水 に う つ る 月






 腕の中の温もりがふいに動き出し、椿は余韻に浸っていた瞳を開いた。
「もう帰るのか」
 するりと抜け出した腕を未練気に掴む。男にしては細い腕。その持ち主である五代雄介は椿 を宥めるように笑顔で、それでもきっぱりと身体を離した。 
「明日の仕込みがありますから」
「ツレナイ奴だな、せめて朝まであったかい俺の腕の中ですごしたい、なんて思っちゃくれな いわけ?」
 などとシーツを上げて誘ってみせる。断られるのは判っているけど、戯れにも似た言葉遊 び。
「椿さんの腕の中ってのはともかく、あったかいベットには未練はありますけど」
「それでも帰っちまうわけだ」
「仕事がありますから。いつもさぼりがちな分、できるときにはやらないと」
「せっかく人が忙しい中、頑張って時間を作ったってのに……冷たい奴だな」
「あのね……忙しいのはこっちも同じだって判ってます? いきなり電話で呼び出して……俺 の予定なんて全然考えてないでしょう、椿さん」
「いいだろ、おまえに逢いたかったんだから。好きだぜ、五代」
 そうささやいて背後から抱きしめようとした腕から、細い身体はするりと逃れた。
「『愛さえあればすべてが許される』ってのは、お手軽ロマンス映画の中だけの話ですよ。と にかく今日は駄目です。明日は朝一で一条さんがポレポレに寄ることになってるんですから。 朝帰りなんてしバレたら、お説教されちゃいますよ」
「バレたら…だろ。ちゃんとそれまでには送っていってやるよ」
「そう言って起きれたことありましたっけ? それに俺、バイクで来てるんです。送ってもら う必要はありませんよ」
「……五代が冷たい」
 ぼそりと椿が呟く。
「さっきはあんなに情熱的に俺にしがみ付いてきたくせに、終わったらすぐに帰るだなんて、 ムードの欠片もない」
「あのですねぇ」
「やっぱりおまえは俺の身体目当てだったんだな、ひどい」
「……椿さん」
 なにも口に手を当てて言わなくても……、なんか全身から気力が抜けていく気がする。
「いいんだいいんだ、どうせ俺は五代に愛されてないんだ。結局俺は───」
「いいかげんにしないと、簀巻きにしてベランダに放り出しますよ」 
 果てしなく続きそうな一人芝居に、雄介は手近なガウンの紐を手にしてブレーキをかけた。
 おもしろがってやっていると判ってはいても、身長180以上あるでかい男に『捨てられか けた女の図』など似合わないことこの上ない。夢にでも見たらどうしてくれる。
「だいたいはじめに言ったでしょ。俺、他に好きな人がいますけどそれでもいいですか、っ て」
「そら聞いたけどな……ぶちぶち」
「まったく……1番は駄目だけど、2番目に好きですよ、椿さん」
 ついでとばかりにどっぷりといぢけてみせる椿のあまりの暗さに、さすがに気が差したのだ ろう。頬にキスとともに精一杯の言葉を送る。
 この言葉だけは嘘じゃないから。 
 



「寒……」
 エントランスホールを出ると、冷え切った風が服の上から。身体から熱を奪ってゆく。椿に 与えられた温もりをすべて奪いさるかのように。
「何やってるんだろ、俺」
 ぽつりとこぼれる。BTCSのエンジンをかけながら自嘲気味に笑う。
 酷いことをしてるという自覚はある。
 けしてその想いに答えられないと判っているのに、椿の想いに甘えている。

『かまわない、おまえが誰を見ていても』

 そう言われたのはいつの頃だったろう。

『おまえが俺の腕の中にいてくれるのなら』

 ついこの間のようにも、随分昔のような気もする。

『解ってるんだろう。今のままだとおまえは壊れちまう』

 優しい人。

『だから俺を利用すればいい。おまえが望むようにしてやるよ』

 そして、ずるい人。

『俺がそうしたいんだ。おまえがじゃない、俺が、だ』

 そう言えば俺が拒めないと知っていて。

『ただここにいてくれれば、それだけでいいから』

 一番ずるいのは……俺。

『だから俺に五代雄介を預けてくれ、おまえが許すだけでいいから』

 だからといって、許されるわけではないのに。


「ほんとう……なにやってるんだろうね、俺」
 夜空を見上げれば、蒼い月が地上を照らしている。
 けして手の届かない天空の輝き。
 俺は溜息を一つ付くと、夜の街へと走り出した。
 





一番! ひかる、墓穴を掘ります!!

気分はこれですね。まったく……またわけの解らないものを書いてしまって。
で、なにが読んだら不幸になるかと言うと、今のところ続きを書く気がないという。
なら掲載せるな! というやつで、自分でも鬼畜だなとは思います。
とりあえずは、最終回をみてからだろうな。

(ひかる)


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