彼女たちの場合のホワイトデイ






 カラン♪と、カウベルが軽快に鳴った。
「いらっしゃ……あれ、榎田さん、どうしたんですか?」
「五代くん、いる?」
 店番をしていた桜子とみのりが顔を上げると、扉のところで榎田が肩で息をしていた。
 かなり急いできたらしく、後ろで一つに結んでいる髪も乱れている。
「おにいちゃんなら、さっき一条さんが来て───」
「あぁぁぁ〜、遅かったかぁ…あ、ありがとう」
 カウンターにへたり込むと計ったかのように水が出される。それを一気に榎田は飲み干した。
「何があったんです?」
「そういえば、なんか一条さん背中に雷鳴背負ってたみたいですけど」
「そうそう、見たとたん五代くん固まっちゃって───あれはもう条件反射よね───そのままエプロンもとらずに引きず られていっちゃって」
「で、あっという間に車の助手席に放り込まれて急発進、早かったなぁ」
「………可愛そうに」
 溜息を付きながらぼそりと呟く。どうやら彼女はなにか知っていそうだ。
「榎田さん?」
「昨日、W.dayだったでしょう」
「うん」
「二人は五代くんからお返し貰った?」
「貰いました☆ おにいちゃんの手作りクッキーとパウンドケーキ」
「それを丁寧に可愛くラッピングまでしてくれて、相変わらず芸が細かいですよね、五代くんって」
「そうなのよねぇ、私も感心しちゃった───じゃなくって、問題はそれなのよ」
「え?」
 そのままずれて行きそうな話題を軌道修正する。なにしろ五代という男、なにかと話題のつきない人物であるから、彼を ネタにしているとあっという間に時間がたってしまうのだ。それはそれで楽しいのだが今日の問題はまた別のことで。
「バレンタインの時の騒ぎは聞いてる?」
「あ、もしかして、本庁の婦警さんたちが五代くんにチョコレートあげたって話ですか」
「それも本命っぽいのが多かったんでしょう、さすがおにいちゃんです」
「で、おかげで一条さんがキレて大変だったとか」
「嫉妬深そうですもんねぇ」
「おかげでいつもより念入りにされちゃったものだから、翌日起きれなかったって」
「でも一条さんはけろりとした顔で出勤したらしいですけど」
「そりゃあ、基礎体力が違うもの。ましてや相手はあの一条さんだし」
「そうですよねぇ……」
 女三人寄れば姦しいというが、二人だけでも十分話は弾んでいるようだ。
「………やけに詳しいみたいだけど、まさかそれ五代くんから?」
「おにいちゃんそういうこと隠さないですから」
「って言うより、単に愚痴りたかったみたいですけどね。でも聞いている方からしたら」
「のろけ意外なにものでもないって自覚はないんですよ、おにいちゃんてば」
「でも相手はあの一条さんだしねぇ、それを考えると少しは同情できるかも」
 などと言ってけらけらと笑う。所詮は他人事というやつで。でもそこまで言われてる一条って…
「で、今度はなにがあったんです?」
「問題はそのお返しでね」
 わくわくと二人の背後に書き文字が見える気がする。『好奇心、猫を殺す』なんて言葉はこの二人には関係ないようだ。 まぁ自分も人のことは言えないけれど……そう自覚しつつ榎田は話しはじめた。
「五代くんってば律儀だから、プレゼントくれた人全員にお返し配ったらしくて」
 かく言う榎田自身もその一人で、バイク便が来たというからなにかと思ったら、五代本人が名簿片手にバイクでお返しを 配っていたという。にっこり笑って渡された可愛らしい包みにはもう溜息しかでてこなかった。
「二人ともあれ、食べてみた?」
「食べました、すっごくおいしかったです」
「私も食べました。おいしかったですけど。それがなにか」
「そうなのよ、おいしかったのよねぇ」
 お返しに貰ったお手製のクッキーとパウンドケーキといったら、味も見た目も有名ホテルのパティシエもかくやというそ りゃあもう見事なものだったのだ。
 しかも忙しい榎田が片手でたべられるようにと一口サイズにカットまでしてあって。ついでにいつもパソコンの画面見て て、目が疲れてるでしょう。だから目にいいブルーベリー入りにしてみましたなんて言ってあの笑顔で微笑われた日には、 ついつい抱き締めてあの頭をかいぐりかいぐりしてしまったぐらいだ───一条には絶対に内緒だけれど。
「榎田さん?」
