密談 お庭番編






朝、朝食を載せたお膳を持った小姓を連れ長い廊下を男が歩いてくる。
きりっとした男らしい眉、その下にある意思の強そうな光をたたえた瞳、剣術などで鍛え上げ られた逞しい身体を着物の下に隠した
美丈夫の足がふと止まった。
「ここでいい。あとは私が持っていく」
と、ふりむいて笑う。
小姓は怪訝そうな顔をしたものの素直に手にしていたお膳を渡して一礼をすると下がっていっ た。   
「さてと・・・・」
1回溜息をつくと男は再び歩き出した。
目的の部屋の前につくと膝を突き音も無く目の前の障子を開ける。
部屋にはいり障子を閉めると、畳を敷き詰められた広い部屋を横切り、御簾が下がっている一 段高くなっている奥の場所までいく。
その奥で寝ているのは大切な、大切な人・・・・・・
そっと膳を置くと椿はその御簾を勢いよくめくり上げながら飛び込み、空中で1回転しながら 胸元から短刀を取り出し天井のある部分に狙いをつけて投げた。
タン!!
と、小気味良い音を立てて突き刺さる、椿は
「ちっ!」
と舌打ちすると華麗に一回転して着地しざま、壁に飾られていた(けど飾り物じゃない)槍を 手に取った。
そのまま流れるような動作で天井を、そりゃあ容赦なく突き刺し始めたのである。
ダンッ!
抜いてまた射す。
ダンッ!
御簾を勢いよく繰り上げて外にでる。
眼を閉じ気配を探りながら、腰を落とし次の動作にすぐに移れるように構えて・・・・・・
「そこかっ!!」
ダンッ!ダンッ!ダンッ!
と天井を付いて部屋を横切っていく。
その物音に寝ていた人物が目覚ました。
それでも、驚いてないのはこれが毎日の日課であるからで。
あくびをしながら伸びをすると、とりあえず椿がもどるまで待つ事にする。
「・・・逃したか・・・・」
椿の呟きは雄介の耳には届いては居ないようだ。
「おはよう、椿さん」
「おう、起きたか、雄介」
そりゃあ、これだけ騒がしければ目も覚めると思うんだが。
あんなに激しく動いたのに呼吸のひとつも乱していない椿は振り返って寝起きの雄介をみて、 肩から力を抜いた。
朝日に照らされほっそりとした体つきの少年。
はだけた襟元から覗く白い肌や、まだ眠たそうにけぶっているその表情を堪能する。
これは毎朝雄介を起こす、椿だけの特権だった。
「もう、練習はおわったの?」
なにも知らない雄介は毎朝椿が槍術の練習をしていると思っている。
普通は部屋の中ではしないけど、どうやら気付かない椿の愛すべき藩主は笑顔で布団から起き 上がる。
「椿さんもえらいよね。毎朝の練習を欠かさないんだから」
「こういうのは続けて行わないとな」
雄介は何も知らないままだから、椿も本当の事は告げていなかった。
告げる気もないが、告げられるはずも無いのだ。
毎朝、自分を護るべきお庭番が自分の寝所に忍び込んで寝顔を堪能しているだなんて。
まだ、堪能しているだけっつうならまだしも・・・・とブチブチ言いながら、手にしていた槍を片 付けると朝食の支度を始める。
二人きりだから形式には捕らえられず自由に食事を取るコトができる。
椿が御椀からヒョイヒョイと摘まんで一応の毒見を済ますと雄介はきちんと『頂きます』とお 辞儀をして食べ始めた。
その様子をみながら椿は一日の予定を話す。
「きょうは、午前中は謁見があるから午後からなら外出できるぞ」
「ほんとに?」
「ああ、ぽれぽれ屋に行くんだろ」
「うん!」
嬉しそうに返事をして再び食べ始める。
しばらくの沈黙のあと、雄介が口を開いた。
「ね、椿さん」
「んー?」
「・・・・本当に俺でいいのかな?」
「雄介」
