「算数な午後」

VOL.1 算数包囲網
「できたわ。」私は会心の笑みを浮かべてつぶやいた。この問題なら、お遊びページの常連さんたちでも、証明するのにまず3ヶ月はかかるだろう。これで暫く問題のネタ切れを気にせず、楽ができるというものだ。私は、FFFTPを起動して、問題と解答を記述したHTMLをサーバに送信し、西友の歳末大売出しへと急いだ。
「あの〜、れれさんですよね。」
野菜売り場で、親しげに微笑みながら近づいて来たのは、面識のない若い女性だ。
「問題解けましたよ。ほら。」
「えっ?」
差し出されたノートを見ると、確かに正解だ。
「えっ?もう解けたの?」
「はい、解き方を教えてもらったんです。」
「誰に?」
「たまたま二人の人からメールが来て、ちょうど同じ問題の解き方を教わったんです。」
「その二人はお友達なのね?」
「いいえ、全く知らない人です。それに、その二人もお互いに知り合いではなさそうでした。」
「その二人のメアド、教えてくれる?」
私は、彼女からメアドを聞きだし、早速携帯からメールを送信した。
「れれです。初めまして。あの問題がなぜそんなに早くわかったのですか?」
「ある人に教えてもらったのです。たまたま二人の人からメールが来て、ちょうど同じ問題の解き方を教わったんです。でも、その人に解答のメールを転送したのは、私ではありません。」
「そんなはずは・・・それで、その二人はお友達?」
「いいえ。」
「じゃぁ、その二人は、お互いに知り合い?」
「いいえ、そうではなさそうでした。」
次に、私は野菜売り場で出会った彼女が示した、もう一人のメアドを尋ねた。
「このアドレス、知ってる?」
私は夢中になってメールで問い詰めたが、相手はまったくしらないようだった。
「ごめんなさい。本当にご存知ないようね。いいわ、この人に直接メールして聞いてみるわ。」
私は、あれからメールを一万人以上に送信したが、あの問題を解いた人の正体を、いまだに探していない。
ホームページは、アクセス数が増加しすぎてサーバがダウンしてしまったので、ずっと閉鎖したままだ。
しかし、世の中の人すべてが、私に解答を送りたがっていることだけは、想像がついた。
by 三毛猫さん(2003.12.26)

VOL.2 れれさんの算数な日
「そろそろ、おせち料理にもあきたわね。」
私はコートの襟を立てて、小走りに西友へと急いだ。皆暮れに食料品を買い込んだのか、お客はまばらだった。
「夕食のおかずは何がいいかしら?えーっと、牛肉、5309円、ピーマン、211円・・・・トマトが、・・・合計値が気に入らないわ。やっぱりトマトはやめて・・・」
私は手早く材料を選び、うきうきとした気分で帰宅した。
「ただいま。」
「お母さん、お帰りなさい。今日の晩ごはんのおかずはなあに?」
「ビーフストロガーノフ・モスクワ風と付け合せはなるとの納豆風味よ。」
「???」
「ほーら、レシートを見て、全部たすとお遊びページの問題の答えになるのよ。」
× × × × × × × ×
明け方、するどい立てゆれを感じて目が覚めた。
「はっ、地震だわ!」
起き上がろうとしたが、今度は横揺れに足をとられて尻もちをついてしまった。すっかり動転していると、たんすが倒れ掛かってくるではないか。
「ああっ、もうだめ、潰される!!」
その時、私の頭の中で、何かがピカっと光った。
「あ、これは、算数トライアスロンの最後の問題の解法だわ。」
私は軽々と片手でたんすを支えると、ゆれがおさまるのを待って、たんすを担いで元の位置に戻した。大きな地震だったが、幸い家族全員怪我もなく無事だった。
× × × × × × × ×
「すっかり遅くなってしまったわ。」
こんなに遅くなるつもりではなかった。夕食の材料を買いに西友に行くと言って家を出てから、かれこれ3時間だ。
「まったく、山田さんの奥さんたら話し好きなんだから。」
人気のない通りの角を曲がろうとすると、何だか黒っぽい服を着た男がいた。足早に通りすぎようとしたら、男がいきなり襲い掛かってきた。男は、私の口を右手でふさぎ、壁に押し付けた。動けない。声もだせない。男の手にカミソリが光る。あ、あんた左ききなのね、と思ったとたん、男はカミソリを振り上げた。
「ああっ、もうだめ、殺される!!」
その時、私の頭の中で、何かがピカっと光った。
「あ、これは、算数限界編の解答だわ。」
私は男をつきとばし、男の左手をねじりあげると、カミソリを取り上げた。形勢は逆転した。
「さぁ、警察に行きましょう。」
「ひぃ〜、ほんの出来心なんです。どうか許してください。家には、17歳をかしらに13人の子供が・・・」
「だめよ。危うく殺されるところだったのよ。夜道でかよわい女性をおそうなんて、言語道断、歩行者横断よ!でも、お子さんのために、許してあげないでもないわ。ただし、この問題が解けたらね。」
私は西友のレシートの裏に問題を走り書きして、男に差し出した。それは、お遊びページの第1777問目の算数問題だった。
「こんな難しい問題とけませんよ。」
それはそうだろう、さっきとっさに数字を書き換えて、更に難しい問題にしておいたのだ。
「じゃぁ、警察に行くわね。」
「・・・ううっ、そんな算数な・・・」
by 三毛猫さん(2004.1.1)

