けだものの紋章(※注意 ギャグです)





「痛っ」
 リビングで、小さな悲鳴が響いた。
 夕食の後片付けをしていた雄介が、慌ててエプロン手を拭きながら戻ってくる。食後にお茶を飲みながらソファでくつろいでいたはずの一条は、僅かに眉を顰めて耳を押さえていた。
「どうしたんです? 一条さん」
「あ、いや、耳を掃除してたら、ちょっとな」
 なるほど、確かにその手には耳掻きが握られている。さしずめ自分で耳を掃除していて、うっかり奥まで突っ込んでしまったのだろう。まぁ眉を顰めるくらいですんでるのだからたいしたことはあるまい。
「大丈夫だ。驚かせて悪かった」
「ならいいですけど、気をつけてくださいね。危ないですから」
「あぁ、判ってる」
 と言って、再度耳掃除の続きを始めるのだが、どうにも手付きが危なっかしい。 見かねた雄介はエプロンを外すと一条の隣に腰を下ろした。
「一条さん、俺がやりますよ」
「?」
 苦笑を含んだ呼びかけに振り返れば、ぽんぽんと雄介が自分の膝を叩いている。それはつまり……
「さ、ここに頭置いてください(にっこり)」
 思わず一条は内心拳を握り締めてガッツポーズを決めた。雄介に膝枕してもらえるなんて♪♪♪  今日は大安吉日かもしれない。
「こうか?」
「あ、もうちょっと上の方を向いてくれた方がやりやすいです」
「こんなもんか?」
「えぇ、それでいいです」
 指示されるままに横になり雄介の膝に頭を預ける。女性のそれのようにけして柔らかくはないが、 細身の雄介の膝は一条の首には丁度よくて、触れた頬に伝わるぬくもりが心地良い。
「奥の方に入り込んじゃってますね。これがむずかゆかったんでしょう」
「あぁ」
 竹でできた耳掻きがこりこりと中を綺麗にしてゆく。強すぎも弱すぎもしない程よい力で掻かれるその刺激はとても心地良くて、このところ続いた激務の疲労が溜まっていた一条を眠りの世界へと誘ってゆく。上から降ってくる柔らかな雄介の声は子守唄のようだ。
「さ、終わりました。今度は反対向いてください」
「ん……」
 そう言われた頃は半ば夢の中で、朧な意識のまま言われるままに向きを変える。
 確かによほど彼は疲れていたのだろう。でなければこんなおいしいシチュエーション、あの一条が逃すはずがない。情景を想像してみよう。耳掃除のために膝枕してもらっていた状態で、それまで室内の方に向いていた角度が180°回頭すると、目の前には何があるのかを………
「あぁ、こっちも同じようなかんじかな」
「…………zzzzzz」
「一条さん?」
 目の前には雄介のジーンズのジッパーがあるという、とてつもなくおいしいシチュエーションにも気付かずに、耳掃除の終わった雄介が呼びかけた頃にはすっかり一条は眠り込んでいた。
「眠っちゃったんだ。無理もないよなぁ」
 ここ数日は連続して午前様だったのだ。疲れも相当溜まっていたのだろう。僅かに目の下にはくまが浮かんでいる。
「ちょっと淋しいけど、しかたがないよね」
 そう呟きながらも雄介の頬には柔らかな笑みが浮かんでいた。
 自分を置いて眠ってしまったのは淋しいけれど、反面こんな姿を見れるのは自分だけだということが嬉しい。自分の膝に頭を預けて、くつろぎきって眠る一条。まるで野生の獣が唯一の伴侶のもとでようやく安らぐかのように。誰よりも愛しい大切な人。
「あれ?」
 ふとなにかが雄介の目に引っ掛かった。
 無意識なのだろうが、雄介の腰に抱きつくようにして一条は眠っていた。その彼の髪の感触を楽しむように柔らかく梳い ていたのだがその狭間、ふと地肌になにやら痣のようなものが見えたのだ。
「こんなところに痣があるんだ、一条さん……あれ? これって……痣っていうより文字のような………」
 起こさないように注意しながらも、その痣らしきもののある場所の髪を掻き分けていた雄介の手が固まる。 その痣…らしきものは、どう見てもこう見えたのだ。 

『666』



「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………見なかったことにしよう」


 人生、知らなければ良いことはいっぱいあるんだと、改めて知った雄介だった。





6月6日という数字にふと思いついたネタ。
判りますよね(判らない方は、お近くの映画好き、
或いはオカルト好きな人に聞いて見てください)。
うちの一条さんだったらありえそう(笑)。
ひかる



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