椿が怒ったように雄介の名を呼んだ。
「先代の跡取はお前だけだ。血が繋がってるのは今はもう、お前とみのりさんしかいないんだ ぞ。それに、お前は先代にそっくりだ」
「でも!本当は、椿さんとかのほうが俺より藩主にむいているのに」
それでも何か言葉を言い募ろうとした雄介を止める。
「違うぞ雄介、顔良し、頭良し、金も持ってて女にももてる、そんな全てを兼ね備えた俺様が 権力をもってみろ、皆から反感を買ってしまうもんだ」
そこまで自画自賛をできる椿ってすごい。
「第一俺は表に立つより裏で謀をするのが好きなんだ」
それは、胸を張って言えることではないけれど、実際の藩政は雄介が椿に相談しながら行って いるので椿が取っているといっても変わりない。
それに、雄介の想い人だって本当は・・・・・・
「・・・でも、一条さんだって、本当は椿さんと同じ・・・」
「違うぞ、あいつはお前を護る道を選んだんだ。あいつはそれで幸せなんだよ」
「・・・・」
「なんだよ、なんか不満なのか?」
はっきりいって自分の君主に聞く口ではないが幼い頃からの顔見知りだし、なにより雄介自身 が望んでいる事なので他に人が居ないときはそうしている。
雄介は一寸顔を赤くしながら呟いた。
「だって・・・・・もっと、自由に会いたい・・・・な、なんて」
「しょうがないだろ、お庭番なんだから・・・まるっきり会えないわけじゃないんだし、今日の 午後ぽれぽれ屋で会えるかも知れないだろ?」
「そうかな?」
とたんに嬉しそうになった雄介に食事を進める。
(あいつはな、お前が気が付かないだけいっつも側にでベッタリはりついてるっつう の・・・・・・)
夢は見させたままにしておきたいが、あんなのに夢もってるのは雄介、お前ぐらいなモンだ ぞ・・・・と思わずには居られない椿だった。
朝食も終わり、雄介が立ち上がる。
謁見に控えて正装にならねばならない。
「めんどくさいなぁ、もう」
「そういうな、すぐ終わるから」
椿が用意した着物を見ながら、雄介が立ちあがり帯を外す。
普通小姓が手伝うものだが雄介は一人で着替える事を望むので椿だけが側に付添って手伝いを しているのだ。
シュルッ、と音がして着物が肩から滑り落ち・・・・る瞬間。
椿が音も無く雄介の側に移動した。
「そこかっ!!」
ダンッ!!と、腰の刀に手を伸ばし逆手に持つと畳にふかぶかと突き刺した。
「・・・・・椿さん?」
「ちっ・・・・」
「椿さんてば、どうしたの?」
「いやあ、ネズミがな、一匹紛れ込んだようだ」
「ふうん、椿さんてそんな事までわかるんだね、凄いや」
「・・・・厄介なネズミでな、これまた。さ、着替えるぞ」
「うん」
半刻もすぎて着替え終わった雄介が部屋を出て行った後
「誰かいるか!?」
椿が人を呼ぶとすぐさま二人が姿をあらわした。
「お呼びですか?」
「すみません、いつもの・・・・・」
といって椿が部屋の天井を指刺すと、そこにはたくさんの槍でついた穴が・・・・・・。
「・・・・・」
「・・・・・」
二人が深く溜息をつくと椿は申し訳なさそうに顔の前に手を立てて軽く頭を下げる。
「毎朝ですよ・・・・・」
その口調はすでにあきらめモードが入っていて。
「別にいいんだが、天井板だってただではないんだぞ・・・・」
「いつもスイマセン。杉田さん、桜井さん」
二人とすれ違いに部屋を出て行った椿が2〜3歩いって振り向いた。
「あ、今日は畳一枚追加でお願いします!!」
それだけ言うとバタバタと去っていく。
「畳?」
二人は顔を見合わせると部屋に入り畳についた大きな刀傷をみつけ・・・・・再び大きなため息を 付いた。



