アキラ君の逆襲 より 


「よ、塔矢! 待った?」
待ち人の登場に、アキラは今まで読んでいた文庫本に栞をはさみ、鞄の中にしまう。
「いや、少しばかり僕の方が早く着いたぐらいだよ」
そういって腕時計を見れば、待ち合わせの時間にはまだ少し間がある。
「お前、早く来すぎ。いっつも俺が待たせちゃうはめになるだろ」
「何入ってるんだ。人を待たせる訳にはいかないだろ?」
そう口にしつつもその実、アキラが待ち合わせの時間より早く着いて待っているのは彼に対してだけのことだ。
もともと几帳面な性格のアキラは、人とに待ち合わせにもほぼ正確な時間で現れる。待つことも待たせることもなく時間を無駄にはしない。少しでも時間があるのなら、碁の事を考えていたいからだ。
だけど、彼の場合だけは、早く会いたい、とせく気持ちがアキラを早めに待ち合わせ場所に来させてしまうのだ。
―――最も、和谷達に言わせれば、アキラが微笑を浮かべならがうきうき(?)と待っている姿なんぞ、恐ろしくて見れたものではない。ましてや、先に待たれていたら何か裏にありそうで怖い、と言ってはばからない。
とはいえ実際、アキラが待つ様は鑑賞に堪えたもので、人待ち顔で駅前に佇んでいる姿に『すわデートか!』 などと雑誌にスクープされてしまったこともあったぐらいだ。
だが、実際に現れたのは可愛い彼女なんかではなく、カメラマンをがっかりさせてしまったものの………並ぶ二人の姿があまりにも様になっていたため、ついシャッターを押してしまいその写真が元で一波乱起こしてしまったのだが、それはとりあえず
置いておこう。
「さて、今日はどうする?」
「勿論、まずは一局、ってとこだろう」
アキラが答えると、二人は並んで歩き出す。勿論、目指すは棋院だ。
「で、なに? 話って」
「ああ、父さんが、昨日中国から帰ってるから、教えておこうと思って」
「え! ほんと!」
ぱぁぁぁ、と、まばゆいばかりの笑みを浮かべた相手に、アキラはまぶしげに目を細める。
「この前日本に帰ってきたときは、タイミングが悪くて会うことできなかっただろ? 父さんが手合わせしたい、って言っていてね。よければ、今日の勉強会の後にでも家に来ないか」
「マジ! 行く! 行・・・きたい、けど・・・・」
「?」
不意に、言葉尻の勢いが消えて、アキラは首をかしげる。
「俺、行っても、いいのか? 」
「………は?」
「だってさ、俺、いつもお邪魔しちゃって、なんか、久しぶりに家族水入らずで過ご
したりなんかしたくない?」
上目遣いに、申し訳なさそうにこちらを伺ってくる瞳は、それでも、どこか期待の
色を隠せずキラキラと輝いていて、アキラは思わず吹きだしてしまった。
「……なんだよ」
ぷっ、と唇を尖らせる様が恐ろしく似合うな、等と場違いな事を考えつつ、アキラは肩を竦めて見せた。
「今更何を言っているのかと思ってさ。第1、これは、父さん本人の望みなんだよ。我儘な中年親父に付き合ってやってくれないか。君と手合わせしたくてうずうずしてるんだから」
「我儘な中年親父ってお前……」
「本当のことだろ?」
アキラの軽い口調に、漸く気がかりがなくなったようだ。
「……じゃ、お邪魔しちゃおっかな?」
「まったく、遠慮するのは君らしくないよ」
「……あのなあ、俺だって、少しは考えるの」
「はいはい、あ、で、母さんが、どうせ遅くなるようだったら泊まっていきなさい、だってさ」
「え、マジで!?」
「そう、マジで」
口調を真似たら、じゃれるようなパンチを入れられて、思わすアキラは笑ってしまった。
もうしわけなさそうな表情を浮かべつつも、アキラを移す瞳は期待にキラキラと輝いていて。
「ともかく、そういうつもりで今日は家に来てくれないか」
「おう! そこまでいわれたら遠慮なくお邪魔しちゃうぜ!」
と。
満面の笑みを浮かべられて───


「ちっ」
と。
小さくも辺りを切り裂く鋭い音がした。
「───僕としたことが、展開を間違ってしまったじゃないか」




………続きは本誌でどうぞ☆