負けるなBaby 〜お試し版〜




「お疲れさまです」
「お疲れさま」
 時間は午後10時。この業界にしては早い時間にその日の撮影は終了した。
「ふぅ…」
 控え室に戻り、メイクを落として雄介はほっと息を付いた。
 撮影が始まってもう3ヶ月になるが、まだ慣れない。緊張することばかりだ。半年前までには自分がこんな場所にいるこ とになるなんて、思いもしなかった。
 大学を卒業したら、祖父の事務所に勤めてそのまま平凡な人生を歩むのだと、当たり前のように思っていて、そのはず だった。
 あの時、彼に声をかけなければきっと……

『すみません、あの……第2会議室ってどこでしょうか?』

 今にして思えば、よくあんなことができたものだと自分に感心してしまう。いくら芸能界についてまったく興味がなかったと はいえ、今をときめくトレンディ俳優『一条薫』に道を尋ねるなんて。

『どうした? 迷子か?』

 それなのに一条さんはそんな俺に親身になって付き合ってくれて、携帯で調べたりわざわざ会議場まで案内までしてく れたんだ。
 本当に優しい人だと思う。あんなに綺麗でかっこよくて、しかも優しいなんて、

「本当に凄い人だよね」

 と、ちょっと夢見がちに溜息を付いてみたりして。
 雄介の中ではすっかり『一条薫=綺麗でかっこよくて優しい人』というのが出来上がっていたりする。
 無論、そう思っているのは雄介だけである。
 長年の悪友でありである椿に言わせれば、『羊の皮を被ったけだもの』で、その実態は………皆さんもご存知のアレ だったりして。知らない方が幸せなことっていっぱいあるよね。
 まぁそれはともかく、
「あ、もうこんな時間か」
 鏡に映った時計の時刻に焦る。いつもなら撮影で遅くなっても叔父である椿の車に載せてもらうのだが、生憎今日は別 行動である。あまり遅くなると皆が心配するだろう。
 雄介は慌てて衣装を私服に着替えると荷物を纏めた。



 控え室を出て玄関へと向かおうとしたときだった。
「今帰りか?」
「あ、一条さん」
 雄介同様に私服に着替えた一条がそこに立っていた。
「一人か? 椿は?」
「秀にいは今日はデートなんです。だからタクシー呼んでもらおうと思って」
「なら俺が───」
「雄ちゃん!」
 送って行こうという他人が聞いたら下心丸見えの言葉を思いっきり遮って、小柄な身体が雄介に飛びついてきた。
「あれ? みのり」
「ねぇねぇ、一緒に食事に行こv おなかすいちゃった」
 強引に雄介の視線を自分へと向けてにっこり笑うのは、雄介の幼馴染でもあるみのりだった。この二人、遺伝子的には まったくの他人なのだが、昔からの付き合いのせいか、妙に行動パターンとか笑顔なんかがそっくりだったりする。
「えぇ、でももう遅いんじゃあ」
「大丈夫、まだやってる店知ってるから」
「こら、不良息子に不良娘が何悪巧みしている」
「あ、涼子さん」
 さらに会話に加わってきたのは、敵役メ・ガリマ・バを演じている狩野涼子だった。椿と昔から個人的な付き合いもある彼 女は、その気風の良い性格で昔から雄介のことを可愛いがっていた。まぁその可愛がり方に、幾分問題がありはするのだ が……。
「一緒に食事に行こうって、雄ちゃん誘ってたんです」
「これからか? まだやってる店って……怪しい店じゃないだろうな」
「平気、椿さんお勧めのお店だもん」
「秀一が?」
「うん、実は軍資金も貰っちゃってるんです。今日雄ちゃんと一緒の撮影だって言ったら、一緒に夕食も食べてくればい いって」
 などと言いつつ、雄介にはわからないようにちらりと視線をとある人物へと流す。そこには強引に誘いをぶち切られたあ げくに、女性陣の勢いに割って入れないでいるけだもの……いや、男が一人。
「なるほど」
「そういうことです」
 視線の先を見て涼子も納得する。
「秀一の紹介というと、赤坂のあの店か?」
「たぶんそうだと思います」
「なら私が送っていこう。どうせ途中だし」
「いいんですか? ありがとうございます、良かったね、雄ちゃん」
「ありがとうございます、涼子さん」
 約一名を疎外したまま、あっという間に話は纏まった。
「じゃあ、行こうか。地下の駐車場に車を止めてあるから」
「「はぁい」」
 良い子の返事がハモる。その勢いのままエレベータに向かいかけて、慌てて雄介は振り返った。
「あ、じゃあ、失礼します、一条さん」
 ぺこりと頭を下げる。挨拶はやっぱり忘れちゃいけないよな。
「………あぁ」
「お疲れ様、一条」
「お疲れ様です、一条さん」
 続けて女性二人の声がハモる。その台詞に思いっきり含みを感じたのは、一条の気のせいではないだろう。
 ぱたぱたぱた。楽しげに会話しながら3人が去ってゆく。
 そして廊下に残された男が一人。

「おぼえてろよ〜〜〜!!!」

 今日も、雄介を誘うことに失敗した一条薫であった。





先日、樹さんと某芸能漫画をクウガでやったら? 
なんて話で盛り上がりまして、冗談のつもりで色々と設定を作っていたら、
いつの間にかひかるが書くことに……
以前にも別ジャンルで使ったネタなんで、どうしようかと思ったんですが、
樹さんの『書いてよ〜!!!』攻撃に負けました。
皆様の反応が思いっきり不安。

ひかる


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