誘い より 〜 獣に恋をする 3 〜


「―――――おにいちゃんは、本当にいいの?」
ためらいがちな、みのりの言葉に、雄介はん?と首をかしげた。
「だって、一条さんって、恋人なんでしょ?」

ガシャン! と。

その瞬間、雄介は手にしていたカップを思わず落としてしまった。
「みみみみみみ、みのりっ!?」
語尾が素っ頓狂に上がってしまったのを、責めてはいけない。普通、妹は兄にそんな事を言わないから。
「もう、ばれてないとか、思ってる?」
「・・・・・・いいえ」
頬を染め、雄介はうつむいてしまう。みのりとの間に隠し事はないほど仲がいい、とはいっても、そんなことまで知られてしまうのはかなり恥ずかしい。
「お兄ちゃんがとっくに手を出されてるなんて、知ってるんだから」
「み、みのり?」
瞬間、みのりの体から冷気が吹き上げたような気がしたのは、雄介の目の錯覚なのだろうか。慌てて目をこすってみたが、みのりは全然いつもと変わりなくて。
やっぱり目の錯覚だったのだ、と自分を納得させる。
「だから、おにいちゃんの恋人になったんでしょ?」
「や・・・そ、それはどうなんだろう?」
「どう?」
みのりの瞳がキラリと光る。だが、もじもじしている雄介にはわからなかったようだ。
「だ、だってさ」
あれからなにやら忙しくて、雄介は一条に会いにいけずにいたのだ。
それに、あってすぐあんな関係になってしまってなにやら気恥ずかしくてたまらない。
それに。
「なんか、一条さんの方もあったみたいで」
雄介の顔が引きしまる。この街で起きたことで、雄介達の耳に届かない情報はない。だから、失踪者の件もとっくに雄介達は知っていたのだ。
「一条さんが西の座に着くのは俺も賛成だよ」
「おにいちゃん」
「一条さんは、きっと受け入れてくれると思う。俺の事だって受け入れてくれたしね」
「・・・・・そうね、一条さん、おにいちゃんにベタ惚れだし」
「ええっ!?」
途端に顔を真っ赤にする雄介に、みのりがふふ、と笑った。
「ええっ!?」
途端に顔を真っ赤にする雄介に、みのりがふふ、と笑った。
「それに、みんなとの相性も最高だわ」
みのりが、カウンターに並べた5枚のカードをさした。
「さっき占ってみたんだけど、一条さん、美穂姉様とおなじ《金》属性なのよ」
「へえ、やっぱり《西》の座には同じ属性の人を呼ぶんだね」

東の位置に木、青龍 その属性は、育む恵みの心を。
西の位置に金、白虎 その属性は、侵れずの強さの心を。
北の位置に水、玄武 その属性は、凪ぐ許容の心を。
南の位置に火、朱雀 その属性は、猛る情熱の心を。
そして、中央に土、その属性は、ずべてを受け入れる母体の如く。

「なつかしいな、父さんがよく言ってたもんな」

《土より金は見出され、金は水を生ずる。そして水は木を育み、木は火を燃え上がらせ、土へと還らせる。逆に木は土を割って伸び、土は水をのみ、水は火を消し、火は金をとかし、金は木を傷つける。それぞれが互いに関係しているんだよ。この世界にあるものは、互いになんらかの力をうけ、相手に影響を与えているんだ。たとえ父さんや母さんがいなくなったとしても。けっして一人きりではない、と言うことを覚えておきなさい。雄介やみのりは、皆に助けてもらって生きているんだ・・・それを忘れてはいけないよ》

多分、自分の死期を悟っていた父は、幼かった自分達を心配してくれていたのだ。伴侶をなくした母が、そう長く持たないことも知っていたのだろう。
雄介が、昔を愛しむようにカードをそっと撫でた。
「桜子さんの属性が《木》 椿さんが《火》 薔薇が《水》 一条さんが《金》かそれぞれにあってる、って言えるんじゃない?」
「それをいうなら力関係じゃないの?」
面白そうな顔で、みのりが笑う。
「これでいうと、一条さんは椿さんに勝てなくて、椿さんは薔薇に頭があがらない」
続きを雄介が引き継いだ。
「薔薇はみのりを溺愛してて、みのりは桜子さんだけには頭があがらない、ってことだろ?」
二人は顔を見合わせてふふ、と笑った。
「ここまでカードにはっきりでるのも珍しいのよ」
そう言いながら、みのりはカードを片付け始めた。
「それにしても、相変わらずすごいカードだね」
「ん、それが私のとりえみたいなものだしね」
ふと、みのりの手が止まる。雄介の表情を伺うように見上げ、視線を落とした。
「―――もうひとつ、気になることがカードに出たわ」
その声の重さに、雄介も表情を改める。
「・・・・・・・・零、の事?」
黙ってみのりは頷いた。
「おにいちゃんが零の事、ずっと気にしてたのは解ってる・・・だって兄弟のようにして育ったものね」
「みのり」
「でも・・・・・・今度は、許されない」
その表情は、今まで話していた雄介の妹、としての顔ではなく。
四神を纏める巫女の顔に、雄介はただ言葉もなく、小さく頷くだけだった。。




………続きは本誌でどうぞ☆