんて、結局はこんなものかも知れない。






実は書いたのは去年の夏だったりして。
さらにネタにしている歌はいつの時代やら。
知らないって人もきっといるんだろうなぁ……

ひかる

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