私は天才だ。

 天才であるが故、私は凡夫とは様々な事が異なっている。

 当然であろう。むしろ何故に凡夫が、天才である私と同等であるなどと、奇怪な考えに至ったのか、問い質したいぐらいだ。

 天才と凡夫は差があって当然。

 それは恥じ入る事でも、恐怖に感じる事でも無いと言うのに。

 まあ、ゆえに彼らは凡夫、私は天才なのであろう。

 さて、そんな差がある物の一つに、交友関係がある。

 例えば、今私の向かいに座っている男は、いわゆる反社会的勢力の首魁だ。

 このような人物と交友関係を持っている事に対し、否定的な意見が存在している事は、私も承知している。

 しかし、であるからと言って、彼を頭から否定するのは愚かな話であると、言わざるを得ない。

 法的には、確かにグレーゾーン、あるいはブラックな存在であるかも知れない。また人によっては、社会通念上、許されざる存在であるとするかも知れぬ。

 だが、その法によって保たれている社会に必要とされ、故に存在しているのだ。必要悪として。

 そして、我々の間にある了解事項として、互いの生業には関わらない、と言うものがあった。あくまで、一個人としての交友。それを鉄則としていた。

 向こう曰く、

「僕の生業に伯爵を付き合わせるわけにはいきませんし、貴方の方には僕がついて行けませんからね」

 との事だ。

 いくらかコメントをしたくはあったが、まあそれ以上に面倒が無いので、私はその事を了承した。第一、彼の生業に興味など無いからな。

 この日、私は招きに応じ、彼の下を訪れていた。二人が会う時は、いつもこうであった。

 聞くところによれば、一、二を争う規模の組織の長である彼には、私とは違う忙しさがあるのだろう。

 これは気のせいかもしれないが、私と会っている時の彼は、随分とリラックスしているように見受けられる。

 恐らくは、緊張を強いられ続けている彼の人生にとって、私と会う事が幾ばくかの安らぎとなっているのであれば、友人として嬉しい限りだ。

「ところでね、伯爵」

 幾つかの他愛の無い話をしたところで、彼はそう言った。表情からも、話題を切り替えたいのだと察せられる。

「一つ、お願いしたい事があるのですが」

「全てを聞き終えた後で、断る権利があるのであれば聞こう」

 相手に白紙を渡すような真似を、私は好まない。第一、それをするには、目の前の男は些か生臭過ぎる。

「厳しいね。これでも、友人に損をさせるつもりなど無いのですが」

「何をもって、損得とするかは、私が決める。特に、君のような人間相手ならば、尚更だ」

「確かに、その通りでしたね。ご安心を。出来ない、あるいはお気に召さなければ、いつでもお断り下さい。しかしながら、貴方が最適とした、僕の期待も覚えて置いて下さいね」

