Kiss! Kiss! Kiss より 


「一体なんなんだー!!」
ヒカルは枕を掴むと、思いっきり壁に向かって叩きつけた。
「あの、下睫毛ヤロー!! ふざけんな!!」
思いっきり叫んで、ヒカルはベットに飛び蹴りを食らわした。
が、それだけでは満足できなくて何度も何度も何度も柔らかいベッドに拳を叩きこむ。真っ白なシーツに思い浮かべているのは、勿論、高永夏だ。
「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿―――――!!」
どんなに叫んでも、暴れてもすっきりすることない。
ヒカルの脳裏に、高永夏の端整な顔が甦る・・・・・・・ついでに、唇の感触まで、思い出してしまった。
ボン、とヒカルの顔が真っ赤になった。
が――――――っ! と髪の毛を掻き毟って、ヒカルは思いっきり叫んでいた。

「ちくしょー!! 高永夏の馬鹿たれー!! 俺のファーストキス、返せ――――――っ!!」

どうやら、進藤ヒカルは、彼なりに夢を持っていたファーストキスを、韓国の棋士、高永夏に奪われてしまったらしいのだった。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


北斗杯が終わり、ホテルの大広間では懇親会が開かれていた。
本来ならば、このホテルの一室で、雄たけびを上げているヒカルだって、そのパーティに参加し、中心人物となっているはずなのだ。が、なぜ、天照大神の巫女と化して、天の岩戸におこもりになってしまっているのか・・・・・・・・・・その原因は、本来、ここに居るはずべきの、高永夏や洪秀英、塔矢アキラたちだったりする。
「はぁ・・・・」
韓国チームの団長である、安太善が、華やかなパーティの真っ只中にいるというにもかかわらず、暗い溜息をついている。彼の心を苦しめているのは、参加3チームのうち2チームが全員不在、ということである。
ぼちぼち人も揃い始めて、安太善は会う人、すれ違う人からメンバーの居所を尋ねられ、彼等は今、碁に熱中しちゃってて、と苦しい言い訳で誤魔化しているのだ。
確かに、誤魔化すのには大変ナイス、な理由であることは確かだけれど、いつまでもつか・・・・・。笑って誤魔化している顔がこわばってしまいそうだ。
そんないらぬ苦労をしている安太善とは反対に、倉田はお食事まっしぐら、で、人にメンバーの所在を聞かれても、笑ってさあ、と答えてしまう。しかし有無をも言わせない笑顔とでもいえばいいのか、相手は、その返事に納得して去ってしまうのだ。
胃がキリキリと痛み始めた安太善とは反対に、倉田、まさしく太っ腹である。

「・・・・・・・・・・倉田、いくらなんでもそろそろ不味い」
手にもっている皿の中を綺麗にかたづけた倉田が、次の料理に手を伸ばしたその合間を縫って、安太善は話しかけた。
「や〜・・・・・不味いか?」
「あたりまえだろうが!」
「この俺様がいんだぜ、平気、平気」
「倉田!!」
そのまま食事に向き直ろうとした倉田の肩をつかんで向き直らせる。
「いーじゃんか! 料理ぐらい、食わせてくれよ!」
「後で好きなだけ食え」
安太善の目が据わっているのを見て、倉田は渋々皿を置いた。
今、この現在、両チームが席をはずしている理由を知っている安太善としては、もう、心配で心配で堪らないのだ。あのことが外にもれたら、と思うと、ほんっ、とに、生きた心地がしない。
まだ、正式に会が始まったわけではないから、ある程度ごまかしもきくかもしれないが、それも時間の問題だ。
だが、肝心の本人達はきっと懇親会のことなんて、綺麗さっぱり忘れてしまっているだろう。その考えが間違っていないことを知っている安太善は、頭痛にまで襲われてしまった。
間違いなく、彼等にとって、パーティにでるよりもあっちの問題の方が大切なことだろうから。
「あーもー、うちの連中はともかく、塔矢だけは大丈夫だと思ってたのに!」
「・・・・・いや、塔矢が一番駄目だろう」
頭を掻き毟らんばかりの安太善に、倉田が最後のチキンをほうばりながら答える。
「なんで!」
「進藤がらみだから」
あっさり答える倉田の答えに、思わず眩暈を感じてしまった安太善だ。
「・・・・・・・・・・そんなに、進藤はすごいのか?」
と、問う声も弱弱しい。
「塔矢や・・・秀英が、進藤にこだわるわけはなんだ? 確かに、今回、高永夏といい勝負をしたとは思うが、実力でいうなら塔矢や倉田の方が上だろう」
以前負けたことのある秀英が雪辱戦だ、とヒカルに拘るわけならわかるつもりだが。それにしたって、秀英の実力は格段に上がっている。
不思議そうな安太善に、倉田がにやり、と笑ってみせた。
「あー・・・そうね、それに関していいこと教えてやろうか?」
「いいこと?」
「そ、進藤ね、碁始めて、4年も経ってないんだぜ」
「・・・・・・・・え?」
一瞬、頭の中に入ってきた言葉を、叩き落してしまった安太善だ。
なにか、とても納得したくない言葉だったので。
「なのに、次の年には院生になって、翌年にはプロ試験に合格、で今に至ると」
「・・・・・・・・・なんで!」
「なんで、って言われても、なぁ」
「うちの高永夏と張り合える碁を打てる奴が、始めて4年も経ってないだとっ!!」
「驚いたろ?」
がーっ! と頭を掻き毟った安太善が、大きな溜息をついた。
「・・・・・・・・・・・・驚いたよ」
「だけどさ、あいつらが進藤に拘る理由はそれだけじゃねぇよ。アイツと一度直に碁を打ってみればわかるさ」
「・・・・・・・」
「試してみなよ、横で見てるんじゃなく、向き当って碁を打ったとき、何を感じることができるか。そうすりゃ、アイツらが拘る訳がわかるぜ」
「倉田・・・・」
そう言って背中を向けた、倉田を安太善は意外な心持で見詰めていた。
なにか、いつもろくに考えもせず発言しているようだったが、実は色々考えているようじゃないか。さすが団長を務めるだけのことはあるのだな・・・などと感心すらしてしまっていたのだが

――― まぁ、アイツらが拘ってるのは、進藤の打つ碁、じゃなくて、進藤との碁、だったりするんだけどね・・・・・あ、塔矢は別か、進藤そのものだもんな・・・ん? 秀英もか? 進藤の奴、タラシだな、ってぇことは、高永夏もひっかかったのか!? 大漁だな。どうすべ、俺の話聞いて安太善が進藤に興味もっちゃったら・・・・まさか、平気だよなぁ? 別にどっちでもいいんだけど、これ以上騒ぎがあると面倒くさいしなぁ・・・・

等と、安太善が知ったら激怒ものの事を考えていた。




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