end of time (1)






「よし、とりあえず異常なしだ」
 安堵したように椿が聴診器を外した。
「よかった。でもなんです? そのとりあえずってのは」
青い検査服の前を合わせながら雄介が首を傾げる。ここはおなじみの関東医大病院。スクリー ンには、雄介のCTスキャンの結果が表示されている。
「もう少し肉付けろ。いくら成長途中とはいえ、それじゃあ痩せすぎだぞ」
「えぇ、そうですかぁ」
「だいたいそれじゃあ、一条も抱き心地も悪いだろう」
 ガタッ。何かがコケる音がした。
「そっかなぁ、じゃあそのせいかぁ」
「お、なにか心当たりがあるのか?」
「えぇ、実は一条さんがしてくれないんです」
「なにを?」
「SEX」
 ガッシャーン! はっきりきっぱり言い切られて、たまらず当事者が口を挟んだ。
「五代―!」
「なんですか? 一条さん」
が、対する五代もすっかり目が据わっている。どうやらかなりに詰まっていたようだ。
「なんですかじゃないだろう。そういうことを人前で言うんじゃない」
「だって事実じゃないですか。いくらオレが大丈夫だって言っても、抱いてくれないし」
「それは君の体のことを考えて……」
「ならもういいですよね。『異常なし』ですし」
「し…しかしだな、あんなことがあって、どうこれから影響がでるか」
「だからそれは大丈夫だって、言ってるでしょう。それとももう俺のことを愛してないんです か。こんな身体になってしまった俺なんて…もう」
「そんなわけないだろう。いくら姿が変わっても君は君だ」
「ならどうして……」
「そのくらいにしといてやれ、五代」
 机に突っ伏して爆笑していた椿がようやく口を挟む。
「けど、椿さん」
「くそ真面目なこいつのことだ。おおかた今のおまえに手を出そうにも、『淫行』って言葉で も浮かんでるんだろ」
「……………」
 図星を突かれて一条が沈黙する。恨めしそうな雄介の視線が痛い。


 グロンギとの長い戦いが終わって、早や一ヶ月。一時期は起き上がれないほどに衰弱してい た雄介の身体もようやくほぼ以前通りに回復していた───ただ一つの点を除いては。
 戦いの末期。霊石アマダムから伸びた神経組織は雄介の身体、ほぼ全身に行き渡り、筋肉組 織まで変化させていた。戦いが終わっても、もはや雄介の身体はもとには戻らないだろう。医 者である椿はもちろん一条や桜子もそう思っていた。しかし奇跡は起こった。
 最後のグロンギが倒れ、爆発したのを見届けたクウガが振り向いてサムズアップをした時、 アマダムから発せられた光がクウガを包んだ。そしてその光が去ったあとに残されたのは、輝 きを失った古代のベルトと変身の解けた五代雄介………いや、五代雄介によく似た少年だけ だった。
 なかばパニックに陥りつつも、戦いを見届けた一条はその少年を関東医大病院の椿のもとへ と運び込んだ。そして衰弱していた少年に治療とともに施された幾つかの検査。結果はどれも その少年が極度に衰弱していることを除けば、なんら異常のない普通の人間であることを示し ていた。椿曰く、
『霊石アマダムによって変化させられていた組織が失われた結果、それを補うために小型化、 つまり若返ったんじゃないのか』
 そんなのありか、と思いつつも、そもそも固形物であるベルトが雄介の身体に吸い込まれた こと事体、十分に異常なんだから、こういうのもありだろう。そうあっさりと結論付けた椿 を、思わず一条が殴りたくなったのも無理もないだろう。ちょうどその時、雄介の意識が戻ら なければそれは実行されていたに違いない。


「だいたい一条さんてば、どうしてそうしょうがないことを気にするかな」
 初めての時はあんなに強気だった癖に……ぶつぶつ。熊さん柄のパジャマを着た雄介が拗ね る。ちなみに場所はベットの上。無論、二人の新居の寝室だ。
「椿さんも大丈夫だって保証してくれましたでしょう。今日は逃がしませんからね」
 などと視線に力を込めてみても、今の外見では可愛いばかりだ(無論、以前の姿も十分に可 愛いかった───とは、視覚もしっかり腐り果てた一条の言葉である。)。なにしろ現在の雄 介の姿といえば、身長160cm弱、体重50kg弱。自称、十五、六歳の頃だそうだが、どう 見ても中学生。いや最近の子は発育がいいから、ヘタすれば小学生にも見られかねない。人 懐っこい瞳はそのままに、幼くなった雄介を見た女性陣の第一声が
『きゃぁ〜〜、可愛い☆』
だったのも無理ないだろう。
「そりゃあ、確かに俺ってば、成長期が遅くて高校に入ってから、伸びたくちですけどね。
だからって、『淫行』はないんじゃないですか。だいたいあれは未成年に対する条例でしょ う。俺は26歳、成人式なんてとっくの昔にすませてるんですから」
 などと言っても外見はどう見てもローティーン。説得力はゼロである。おまけに幼くなった のは身体だけのはずなのだが、心なしか言動まで幼くなったようで……これで手を出せばどう みても犯罪だろう。一条は深々と溜息を付いた。
「しかし今の君はどうみても未青年だし」
「今更なに言ってるんです。俺が大きかったときは、あんなこともこんなこともした癖に」
「だからそれは君が成人した大人だったときのことで……」
「今だって俺は成人してます」
 ずいっと雄介の顔が近づく。冷や汗の落ちる背中にはベッドのヘッドボード。これ以上バッ クは不可能だろう。
「それに、その気になってないわけでもないんでしょう。一緒のベットに寝てるんですよ。俺 が気が付かないとでも思ったんですか」
「………」
 事実なだけに、反論ができない。やはりベットは別にしておくべきだったのだろうか。しか し離れて眠ると不安なのだ。こうして雄介が生きていたのは夢だったのかも知れない、そう 思ってしまうから。いや、その不安は以前からあった。だからこそ、二人で住むことを決め て、このマンションを借りたとき、このセミダブルのベットを購入したのだ。未確認生命体と の戦いで心身ともに消耗してしまう雄介を休ませられるよう。けれど、離れて眠ることはでき なくて、その体温を常に感じることができるように、と。
「なのにどうして抱いてくれないんです」
 無論、本心は一条だって雄介が欲しい。だが幼くなった雄介の姿を前にすると、どうしても 鉄壁の理性と良識が邪魔をするのだ。男同士というのは単なる嗜好の問題だから気にはしない が、やはりまだいとけない(と、一条の目にはそう見える)子供に手を出すのは犯罪だろう。
「あくまで、一条さんがその気なら、俺にだって考えがありますからね」
「五代?」



   NEXT

--------------------------------------------------------
これが、ひかるのお初クウガ。
2000年の10月の初め頃、ここまで書いてそのまんま。オイオイ

TOPへ    小説TOPへ