 私は、軽く「ふふん」と笑った。

「さりげなく選択肢を潰すとは。中々に、褒められた真似では無いか」

「商売柄ですかね」

 そう言って、彼はウェルシュを一口含んだ。グラスから口が離れた時、眼差しが硬い物に変わった事を、私は見逃さない。

 どうやら彼自身、不愉快に感じている事柄のようだ。

「僕の生業がどんなものかは、伯爵もご存知でしょう?」

「生憎と、一般常識程度しか存ぜぬがな」

 奴め、肩をすくめながら「裏事情まで精通した一般常識は初耳です」と抜かしおった。

「真っ当な世界から見れば、無法なのでしょうが、こちら側にもルールや掟と言ったものは存在します。いやむしろ、こう言った業界だからこそ、掟は法よりも重要です」

 理解出来る話だ。

 何故ならば、彼らのルールや掟と言ったものは、そのまま生死に直結するからだ。

 文字通りの無法など有り得ない。堅気の世界とは根本が異なるだけで、人がいて、組織を形作っている事には変わりは無いのだ。

「そして先日、僕の配下の組織が一つ、その掟を破りましてね。――ああ、もう始末は済んでいますよ」

 まるで帳簿上の何かのように言う。住む世界が違うとは、こう言った事だろう。

「差し支えなければ聞かせてもらいたい。一体、何をしたのだね?」

 私の質問に、男は露骨な形に眉をしかめてみせた。

「人身売買、それも子供のですよ」

「それは――」

 聞いて私も、不快な気分を味わった。

「自分で自分の面倒を見られない人間を、食い物にしてはならない。まして子供など、何を言わんや。これは、我が一家の掟です」

 私は軽く頷いた。私がこの男と交誼を結んでいるのも、法に外れても道に外れる真似はしない人間だからだ。

「それに、この市街で子供を食い物にすると、恐ろしい目に遭うんですよ」

「ほう、どんな目だね」

「怖い狼が、喉笛を食い破りに来るんです。たとえ、それがどこの誰だろうと」

 首筋に手を当てる男の目は、冗談を言っているものでは無かった。恐らく、実際に狼とやらに食い破られた者がいるのだろう。

「なるほど、それは恐ろしい。君の所の掟とは、実利を伴うものなのだな」

「その通り。自分から、煉瓦の壁を崩す真似は、愚かですからね」

 「さて」と間を開けて、男は話を続ける。

「当事者は、もう片が付きました。問題は、被害者でしてね。大半は、更正プログラムが必要だったのですが――」

 更正プログラムが必要と聞き、私の神経も些かささくれ立つ。

 どんな連中か知らぬが、始末されて当然だ。

「一人、違った者がいたのですよ」

 そこで男は手を叩き、扉の向こうに控えていた者を呼んだ。

「娘をここに」

「かしこまりました」

 慇懃に頭を下げた男が姿を消して数分後、件の娘とやらが、私の前に現れた。

 白いシンプルなワンピースを着た、年齢は十二、三と言ったところだろうか。アルビノの傾向があるのか、蝋細工のように白い肌と、銀髪、そして赤い瞳を持つ少女であった。

 容姿は悪くない。成人すれば、きっと美人の範疇に入るであろう。

 一つ気になったのは、ひどく表情が無い事だ。私達を前にして、いかなる感情も顔に表してはいない。

 生き人形と言ったものがこの世にあるのならば、こんな感じなのだろうと思わせる程であった。

「見ての通り、容姿に恵まれていましてね。商品価値が高いと判断されて、他の子供とは扱いが違っていましたよ」

 男の言葉に、私は口元を歪ませる。

「ふむ。商品価値と言う単語を、今ほど忌々しく感じる事は無いな」

「同感です」

「察するところ、より高い値をつける買い手を探す内に、君達に尻尾を捕まれた、と言ったところか」

「ご明察です。彼女は、その容姿でおかしな事をされるでも無く、かつ助け出されるきっかけともなった。――幸運ですかね?」

 判り切った事を聞く。

「不幸に決まっている。この下無くな。そうであろう?」

「その通りです」

 男は再びウェルシュを口に含み、何ものかと一緒に飲み込んだ。

「さて、話が長くなりました。しかし、もう僕から貴方への頼み事の察しは、ついたのではありませんか?」

 凡人でも察しがつく事を、この天才である私につかぬ筈が無い。

 だが――、

「何故、私なのだ。その手の施設にでも任せるのが、常道であろう?」

「その答えは三つです」

「聞こう」

「まず、残念な事に、僕達にそう言った所との伝手が無い事。続いて、この娘には既に、書類上は死んでいる事。そして最後に、伯爵、貴方がこの娘を教育するとどうなるか、個人的に興味が沸いたから、と言ったところです」

「最後の理由が、悪辣極まり無いな」

 私は立ち上がり、娘の前に立った。

 感情の起伏は無いと言える程に乏しいが、外界に対し全くの無関心、と言う訳でも無さそうだ。

 その証拠に、前に立った私を、じっと見上げてくる。

 ―――ほう。これは…。

 私の心は、少し躍った。

 このような境遇に置かれても、まだ前を見る目が出来るとは、面白い娘だ。

「君の思惑に乗るのは、些かつまらぬが、確かに興味は沸いた。人間が教育でどのようになるか、実地で試すのも悪くない」

「それは良かった。正直な話、伯爵に断られたらどうしようかと思っていました」

「礼ならこの娘に言え。この、強い意志を感じる目が、気に入ったのだからな」

 死んだ魚のような目をしていれば、然るべき所に放り込んでいた。

 私の要求に、応えられるであろう目をしていたのだからな。

 そこまで思って、私は腹の中で自嘲する。

 ふふ、どうして、私自身、中々の悪党では無いか。

「伯爵に気に入られるとは、果たして幸運なのか不幸なのか、判断に困りますね」

「うむ、否定はしない。なぜなら、今その分岐点にいるのだからな。結果がどうなるか、その結果をこの娘自身がどう思うかなど、今の時点で判る筈も無い」

「確かに」

「もしも不幸と感じたなら、私を刺すなり何なり、好きにすると良い。後始末も含めて、その程度の事はこなせるように、教えるつもりだからな」

 選択肢は無限に与える。そして、その無限の選択肢を全て選べる能力も与える。

 それが、私がこの娘にしてやる事であった。

 そこで私は思う。

 娘、か…。

「いつまでも娘では呼びにくいな。名前をつけてやるべきだろう」

「彼女の名前ならば、一応知っていますけど」

「要らん」

 私は即答で拒絶した。

「それはこの娘にとって、捨てねばならぬ時のものだ。これからには必要無い

 だから、私がつけよう。これからに相応しい名前をな」

 私は少し考える。

 この娘に、過去は必要無い。これからの、未来のみが必要なのだ。

「決めたぞ。ルーシーだ。今からお前の名は、ルーシーだ。良い名だろう。未来しか持たぬ、女の名前だ」

 私がルーシーの名を与えた娘は、少し目を閉じ、名を自身に刻み込むような間を置いてから言った。

「かしこまりました。旦那様」

 

 

(終)

 

 

 

 

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