biginning より 


――――・・・・可愛い・・・・


進藤 ヒカル 12歳  
緒方 精次 25歳

運命の出会いの瞬間、ヒカルを見ての緒方の第一印象は『それ』だった。



「ふぅ・・・・」
夜寝る前、緒方は酒の入ったグラスを揺らしながらぼんやりと物思いにふけっていた。静かな部屋にカラリ、と氷の触れ合う音がする。そして、一見無表情でシリアスな顔をしている緒方だが、その中身といえば

――――――・・・・それにしても・・・・可愛かった・・・・・・

などと、腐ったことを考えていたりするのだった。
勿論、その『可愛い』という修飾語は、昼間に衝撃のファースト・インパクトを果たしたヒカルにかかる。


体に染み渡る酒の心地よさに浸りながら、緒方はヒカルの姿を思い浮かべる・

子供特有のちょっと大きめな頭。
ほっそりとした手足。
碁盤を指差した、ぽっちゃりとした柔らかそうな手と指。
きらきらと輝く、水晶のように透き通った澄んだ瞳。
弾力に富んだ張りのある(これはあくまでも見た目の緒方の想像であって触ったわけではないが)輝く肌。
桃のようにうっすらと染まった頬。
まるでグロスをぬったように自然につやめいているピンク色の唇。
自分のしたことの重大さがわからずに、ただほめてもらいたくて輝いていた笑顔。

その何もかもが、緒方の目には輝いて見えていた。
実は、緒方は結構前にヒカルの存在にとっくに気づいていたのだ。
ヒカルの存在が周囲から浮きまくっていたせいもある、が。後ろからみたヒカルの性別が区別がつかず、マジマジと見つめていたりしたのだった。

だが、これにおいては緒方に罪はない。なんといってもこの頃のひかるは身長が155cmしかなく、その小柄な体のせいか着る物もユニセックス的なものが多かったし、なんといっても男とするにはヒカルはあまりに可愛すぎたのだ。

そして、他人の手合いに口を挟もうとしていたヒカルに気づいてはいても、ただその手を見つけたことを褒めてもらいたい、というヒカルの子供のような思いがわかってしまっただけに止められなかったのだ。
・・・・・・・・・・・勿論、その手を見出したヒカル自身にも興味がわいたけのだけれど。

緒方の記憶を探るにあたって、『可愛い』子供、などというものは存在していなかった。
育ってきた家庭環境もあるだろう。
緒方は子供の頃から、ひっじょーに可愛げなどなく、『類友』の言葉に相応しく、緒方の周りには問題児ばかり集まってしまったから、可愛いなどという言葉には程遠かったし。

そして、当時ヤンチャをだった緒方達が父親に連れられて、かつて父達の『カリスマ』として存在していた(いや、いまでもしている)塔矢 行洋と出合い碁に見せられ、塔矢一門に弟子入りしてから厳しい勝負の世界に身をおいてしまった緒方の周りには、同世代であっても供に頂点を目指すライバルばかりだったから。
皆、子供らしさ、などというものからはとっくに卒業をしてしまっていたのだ。

だから、ヒカルのように純粋な、只の『普通の子供』は初めてで。

―――――― あれぐらいの普通の子供というのは、あんなに可愛いものか・・・

思わず緒方は深く溜息をついてしまった。
なにせ、緒方の知っている子供といえば『塔矢 アキラ』しかいない。より碁に貪欲なアキラを、緒方は認めはしてもけっして可愛い、と呼べるしろものではなかったので。

「・・・欲しいな・・・・」
おもわず正直に自分の心情を呟いてしまった緒方は、その言葉がどれだけ危険な思想か。
また、頭の中であのヒカルが自分の膝の上にのってじゃれている姿を思い浮かべたりして、つい『ふふふ』と笑いを漏らしてしまった自分の姿がいかに不気味なものか気づいていない。
ここに芦原でも居れば、気味悪いですよ、の突っ込みぐらいはいったのだろうが、タイミングの悪いことにその存在はなく、もの思いにふけった緒方の不気味な笑いが深夜遅くまで響くことになったのだった。




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