『く』 はまっくろ  より 


「なあ、清明」
何時ものように晴明の屋敷の縁側で。
月を肴に酒を酌み交わしていたときの事。
博雅はさんざん悩みつつも、そのことを清明に打ち明けることにした。
自分では良い解決方法が見つからなかったし、よくよく考えてみれば、そういったことを打ち明けられそうな相手といえば晴明しか思いつかなかったのだ。
それに関して、意外と自分は友人が少ないのだな・・・と悩みとは別に落ち込んでしまった博雅ではあるが、実はこれには裏があったりする。
博雅は、本当によく大勢の人に慕われている。勿論、懇意になりたい・・・・! と切に願うものだっているのだ。どちらかというと、女より男の方が多いだろうが、とにかくかなりの人間が博雅と親しくなりたいと思ってはいた。
だがしかし。
博雅のバックには晴明あり、というのは公然の秘密で――――なにせ知らないのは博雅だけだ――――常にどこかで晴明に見られていると知ってたら、誰が博雅に声をかけることができようか。
最初は、それなりに皆も頑張っていた。
まあ、管弦の誘いに関しては特に問題はない。博雅は管弦、特に笛の好きな男であるし、大勢の中の一人、ということでとりあえず黙認されていたらしい。
しかし個人で誘うとなると話は別だった。
博雅に(疚しい思いを持って)声をかけた者は、例えば帰りの牛車の中とか。例えばなーんにもない、宮廷の廊下でとか。忌むべき事柄に襲われたりするのだ。
そんなこんなが続くうちに、暗黙の了解ができたのである。

『源博雅に触れるべからず』

なにしろ、敵は帝や東宮の覚えもめでたい、都一の陰陽師である。
敵にまわすには、恐ろしすぎる男なのだ。
そんなこんなで皆、泣く泣く諦めていたりするのだが、その事情を知らないのは、まさしく博雅本人のみだ。
よって、今日も今日とて、他に行く宛てもなく晴明の家を訪れていたりする博雅であった。


「で、今日はどんな相談があるのだ?」
「うむ・・・・」
晴明の問いに、博雅はちょっと困ったように頬を掻いた。
「すこし、聞きたいことがあるのだが・・・」
「なんだ?」
優しく晴明が促しても、まだ博雅は戸惑っている。晴明はその杯に酒を注いでやりながら、辛抱強く待ってみた。暫しの沈黙が漂い、虫の声があたりに響く。二人は、ほんの僅かの時、月明かりと虫の声を愉しんだ。
漸く、心も決まったのだろう、博雅が晴明に向き直った。
「晴明に尋ねたいことがあるのだが・・・・・俺、は、その、男として、どうだろう」
「・・・・・・・・は?」
「いや、俺は、男として魅力がないのだろか」
「魅力・・・・? 博雅は良い男だと言わなかったか?」
「そうだぞ、博雅は良い男だ」
ふ、と蝶から姿を変えた蜜虫が、晴明の後から同意する。
「そう、か?」
それでも、表情がさえない博雅を、晴明が訝しげな顔で見やる。
「なにがあったのか、話してみろ」
「う・・む」
口の重い博雅を、何とか促して話をさせる。
話の内容はこうだった。


それは、博雅が宮廷の廊下を歩いていたときのこと。
ある部屋の一室から、お付きの女房達のおしゃべりが聞こえてきた。勿論、博雅は盗み聞きをするつもりはなく、そうそうにソコから立ち去るつもりだったのだが。
「それで・・・・・・・博雅様・・・・・」
「まあ・・それで・・・・・?」
なにやら自分の名前を呼ばれた気がして足を止めてしまった。そして、ついつい聞く気のなかった話を聞いてしまうはめになる。
話の内容としてはこうだった。
やれどこのだれがお手つきしたのだ、だとか、誰それと誰それの噂、だとか。
結局は恋愛話だったりするのだが、何故そこに自分の名前が出てきたのか、と気にしてみれば、他の人物の名前も出てきて、要は比べられていたらしい。
そこでショックを受けたのは

「源 博雅様? そうね、あの人は確かに良い人だけど・・・・」
「そうねぇ・・・・男としてはどうかしら」
「でも、浮気とかされるよりいいのじゃなくて」
「だって、なんか男として色気みたいのが、ないのよね〜・・・・その点、晴明殿は・・・」
「そ〜ねぇ、帝の覚えもめでたい都一の陰陽師ですもの!」

そのままきゃらきゃら、笑う女房たちに気づかれぬように、そっとその場を去った博雅ではあるが、どうにも女官達の言葉が頭から抜けなくて、とうとう晴明の元を訪れてしまったという訳なのであった。
べつに、清明と自分を比べたことはないし、その人気が凄いことは知っているから、別にヤキモチを妬くということもない。ただ、自分はそう思われているか・・・・と、ちょっとガックリしてしまったのである。




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