「あっ…」 ヒカルは思わず声を漏らした。 「どうした?」 「え…あ…なんでもない」 緒方の問いかけに慌てて首を振る。 実は『なんでもない』どころではないのだが、ここで追求されると色々とまずいのでとりあえず笑って誤魔化す。 『せっかくのUSJだもんなぁ』 とある休日。緒方とヒカルは関西のイベントに共にゲストとして呼ばれていた。 関西。関西といえば今のヒカルにとっては『USJ』を指していた。先日TVで特集を見てしまったこともあり、このチャンスを逃がす手はない。翌日、翌々日とお互い予定がないのを知ったヒカルは、そんな騒がしいところは嫌だとごねる緒方を宥めすかして漸く引っ張り出すことに成功したのだ。まぁそこはそれ、その為にはヒカルも多大な労力と犠牲を体で払うことになったのだが。 『本っ当、昨日はしつこかったもんなぁ…緒方さん。その分楽しまないと元はとれないよ』 不本意な成り行きに抗議するかのごとくに昨夜は散々緒方に弄ばれたヒカルである。アトラクションに乗れなくなるのは嫌なので、なんとか本番は一回だけにしてもらったものの、その前の前戯がちょっと…いやかぁなぁりしつこかったのだ。心なしかまだ体が疼く様な気がして……。先ほどつい声を漏らしてしまったのも、昨日の余韻で敏感になっている乳首に服地が擦れて、つい感じてしまったからだったりする。 とはいえそんなことが緒方にばれたら、間違いなくそのままホテルにユーターンだろう。ここはなんとしてでも誤魔化してしまおう。 「なんでもないって、予想より華やかなんでちょっとびっくりしただけ。」 心配げ(?)な緒方に笑って返す。まだゲートを潜ったばかりなのだ。ここで引き返してたまるものか。 「ならいいが、無理はするなよ」 そう言ってぱふっと頭を撫でる。その口元にはいつになく柔らかい笑みが刷かれていて、ついヒカルはぼぅっと見とれてしまった。 さすがに場所柄を考慮したのだろう。今日の緒方のいでたちはいつものしろスーツではなくて、ヒカルでさえはじめて見るカジュアルなものだった。 どうやら昨日のうちにショップに連絡して取り寄せたらしく、朝目を覚ました時には服の空箱が部屋に山積みになっていた。 ついでとばかりにヒカルの服も用意されていて、ブランド物とはいえ普段は絶対に買ってくれないカジュアルなジーンズの上下一式が揃えられていたことに驚いたのはつい今朝のことだ。無論ありがたく着用させてもらった。 「それより早く行こ、俺、『ターミネータ2 3D』見たい」 まだ少し心配げな緒方の腕を引っ張り、ニューヨークエリアへと向かう。 この時のヒカルはこれから楽しむアトラクションのことでいっぱいで、背後で緒方がいささか不穏な笑みを浮かべていたことにまったく気づかなかった。 「うわっ!」 迫りくる敵ターミネーターの攻撃が自分の方に向かってきて、思わ ず声が漏れてしまう。 3D画面は迫力たっぷりで、本当に目の前で戦いが繰り広げられているかのようだ。 始めは普通に座っていたのだが、いつしかヒカルの腕は隣に座る緒方の腕にしがみ付いていた。 「こら、そんなにしがみつくな」 「う…だって」 「ならせめて爪を立てるのはやめてくれ」 「あ、ごめん」 無意識に力を込めていたのだろう、入ったときにはシワ一つなかったシャツの袖がしっかり寄れてしまっている。 「まぁ悪い気分ではないがな」 「うぅ〜〜〜うわぁ!」 緒方の言い草に拗ねる間もなくもプラズマシャワーの爆発に身を竦めてしまう。画面ではターミネーター同士が激しい戦いを繰り広げていた。 「っ…!」 それに気づいたのはスクリーンがクライマックスへと向かい始める頃だった。 ぞくりとした感覚がヒカルの背筋を走った。ざわりとした熱が全身に広がる。 『なんで?』 覚えのある感覚。昨夜も散々に翻弄された熱。 それはヒカルの胸元から発せられていた。 「! ……!!」 驚きに身じろぎすれば、さらにその感覚が大きくなる。 昨夜の余韻で敏感になっていた乳首が上着の硬いジーンズ地に擦れてなお一層敏感になって刺激を伝えてきているのだ。卸したてのジージャンは糊が効いていて、ただでさえ硬い生地が薄いシャツ越しにも胸に硬い感触を伝えてくる。それがひどく……感じてしまうのだ。 そして……そんなことを意識してしまえば、今度はジーパンの方も気になってしまって。同じように新品の硬い感触が下半身を強く締め付けているような気がしてくる。 少しでも動けば、今度はあの刺激が熱を持ち始めているヒカル自身を襲ってきそうで。なのに、 「………!!!」 思いもよらない事態に固まってしまったヒカルを、さらなる刺激が襲った。 しがみ付いていた緒方の腕が身じろぎ、上着の上からその乳首を擦ったのだ。 驚いて見上げるが、恋人の視線はスクリーンへと向けられていて、自分のしたことに気づいている様子はない。 わずかに安堵してヒカルは小さく息を付いた……が、すぐにまた声を抑える羽目になってしまう。それも幾度も幾度もだ。 クライマックスへと突入したスクリーンは炎やら爆発やらのオンパレードで、そのたびに緒方の腕が身じろぐ。それはそのままヒカルの乳首を硬いジーンズ地にこすりつけることになり、ヒカルは唇を噛んで悲鳴をこらえ続けた。 だがそれが一層熱を籠もらせることになってしまい、いまや完全に下半身も反応してしまっていた。ジーパンに押し込められた自身はもう痛いくらいだ。 これでは映像が終わっても動くことすらできないだろう。 半ばパニックに陥りかけたヒカルの耳に、ふいに低い声が響いてきた。 「そろそろ限界なんじゃないのか?」 「!」 耳元で囁かれ、ぞわりと背筋が粟立つ。 「感じてるんだろう」 「な……知って……」 ばれてた? 全部? 驚いて見上げた緒方の顔には性質のよくない笑みが浮かんでいて、自分の様子など全部気づかれてしまっていることを示していた。それどころか、 「昨日散々弄ってやったからなぁ、疼くんだろう」 「!」 「ジーパンもわざと新品をよこすように言っておいたし」 まぁいくらビンテージとはいえ、俺以外のやつが着た服を着せる気もなかったし。などと言ってのけてくれたのだ。 「まさか、全部企んで……」 昨晩前戯がしつこかったのも、新品のジージャンを用意したのも、さらにはアトラクションの最中に腕が胸を擦ってきたのも全部! 「そのくらい読めないようじゃあ、タイトルを狙うのはまだまだ無理だな」 そう言ってにやりと笑う。 いや、それはあんたが鬼畜だからで囲碁とは関係ないだろう、というと、アキラ辺りがその場にいたら突っ込みそうだが、無論そんな助けが入るはずもない。 結局、動けなくなっていたヒカルは心配するスタッフに『リアル過ぎる映像に気分が悪くなったらしい』などというもっともらしい理由をつけた緒方にお姫様抱っこされたままそのままテイクアウトされ、ホテルにて再度すき放題をされてしまったのであった。 以後、ヒカルがテーマパーク等に緒方を誘うことは一切なかったらしい。 |