真 夏 の イ ヴ 





「クリスマスしましょう」

 そう雄介が言い出したのは、カメ種怪人第39号を倒し、その事件の残務整理もようやく一 段落付いた8月23日の夜のことだった。
「明日は休みなんでしょう。だったらクリスマスしましょう」
「あのな、五代。言っておくがクリスマスまでにはまだ四ヶ月もあるぞ」
「知ってます」
「ならなんで、今クリスマスなんだ」
「俺がやりたいからです」
 きっぱりと言い切られて言葉につまる。
「……だからと言ってだな、クリスマスはやっぱり12月24日にやるべきだろう。そもそも クリスマスはイエス・キリストの誕生を祝う日なんだから」
「それぐらい俺だって知ってますよ。なら俺も聞きますけど、一条さん。あなた警察に就職し てから、12月24日が暇だったことあるんですか?」
「…………」
「べつに25日でもかまいませんけど、その日に休暇、或いは半休を取れたことはありま す?」
「…………」
「100歩譲って、定時に帰れたことは?」
「…………」
 沈黙がすべてを物語るって言ったのは、誰の言葉だっけ。
 答えられずに眉間に縦皺を浮かべている恋人の機嫌をとるように、軽く頬にキスを送る。
「ごめんなさい、別に責めてるけじゃないんです。刑事さんがその時期忙しいのは俺も判りま すから。でもだからこそ、時間がある今やりたんいです、クリスマス。丁度明日は24日だ し、あさってには休みがとれそうだって言ってたからゆっくりできるでしょう」
「だがムードがでないんじゃないか? こんなに暑いと」
「南半球のクリスマスは暑いのが当たり前です」
 かろうじて思いついた抵抗もあっさり却下される。
「それはそうだが」
「ケーキもターキーも俺が用意します。飾りつけもね」
「飾りつけ?」
「ポレポレのクリスマス・デコレーションを借りてきます。どうせ12月にならないと使わな いものですし」
「しかし……」
「しかしもかかしもありません。全部俺が用意するって言ってるのに、あと何が不満なんで す」
「いや……その……」
 いつになく強気な雄介に反論の言葉もそろそろ種切れだ。
「一条さんは、いてくれればそれでいいんです。それとも……、身体で説得されたいです か?」
 雄介の瞳が艶かしく瞬く。言い忘れていたが、ここは一条のベットの上で、しかも雄介は素 肌のまま一条の上に身を預けている状態だったりする。
「ねぇ、いいでしょう。一条さん……」
 そうして反論を許さないかのように、唇を塞がれる。忍び込む熱い舌が、驚く程の巧みな動 きで一条の情熱を引き出してゆく。
「いつの間にこんなことを憶えたんだ、雄介?」
「フフ……誰のせいって言わせたいんです? ぁ……!」
 ふいに上下を入れ替えられる。情欲に濡れた一条の瞳が雄介を見下ろしていた。
「生意気な口だ」
 そして今度は雄介の方が唇を塞がれる番……

 というように、なし崩しにことに及んでしまった翌日、いつもの時刻に起きた一条が見つけ たのは、

『七面鳥の買い出しに市場に行きますので、先にでます。
 朝食は用意してありますので、ちゃんと食べて行ってくださいね。
 料理を温めておきますので、帰る前に電話ください。       五代雄介』

「………やられた」
 一条は深ぁく、溜息を付いた。



「メリー・クリスマス!」
 ドアを開けたとたん、一条を迎えたのは派手なクラッカー音だった。
 お帰りのキスにかろうじて救いを求めつつも、赤と緑で埋め尽くされた自分の部屋に、思わ ず一条は眩暈を感じてしまった。玄関脇には(幸いなことにドアの内側だったが)ご丁寧にイ ルミネーションを飾られた小さなクリスマスツリーまで鎮座ましましていたりして。
「雄介……」
「さ、早く入ってください。料理が冷めちゃいますよ♪」
 誘われた先のキッチンには、中央にドドンと位置するブッシュ・ド・ノエルから始まってカ ナッペのオードブル、シーフードサラダ、サーモンのマリネ、メインは定番・七面鳥の丸焼き ……etc。今日1日で、よくもここまで用意できたものである。
「ちょっと、多すぎないか?」
「そうですか? クリスマスの定番メニューというのを作ってみただけなんですけと」
 それはたぶん『クリスマス・パーティ』の定番メニューの間違いではないだろうか。どうみ ても二人で食べるには多すぎる量だ。
「さ、早く着替えてきてください。その間に俺は最後の仕上げをしちゃいますから」
「最後って……まだあるのか」
 これ以上はちょっと……勘弁してほしい。
「キャンドルに灯をともすだけです。その方がイヴっていうイメージでしょう」
 イメージにこだわるのなら、そもそもなんでこの真夏にクリスマスなんて……と、思った が、それは口に出さずにおく。人生の先輩である杉田曰く、夫婦生活の秘訣は『妻の意見をた てて』、『余計なことはいわない』ことである。
 けだし名言だろう。

 

