『 to be continue 』 より 




「どうして、あなたがここに居るんですか」
「いてはいけないかね?」

向かい合って立ちつくす男2人の間に妙な緊張感が漂っている。
予想もしていなかった男の存在に、はっきり言って緒方は動揺していたのだ。

「確か中国の方に行っている、とお伺いしたんですが」
「今日帰ってきたんだよ」
「では、ゆっくりなさればいいのに・・・」
「以前から誘いは受けていたんだがね、空港に着いた時間が丁度良かったから寄らさせてもらったんだよ」
「そうですか」
「私も腕を磨いてきてね、若い君達と一局持ちたいなと考えていたから、乗ってしまったよ」
といって。
はっはっは、と笑う男の裏になにやら感じてしまうのは仕方のないことだろう。
なにせ、目の前に立つこの男は碁の世界においてだけではなく、人生の師匠として自分の目の前に立ちはだかる壁なのだから。
「ま、道々話そうじゃないか、緒方君」
「・・・わかりました。塔矢先生もお元気なようで」
「うん、意外に今の生活は自分にあっているようだよ」

でしょうね、と緒方は声には出さず胸の中だけで呟いた。
車のトランクに自分の荷物と行洋の荷物を入れて、ドアを開ける。助手席に行洋を座らせて自分も乗り込むと、緒方は車を発進させる。緒方がお気に入りの(というよりヒカルだろう)スポーツカーは、スムーズに滑り出した。さして振動もなく、信号に引っかかることもなくどんどんとスピードを上げていく。
緒方はハンドルを握りながら、隣で涼しい顔をしている男の顔を見てばれないように小さく溜息をついた。

―――――・・・・なんで、この人がここにいるんだよ・・・・・・

呼んだのは、誰だかわかる。
塔矢アキラ、だ。どうやら本腰を入れて、緒方の邪魔を始める気になったに違いな
い。

――――― いや、とりあえず、ココまで持ったことを褒めてやるべきかな

もし最初から、この人に出てこられたのだったら。
そうあっさりとヒカルを手に入れることが出来なかっただろう。なにやら理由はわからないが、ヒカルの中に塔矢行洋という存在に対する妙な拘りを、常々緒方は感じていたからだ。
それは、自分に対するものとも、アキラ達に対するものとも違う、何か。
自分に対するものと同じ想いだ、などとは思わないが、決して消えないものらしいだけに、時折忌々しく感じてしまうのは仕方がないことだろう。
なにせ、緒方にとっても塔矢行洋という存在は、特別なものなのだ。
公的、私的な面においても、決して超えられぬ高い壁として存在する男であったから。

「随分と充実した旅行だったようですね」
双方とも口を開かず、暫くは静かなドライブが続いていたが、最初に緒方の方が口を開いた。
「そう見えるかね」
「ええ」
緒方の指摘に、行洋は楽しそうに口元を緩めた。
「今の生活が、自分にはあっているのかもしれんな」
塔矢一門の筆頭であり、今は現役を退いたとはいえ日本で一番強い男であることは間違いないであろう塔矢行洋は。
確かに以前より生き生きしているように見えていた。
「先生は動きまわっているほうがお似合いですよ」
「そうかもしれんな、外はいいよ」
緒方はふ、と口元を緩める。
行洋の言葉は、緒方にとっては問いかけのようにも聞こえたからだ。

――――――― 何時、その世界を飛び出すのかね?

今はまだ。
日本という狭い枠を飛び越えていけるのを羨ましく思わなかったわけではないが、まだ、その時が来ていなかった。

「ま、それはおいおい・・・・・で、私の質問に答えていただけるんでしょうか?」
「質問? なんのことだね」
「・・・・・・・・何か、以前より人が悪くなられてるように思うのは私の気のせいですかね」
「気のせいだろう」
「間髪おかずに返答されても、そうは思えませんが?」
緒方の返事に、行洋は口元をゆがめて見せた。
「いや、可愛い一人息子からの、初めてのオネダリだからね」
「は? おねだり? ・・・・・アキラ君ですか?」
「ああ、珍しく電話があってね。今まで私がどこでどうしようとも気にしていなかっただろうに、今回の指導碁に顔を出してくれないか、と聞かれたよ」

面白げな行洋の言葉に、緒方が心の中でチッ、と舌打ちをする。
なにかやらかすとは思っていたが、まさか父親を引っ張り出すとまでは考えていなかった緒方だったりする。なにせ緒方にとって行洋は鬼門の扱いに近い。決して嫌ったりしているわけではないのだが、相手が悪すぎるのだ。
それを知っているアキラが、あえて行洋を呼び出したからには、緒方も腹をすえなければならないだろう。




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