「あ…ごめん、ちょっと思い出してた。でも本当、もう涙がでるくらいおいしかったけど、五代くんってばどうしてあんなにお 菓子作りも得意なわけ?」
「なにせ2000の技を持つ男ですから」
「お菓子作りはたしか……154番目の技だったかなぁ」
「本当、五代くんってば女の敵よね。料理はうまいし、炊事洗濯裁縫も得意。その上お菓子作りまでこなしちゃうんだから」
 さらには噂によると、編物にフラワーアレンジ、レース編みまでこなすらしい。とことん器用な男である。
「でも自分の彼氏だったらちょっと嫌かも」
「そうよねぇ、自分の女としての立場を見失いそう」
「そっかぁ……そう思うんだ。若い子は」
 いかにも独身の女の子らしい意見に榎田が溜息を付く。昔は自分もそう思ってた気はするのだが。
「若い子って、榎田さんそんな年じゃないでしょうに」
「そういう年よ、なにせ一児の母ですからね。で、今の話だけどそう思うのは若いうちだけだってことでね」
「え?」
「私くらいの年になると、料理のできる男って魅力2割増に見えるのよ」
「もしかして、それで榎田さんも落とされたとか」
「そういえば、ジャンってばあれで料理が得意なのよね」
「そう、ジャンの作るビーフシチューは絶品で……って、話が違うでしょう」
「えぇっとぉ…なんの話でしたっけ」
「女も、ある一定以上の年になると、料理のできる男が美味しく見えるって話よ。私みたいに忙しい職場にいると特にね」
 仕事に疲れて帰ってきたときなど、暖かい料理で出迎えてもらえた日には感動もひとしおで。今みたいに自分が実家で 母親と一緒に暮らしてなかったら、速攻ジャンと結婚していたかもしれない。それくらいあのビーフシチューはおいしかった ………閑話休題。
「で、それが五代くんと関係があるんですか?」
「大有り。五代くんにチョコレートをあげた婦警さんたちって、婦人警官って言うより、女性キャリアって言った方が相応しい ような面子ばかりでねぇ。ただでさえ殺伐とした職場をものとせずに働いてるんだけど、それだけに五代くんのあの笑顔に 癒されちゃっててねぇ、そんなところにあのクッキーとケーキでしょう。もう胃袋までノックアウト状態で、なんとしてでもゲッ トするって皆さん息巻いてる状態よ」
「あ………」
「さすがおにいちゃん」
 みのりちゃん、感心してる場合じゃないって。
「まさか…それを一条さん……」
「知ってるわよ、なにせ正面から宣戦布告されちゃったらしいもの、絶対奪ってみせるって」
「それは……」
「命知らずな……」
「まぁ、相手も省庁の中でも極め付けに男性社会な警視庁でキャリアやってる女性たちだからねぇ、あの一条君相手に一 歩も引いてないどころか、挑発するぐらいで、凄い騒ぎだったらしいわ」
「らしいって、見てないんですか?」
「見てないのよ。残念ながら私が本庁に着いた時にはもう終わっちゃててね、望見ちゃんに話聞いたのよ。惜しかったわ。 もう少し早く着てれば」
「で、こっちですか」
「そう、だからせめてこっちの騒ぎは見逃すまいと思ってね。一条君が半休とったって言うから、私もタクシー飛ばしてきた のに……あぁ、悔しい〜〜」
 ………そういう問題だったんかい。
「でもじゃあ今ごろ……」
 蒲鉾型になった三対の目が意味深に笑い合う。

「一条君、独占欲の塊だもんねぇ。きっと自分の部屋に連れ込んで……」
「もしかしたらそこまで我慢できなくて手近のホテルとか……」
「その前に車の中でってのも有りだと思いません?」

 主語目的語がなにかなんて、聞かぬが華というもの。

「ほんっと、愛されてるわよね、五代くんて」

 ようはそういうことで。
 その夜、彼女たちが密かに執筆活動に勤しんでしまったなんてことはけしてない………はずである。






 ようやく書けました。季節はずれのW.Day話。
 時期を逸してしまったんで、どうしようかと思ってたんですが、
 五月の新刊に『彼の場合のバレンタイン』を載せるので、
 対になっているこれも載せておきたくて、急遽書き上げました。
 さて一条さんはどこまで我慢できたでしょうか。
 女性陣三人の会話が弾むのはいいんですが、書き分けがぁ〜〜〜。
 でも書いてて楽しかったです。
 ひかる


TOPへ    小説TOPへ