決意 より 〜 獣に恋をする 6 〜


「・・・・勝手に休憩にしてきてしまったが・・・良かったかな?」
「え! あ、ああ、別に大丈夫です」
 五代が笑うと、一条はいままで椿達が座っていた席に腰を下ろした。
「仕事は、大丈夫なんですか?」
「ああ、やっとメドがついてね。後は桜井達に任せても大丈夫だろう」
一条の分のコーヒーを用意しながら、五代は心配気な顔で一条を見つめた。
「あの、何かすごく疲れてませんか?」
「ん?」
「少し痩せたみたいだし・・・顔色も余りよくないですよ」
「ああ、ここんところ徹夜だったからな・・・もし、手間じゃなければ何か食べる物を頼んでもいいかな? 軽いモノでいいんだが」
「まかせてください! なんでもつくりますから!」
 一条からの頼みに、五代はどん、と胸をたたきながら大きく頷く。
「簡単なものでいいんだ、手間を掛けちゃ悪いし・・・」
「悪くなんかありません! 俺、ちゃんと作りますから全部食べてくださいっ・・・って、もしかして胃の具合でも悪かったりするんですか?」
 遠慮がちな一条に、五代はもしやと顔色を変える。
「ああ、違う違う。ただ五代に手間を掛けさせるな、と思って・・・」
「もう、そんなことなら変な遠慮なんかしないでください! もうがんがん作っちゃいますから!」
 五代がカウンターの中でせわしなく動き始める。冷蔵庫をあけ、野菜を取り出し、手早く切り始める。
 手際のいいその様に、ふ、と一条は笑みを漏らしてしまった。
 椿の話を聞いてから、かなり根を詰めて仕事をしたせいでなんとかメドをつけることができた。自分が忙しいせいもあったがなかなか五代と連絡が取れないうちに、椿からあんな話を聞いてしまったから、五代のところに顔を出すのに躊躇してしまったのだ。

 できれば五代から話して欲しい。

 そう一条が思ってしまったのは、甘えになるんだろうか。
 闘いに向かう、と決めた五代を引き止めることができないだろう事は、己の立場を入れ替えて考えてみれば、それが無理だと言うことは十分に承知している。もし、自分が五代の立場だったら、きっと同じ事をするのがわかっているからだ。
無様に引きとめはすまい、と決意した。
 だからこそ、一条から聞くのではなく、五代から自発的にそのことを告げてほしいと思っているのだ。
「お待たせしました!」
 一条の目の前に暖かいスープ・サラダのほか和風やら洋風やらのお皿が並ぶ。どれもこれも美味しそうで、大盛りだ。
「お待たせしました!」
「ああ、ありがとう、じゃ、遠慮なく」
 差し出されたスプーンとフォークを受けとり、一条は食事を開始した。
 二人の間にはなんの会話もない。それでも食事をする一条を見つめる五代の顔は幸
せそうだし、一条も本当に美味しそうに食事をしている。
「うん、本当に上手いな。五代の料理は」
「そうですか?」
 優雅ではあるがひどく男らしい食事の仕方で、一条の目の前に並べられた食事は次々に減っていく。
 自分でもちょっと作りすぎちゃったかな、と思った五代ではなるが、一条のぜんぜん落ちないペースを見るにあたり、もしかして足りない羽目になるのではないかと心配がでてきてしまうとはどうだろうか。
「あの、一条さん?」
「ん?」
「無理に食べなくても、お腹いっぱいになったら残してもいいんですからね?」
「これぐらいじゃ、いっぱいにはならんよ」
ははは、と笑ってさらり、と返された言葉に五代はえ、と動きを止めてしまう。
「俺の好きな料理ばかりだし、上手いし100点満点の料理だよ。かえって足りないぐらいだ」
  どうやら言葉に嘘はなさそうだが、いったいその体のどこに入るんだろう、と思わずにはいられないぐらい食べているはずだ。なのに腹部にはなんの変化は見られず、
あまつさえ『足りないぐらい』などというとは・・・!

(う〜〜ん・・・なんか、この食べっぷり・・・・・・・・あ! そうだ、薔薇に似てるんだ・・・・!)

 それに気づいた五代は、思わず噴き出しそうになってしまったのを、慌てて咳払いでごまかした。
 椿、桜子、薔薇は五代の作る食事を気に入っていてくれて、五代はちょくちょく食事を作ったのものだ。その三人の中で誰が一番食べるか、といえば。実は薔薇だったりするのだ。
 痩せの大食い、とでもいうのか、やはり顔色ひとつ変えず椿の倍たいらげる薔薇ではあるが、その黄金のプロポーションが崩れることはなく、いつもみのり達にうらやましがられている。反対に、食べた物はすぐ身になってしまう椿には、薔薇は時折“この全身胃袋女め・・・!”などと言われており、そのまま発生する小競り合い―――というにはほぼ戦闘に近いものがあるが、本人たちはあくまでもそう呼んでいるので――――どうやら食後のいい運動になっているらしいのだが。
「ああ、美味しかったよ、ご馳走さま」
「え! あ、いえ、お粗末さまでした」




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