金 木 犀 の 頃







 開かれたドアから、ふわりと甘い香りが飛び込んできた。
「遅れてすみません」
「いや、こっちこそ、せっかくの休みだというのに呼び出してすまなかった」
「違うな、一条。今回のはただの遅刻だ。おまえ、庭で昼寝してたろ」
「えぇ…! どうして判るんですか」
「ついてるぞ、頭に」
「? あれ?」
 言われて頭に手をやれば、ぽろりと小さいオレンジ色が落ちてきた。
「この香りは金木犀か。確か中庭に植えられてたな」
「ちょっと早く来すぎちゃったんですよ。どうしようかと思ったら、なんかいい香りがしたんですよね」
「それに誘われて外で昼寝か。今はいいが寒くなったら止めとけよ」
「それにしても、どのくらい寝てたんだ。花だらけだぞ」
 クスクスと微笑いながら一条が雄介の髪から花をとってやっている。
「どうりで、擦れ違った看護婦さんたちが笑ってたわけだ」
「だろうな。まるで花嫁のベールをかぶってるみたいだ。とってしまうのがもったいない気もするな」
「い…一条さん……××××」
「この際だ、このまま教会に行くか。確か近くにあったよな」
「謹んで遠慮しておきます」
 冗談だと解ってはいるが(本当に冗談か?)、心臓に悪い。 
「……おまえら、俺がいることを忘れてるだろう」
「あぁ、いたのか、椿」
「一条〜〜、おまえな、そもそもここをどこだと思ってるんだ」
「病院だろ」
「判ってるなら、さっさと脱げ、五代。一条、おまえもだ。この間の未確認に突き飛ばさ れた、打ち身作ったそうじゃないか。ネタは上がってるんだぞ」
「えぇ! それ、俺聞いてませんよ。一条さん」
「いや、それは……」
「そんなのおまえに心配かけたくないからに決まってるだろうが。おまえと同じでな。あぁもういい。纏めて面倒みてやるからさっさと2人とも検査服に着替えてこい。俺はその間に検査の準備をしてくる。逃げるなよ」
 ついたての影に2人まとめて押し込むと、椿は検査の準備のために部屋を出て行った。その後ろ姿にくすりと笑みをこぼすと、妙なところで諦めの良い雄介はすっかり着慣れてしまった検査服に着替え始めた。 
「あいつも余計なことを」
「あれ、一条さん、まだ着替えてないんですか。まぁお互い、バレちゃったのはしかたがないですから、さっさとすませちゃいましょう。それだけ心配してくれてるってことなんですから」
「しかしだな」
「ほらほら観念しましょう。早くしないと俺が脱がせちゃいますよ」
「それも悪くないな」
「い〜ち〜じょ〜さ〜ん〜。そういう冗談は心臓に悪いから止めてください」
 どうも最近、一条の態度が変わった気がする。こういう人だったっけ。(椿談:今まで猫を被ってただけだ)
「本気なんだが」
「余計悪いです。ここは病院なんですよ」
「うちならいいのか? 判った。続きは帰ってからにしよう。楽しみだな」
「え? いや、その、ちょっと待ってください」
「いやなのか?」
「……いやじゃないですけど」
 いやじゃない。いやじゃないから困るのだ。
「誘ったのは五代だぞ」
「さそっ…誰が誘ってるんですか!」
「あんな甘い匂いをさせてるのが悪い」
「? 甘い匂いって…! 一条さん!!」
 首を捻る雄介のうなじにふいに一条が顔をうずめた。
「この香りだ」
「や……」
 耳元でささやかれて、ゾクりとしたものが雄介の背を走る。
「シャワーは浴びるなよ。おまえの香りを楽しみたいからな」
「一条さ〜ん」
 体温上昇。心拍数増加。これから検査だってのに、異常数値がでたらどうするんだか。


 そして……ドアの外では看護婦さんたちが耳ダンボ状態だったってことはむろん、2人は知
らない。





華氷唯さまより、イラストをいただきました♪
ここ[  ]をクリックしてね♪


TOPへ    小説TOPへ