峠にある小さな茶屋には一人の遊び人風の男が座っていた。
が、着崩した着物から覗く鍛えられた逞しい体がただの遊び人でないことを告げている。
動きも隙が無く、お茶を飲む、その行為ですら優雅な動きで眼を引くものがある。
背中半ばまで伸ばされた真っ直ぐな髪は日本人にしては珍しく栗色がかかっていて、太陽の光 を弾いてサラサラと風になびいている。
しかし、なによりも茶屋の前を通る男も女も振り返って見ずにはいられないのはその男の美 貌。
整った鼻梁、キリっとした眉、切れ長ですんだ美しい瞳、薄い唇は―――――
「ほんっとに、見かけだけなら絶品なのにどうして中身は腐っているかな、一条」
「・・・・・おそいぞ、椿」
その、一条と呼ばれた美しい男は二個目の団子を咥えながら後に立つ男を振り向いた。


娘は深く溜息をつく。
どうして、私はこんな目にあうんだろう、なんて思っていた。
タイプは違えどいい男二人そろって茶屋に現れるようになってから客が増えるかなぁなんて、 淡い期待を抱いたのが間違いだったのだ。
その会話の内容の腐っていること、そしてそれに慣れてしまった自分も悲しいが、妙な女性の 固定客が増えているのは何故だろう。
そして今日も来てるし・・・・・
あきらめて茶を出すお順であった。