VOL.3 或る日バスで(前編)
それは節分を過ぎたある午後のことだった。私は、れょれょが欲しがっていた星の王子様の本を買いに、丸善へと急いでいた。私は、ハイヒールの音を軽やかに響かせて東町と緑町をくだり、街路樹が寒々と細長い影をおとしている旭が丘通までやってきた。バス亭で、168番系統のバスを待った。西友の店長の中山さんが通りかかった。彼は、私の均整のとれた身体とその身体をいっそうすらりと見せているロベール=クレジュリーのパンプスや、クリーム色のカシミヤのセーターからのぞいている色白のほっそりしたうなじを、目を細めるようにして眺めながら挨拶した。168番のバスが人気のない通りをのろのろ進んでくると、いかにも不満気な乾いた音をたてて扉を開いた。静まりかえった昼下がりの街角でバスを待っていたのは、私だけだった。
エルメスのハンドバッグには、いろいろなものが詰まっていたので、その中から小銭を出すのにひどく手間取った。バスの運転手はひどく横柄で、私が運賃を支払う間、まるで奇妙な生き物でも見るような顔つきで私を見つめていた。私は後ろの方にすすみ、非常口のそばに空いた席があったので、腰をおろした。バスの窓側のその席は自分専用な気がして何となくうれしくなった。その時、運転手が私の方をじっと見つめているのに気がついた。ケヤキ大通りの陸橋のところでバスは大きく曲がるが、その手前に来たとき、運転手が後ろを振り向いて、やはり私の方を見た。
ルイ=ヴィトンの財布をバッグにしまいながら、私はデルフィニュームの大きな花束を抱えて前の席に座っている女性を上目使いに眺めた。すると、女性は後ろを振り向き、花束の上から私をじっと見つめた。私はあわててシャネルのコンパクトを取り出したが、鏡越しに誰かと目が合うような気がした。その時、うなじの辺りに不快感をおぼえた。きっと誰かがまた図々しく自分を見つめているにちがいないと考え、腹を立てて後ろを振り向いた。すると、目の前に黄色いマフラーをした老人の目があった。バスの一番奥に、ライトグレーの四人がけのいすがあったが、そこに座っている乗客全員が、私の方をじっと見つめていた。まるで、どこかおかしなところがあるとでも言いたげな目つきをしていた。私は懸命にかれらの視線に耐えていたが、そのうちに耐えられなくなった。
急に不安に襲われた私は、身体をずらし、前の座席の傷みのひどい背もたれを見つめた。そのあと、非常口のレバーと「非常口を開ける際は、レバーを内側に引き、上に押し上げてください。」と書かれた説明書きに目をやったが、一字一字を目で追っているだけで、ひとつながりの文章としては頭に入ってこなかった。
「先に乗っていた乗客は、後から乗り込んできた客をじろじろ見るのは、よくあることだわ。落ちついて、落ち着いて。それにしても、何でこう信号に引っかかるのかしら・・」
ようやく丸善前につき、私は夢中でバスを降りた。ほーっと大きな溜息をつき、歩き出そうとしたその時、何者かに左腕を掴まれた。
by 三毛猫さん(2004.2.11)
VOL.3 或る日バスで(後編)
「なんだ、美毛子じゃない。びっくりさせないでよ。」
「久しぶりね。同窓会で会って以来だから、もう半年ぶりだわね。・・・・あら、あなた随分大きな数を素因数分解したのね?」
「ええ、お遊びページの新しい問題を考えていたのよ。でも、なぜ???」
「あなた、保湿クリームを変えたでしょう。 “乾燥肌〜普通肌の方に。「クエスタマイド」が肌のバリア機能をアップさせ肌のうるおいをしっかりキープ。肌質対応機能成分「ヒアルロン酸」配合で、深いうるおいが実感できます。”って評判のディオールの新作ね。それから、あなたいつも西友の3本で88円の鉛筆を使っていたけど、今日はれょれょちゃんの書き方鉛筆を使ったわね。おまけに、素因数分解をしながら、居眠りしなかった?」
私はだんだん美毛子が薄気味悪く思えてきた。バスの運転手といい、乗客といい、美毛子といい、今日はなんでこんな目に会うのだろう。これは夢よ。悪い夢だわ。
「わわわ、悪いけど、いそいそ急いでいるので、失礼するわ。」
「次のお遊びページの問題の答えがわかったから、応募するわ。」
・・・問題はこれから更新するのよ、いやよ、もうやめて!!私がどんな悪いことをしたっていうの・・・
真っ青になって後ずさりする私に向かって、美毛子はにっこりと微笑んで、手鏡を差し出した。
おわり
by 三毛猫さん(2004.2.20)
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