 そして2時間後。
「ごめんなさい、やっぱり作りすぎたみたいですね」
 十二分に食べ過ぎてしまったお腹を抱えて、ソファに横になる一条がいた。
 枕もとにはしゅんと耳伏せ状態の雄介が座り込んでいる。
「俺、ついはしゃいじゃって」
「おまえのせいじゃないさ。つい食べ過ぎた俺が悪いんだ」
「けど───」
「まぁ…料理が美味すぎるのが悪いというなら、確かにおまえのせいだけどな」
 悪戯ッぽく笑ってやると、ようやく雄介もわずかに笑みを浮かべた。
「俺、こういうの、初めてなんです」
「初めて?」
「えぇ。好きな人と2人だけですごすイヴってこれが初めてなんです。だからついはしゃい じゃって、料理も作りすぎちゃったし」
「初めて? 恋人とのイブがか?」
 意外な言葉に思わず聞き返す。お互い成人式もとうに越した年である。ましてやこのルック スと性格だ。恋人になりたいという人間は引きもきらないだろうに、過去にクリスマスを一緒 にすごした恋人がいなかったなんて、ちょっと信じられない。 
「やっぱり…おかしいですか?」
「いや、おかしいというわけではないが」
 驚いただけで。だがまぁ雄介の性格である。今までずっと妹のみのりと一緒にクリスマスを 祝っていたというのも有りだろう。
「あ、言っておきますけど、俺だって恋人がいなかったわけじゃないんですよ」
「まぁそういうことにしておくか」
「本当ですって、現に桜子さんだって」
「桜子さん? 沢渡さんのことか?」
「あ……」
 つい勢いで口にしてしまったのだろう、気まずそうな顔で雄介が口を抑える。
「やっぱり沢渡さんとは付き合っていたのか?」
「えぇ……まぁ……」
 薄々そうではないかと思ってはいたが、改めて言われると動揺してしまう。今でも友人とし て付き合っている二人を見る限り、けして悪い別れ方をしたのではないだろう。そう思えるだ けに、一抹の不安が過ぎる。ましてやこうして視線などを反らされてしまうと、悪い方へ悪い 方へと思考が行ってしまいそうだ。
「? なにを慌ててるんだ? なにか俺には言えないようなことでもあったのか」
「あ、いえそうじゃなくて」
「五代?」
「あの……その……笑いません?」 
 ここは普通『怒りません』じゃないだろうか。
「確かに、桜子さんとは一時期そういう雰囲気になりかけたことがあったんてすけど」
「それで?」
「う〜んと、二年くらいかな、そんな感じだったのは。けどその間、クリスマスはおろか、誕 生日もバレンタインも一緒にすごせないでいたら、いつのまにか自然消滅していました」
「それは……」
 警察官という職業柄、恋人同士のイベントを一緒に過ごせなかったためフラれたという同僚 の話をいろいろと聞いてるだけに、コメントに困る。
「あ、言っておきますけど、俺だけのせいじゃないですからね。確かに俺がつい冒険旅行に 行って、バレンタインとかすっぽかしちやったこともあるけど、俺だって研究でハマった桜子 さんに誕生日を忘れ去られたこともあるんですから」
 それはいわゆる、割れ鍋に閉じ蓋と言うのではないだろうか。
 かといってそのまま二人が付き合ってたら、こうして自分が雄介と恋人同士になることもな かったわけだから、そこですぱっと見切りを付けてくれた桜子に感謝すべきだろう。
「とにかく、そういうわけで、好きな人と一緒にすごすイヴというのは、一条さんとが初めて なんです」
「それは…光栄だな」
 あらためて言われるとなんとなくくすぐったい。
 真夏にクリスマスだなんてとんでもないと思ったが、雄介とのそれなら悪くない。いや悪く ないどころか、今までで最高のイヴかもしれない。
「光栄ついでに、クリスマスプレゼントを貰っていいか?」
「え? あ……すみません、そこまでは用意してなかったです」
「あぁ大丈夫だ。俺がほしいものはここにあるからな」
「え?」
 まだ気付かない雄介を自分の上に抱き寄せて、極上の笑顔で微笑いかける。
「くれるんだろう、雄介を俺に」(←お約束〜♪)
「×××××」
 そして唇を塞いでしまえば、後は甘い時間が流れるばかり………






「ごめんなさい」

 ぽつりと雄介の言葉が夜にこぼれる。
 深夜2時すぎ。
 聞こえるのは安らかな一条の寝息。

「疲れているのに、わがままを言って…ごめんなさい」

 隣で眠る一条の横顔には、わずかにくまが浮かぶ。
 赤の金の力を使ってしまったこの前の戦い。
 予想以上に大きかった第39号の爆発。広範囲に及んだ被害。警視庁を槍玉にあげるマスコ ミ。
 それらの対応で、一条が神経を使っているのは知っていた。だけど……

「ん……」

 寝返りをうった一条が雄介を抱き締める。
 胸が痛くなるほど暖かな温もり。

「ずっと…このままでいられたら…いいのにね」

 でも、冬を待てなかったから、
 普通の恋人達のように、二人だけのクリスマスをしてみたかったから、
 いつまで自分が自分ままでいられるか、わからないから、

「ずっと……このままで……」 



真夏のイヴ………忘れない      
ふたりのイヴ………忘れない   
あなたの こと………忘れない







夏の話を今ごろ書いてるばかです。
でもどうしても本当のクリスマス前にアップしたかったもので、急遽書き上げました。
BGMというか、元ネタは永井真理子の『真夏のイヴ』。
本編がクリスマスまで辿り着けるか判らなかったので、こういうカタチのクリスマスネタにし てみました。
本当はプレゼントネタも入れたかったんだけど、体力&時間切れでアウト。シクシク。そのう ち本当のクリスマスネタにでも使いますか。

(ひかる)

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