「酷いじゃないか、椿」
「何がだ」
「俺の髪だ、みろ、切れてる」
と差し出された一束は確かに他の髪と長さが違って顎の辺りで切れている。
片や遊び人風の男、片や編み笠を目深に被った侍が隣合わせで会話をしている。
しかも、かなり親しい口調だ。
結構、奇妙な光景なのに既にこの茶屋ではあたりまえになっていて誰も振り向かない。
「もう少し手加減しろ、他の奴なら死んでるぞ」
「普通そういうもんだろ?」
「俺だって知ってたろう」
「・・・・・・だからなんだが」
「しかも、気配まで消して」
「それは、気付かないお前が悪い」
「・・・・・」
椿の朝にお仕事は、天井にへばりついて雄介の寝顔を堪能している一条を追い払うところから 始まる。
かりにもこのお庭番、雄介に対する私情が絡まなければ物凄い優秀な男なのだ。
それにあわせて椿は毎朝手を変え品を変えていたりする。
今の所、椿の全戦連勝でいっつも一条はいいところで追い払われてしまうのだ。
「俺は雄介を獣から護る為に側にいるんだ」
「獣じゃなくて親友じゃないか」
「自分のとこの君主に欲情する親友を持った覚えはない」
「大体、お前はずるい」
「・・・お前、人の話を聞いてるか? 第一ずるいとはなんだ」
「毎朝雄介の着替えを手伝うわ、夜は夜で風呂まで付添って」
「それが俺の仕事といったろう」
「・・・・・」
「しょうがないな、教えてやろうか? あいつも細っこいわりに頑張って鍛えていてな。日々 いい身体になっていってるぞ?」
椿がシミジミと語り出す。
「結構、そそられるものがあるんだよなぁ」
「・・・・・椿」
「側でみると結構綺麗な肌してるしな」
「あれは俺のだからな」
「・・・・・・・大人げ無いぞ、お前。物騒なモンしまえって」
顔色ひとつ変えずに喉元に当てられた短刀を指で弾く。
「いいなぁ、俺もしたい・・・・」
溜息を付きながら懐に短刀をしまうと何事も無かったように3個目の団子に手を伸ばした。
「おまえがその道を選んだんだぞ、それにいつも側にいて見てる奴が何を言う」
椿が手を上げてお変わりを追加する。
「大体お庭番はあんまり目立つ格好してちゃまずいんだろうが、なんで髪をそんなにでろーっ て伸ばしてるんだよ」
「いや、雄介が長いほうがいいって」
「あ、そ」
「それにな、ヤッてるときに雄介の白い肌に絡まったりしてな、こう、俺のモンだぞーって感 じが・・・・」
「はあ」
「それに結構使える」
「ほう」
「縛ったり、擽ったり」
「何を」
「ナニをだ」
「変態だな」
「お互い喜んでるんだ、いいじゃないか」 
「いや、喜んでるのはお前だけだ」
「そんなことはない」
胸を張って言い切れることではないのだが・・・・・・と椿はちらっと思ったがかりにも恋人同士の ことに口を出す気はない。
それこそ馬に蹴られてナントカだ。
それに、今日は大切な用事があってわざわざ忙しい合間を縫って一条を呼び出したのだ。
絶対に言っておかなければならない大切な用件が。
「一条、お前、今日はぽれぽれ屋に行くつもりだろ」
「雄介がくるからな」
「ちなみに、今日はヤッてる時間はないからな」
「なに!?」
「俺がすぐ迎えにいくから」
手を出すなよと釘をさす。
「酷いじゃないか、椿・・・・・久々の逢瀬なのに」
「久々って、一昨日もあったろう」
「一昨日も前だ」
「仕方ないだろ、今日は夕方、師範が来られるんだ。腰が立たなかったら困るだろう」
「・・・・腰が立つならいいんだな?」
「できもしないことを言うなよ」
「・・・・・」
「だいたいなぁ、雄介はぽれぽれ屋に手伝いにいってるのに毎回毎回連れ去って」
「しょうがないだろ。身分違いな恋人同士だからな、人目をしのんで会わないと」
ケロリとした顔で椿のお小言を聞いている。
「どの口でそんな事を言うかな」
「この口」
「減らず口ばっかり叩く口だな」
「だから雄介を喜ばせてるからいいんだ」
「・・・・そんな事ばっかり言ってるなら、俺、もう帰ろっかな」
「・・・まて、なんかあるのか」
チロリ、と自分をみる椿の瞳に面白そうな光が写っている。
こんなときの椿は決して一条に不利な話は持ってこない時だ。
「いや、すまん、俺が悪かった、反省してる」
「・・・・・」
「な、だから、なんだ?」
「ほんとに、己に得のある話には敏感だな」
「うむ」
「ま、いい。今日の昼間我慢できたら夜、城でヤッてもいいぞ」
「なに!」
「人払いをしておく」
椿の嬉しそうな顔に一条はピン!ときた。
「あ、また、なんか、作ったのか」
「おう、今度のはすごいぞぉ!」
椿の顔が嬉しそうに輝く。
「小石川診療所の榎田さんとな、偶然作っちゃって」
「・・・・偶然なのか?」
「まあまあ」
と懐から小さな紙包みを取り出した。
もともと椿は医師を志望し、勉強をしているのだ。
その知識を生かし椿は雄介付きの御典医としても活躍しているが、日々怪しい研究を榎田と 行っていたりもする。
「これな、凄い効くから。試してみて?」
「本当か?」
「人間ではまだ試してないんだけど、猫、発情しっぱなし」
「よっしゃ」
思わずガッツポーズで薬を受け取る。
「だから、昼間はするなよ」
「わかった」
大切そうに包みをしまって一条は頷いた。
「しかし、どうやって飲ますか」
「食事には混ぜるなよ。一応俺が毒見しなきゃいけないんだから」
「うむ」
「それに、お前は遠くから雄介を見守ってるってことになってるんだから」
「・・・・そうだな・・・。寝てる時に飲ます。だから雄介早く寝させてくれ」
「・・・・いいけど、どうやって」
「天井から、糸使って、こう、口元に垂らす」
「・・・・・・ほんっとに悪知恵だけは働く奴だな」
「ありがとう」
「ほめとらん」
「じゃ、遠慮なく使わさせてもらうぞ」
一条が立ち上がる。
「じゃ、雄介が待っているからな、行く」
「ああ、くれぐれも昼間は手を出すなよ!!」
「ああ」
と、声だけ返ってもう姿はない。
しばらく椿がくつろいでいると何時の間にか真後ろに女性が座っていた。
「お呼びですか?」
「ええ、済みませんが桜子さん・・・・・」
「見張ってればいいんですね?」
同じお庭番として行動をともにしているのだ、みな迄言わずとも通じるらしい。
「一条はああ言ってますが・・・」
「多分守られないでしょうね」
「おそらく」
「いいとこで引き離せばいいんですね」
「ええ、いいとこで」
「いいとこで」
二人してニヤリと笑い頷きあう。
「じゃ、私も行きますね」
桜子の姿が消える。
漸く椿が立ち上がって娘を呼んだ。
「これ、釣は取っておきなさい」
基本的に女には優しい椿、ちょっと大目な銭を渡して去っていく。
「ありがとうございました!」
えがおで見送りつつも"もう、こないでぇ!!"と切に願うお順だった。

ちなみに、椿の予想通り、やっぱり我慢できなくなった(獣)一条はこともあろうにぽれぽれ 屋でコトに及ぼうとして、本当に
いいとこで現れた桜子に連れ去られたのだった。

その分、夜に頑張っちゃたかどうかは又別の話。



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