球団に歴史あり

以前書き綴ってみた文章がハードディスクから発掘されたので載せてみました。
愛すべき球団たち
1. 熱海ダイエーレンブランツ 67勝103敗1分 優勝1回(1期)
記念すべき第1期の優勝球団。そのまま球界の盟主として君臨するかと思われたが、育成部門の弱さと
オーナーの「トレード大好き病」が思いっきり悪いほうに出て、以降じり貧の道をたどる。
とくに後半シーズン、優勝時4番を務めた飛鳥涼が監督になってからは、ついに低迷したままに終わる。
チーム内ではヘッドコーチのチャゲが実権を握り、さらにチーム乗っ取りを図る野心家、固舞捕手なども出現、内部抗争に明け暮れる。
十数年に渡りたびたび日和オーナーの口からOS球団をバカにした発言が聞かれたが、
結局通算成績ではOSに抜かれてしまうという恥ずかしい結果に終わる。
しかしながら、球界のトレード活性化はこの球団が先導したものであり、そのひよりまくった発言は他球団を混乱の渦に巻き込んだ。

2. 高野山極楽ボマーズ 124勝47敗2分 優勝8回(2,4,7,8,9,14,15,16期)
勝率なんと.725。常に首位戦線で戦い、幾多の球団を打ち破り最多優勝回数を誇る。
戦いぶりは、第9期にOS相手に完全試合を達成するなど弱い球団を徹底的にたたいていたが、
やはりいちばん大きいのは上位との直接対決に強かったことであろう。
新人選手のスカウトには定評があり、途中トレードやFAで数多くの選手が去っていったがその穴はすぐに埋まり、まったく崩れなかった。
毎年入るダメ選手軍団の神一族は御愛敬。
選手には乱闘好きが多く、OSに在籍していた福原選手を全治2年の病院送りにしたりなど、トンデモナイ神様揃いであった。

3. 国立ハンマーズ 103勝67敗 優勝1回(10期)
毎年のように優勝争いにからんでいたが、2位が多く、国立市民を歯ぎしりさせた。
結局あれだけの戦力がありながら優勝はたったの1回に終わる。
國オーナーは球界改革に熱心で、FA制度などを提唱したりした。その一方で同オーナーは、
YV相手においしいトレードを画策して他球団をあきれさせたり、RPG脱退の際についでにSDをアメリカに送ったり、
さらには「SLG優勝計画発動」などという意味不明の発言があったりと、「球界一の鬼」の異名をとった。
KHを代表する選手といえばバーティーであり、なんと40勝を越える勝ち星を上げた。
しかし、その陰で数多くの若手投手が泣いたことをわれわれは忘れてはならない。

4. 竹書房バンブーチャイチャイズ 98勝74敗1分 優勝2回(12,13期)
リーグにかける情熱は間違いなく球界一であり、キャンプインの素早さは尋常でなかった。
また、キャンプインの遅い球団にものすごい圧力をかけていたらしい。
野球エリートである山田兄弟の一族が球団をしきっており、監督のイチローをはじめ、選手では26郎〜42郎までが在籍した。
また、国際的非合法組織であるオンリー一家との関係がうわさされ、一説には選手の臓器売買にも手を染めようとしていたらしい。
試合では三振を奪ることにこだわり、奪三振王を獲得した「エース!」やDr.Kは他球団(特にYV)から恐れられた。

5. 日光ゴザールズ 84勝86敗 優勝1回(11期)
球界きってのじじい球団。若手選手の育成が順調にいかないためトレードに出し、
そのかわりにベテランを他球団から譲り受け、やり繰りすることによって5割Aクラスをやっとキープするありさま。
これでは優勝争いできないのは当然である。
TBCを最大のライバルとし、「伝統の一戦」と称して幾多のノーガードの殴り合いを繰り広げたが、
「オーイシ!」「アダーチ!」などの苦手選手の存在により大きく負け越してしまった。
そんなSLGも第11期に打線の爆発によりなぜか優勝してしまった。
この誰もが驚いた奇跡の優勝が翌年、翌々年のTBCの発奮につながったのは間違いあるまい。

6. 関ケ原オールドスターズ 71勝99敗1分 優勝なし
リーグ設立当初は、最弱球団の名をほしいままにしていた。
とりわけ、第3期から監督を務めた北条忠家の力弱さは伝説的ですらある。
当時のチーム構成は投手に偏重し、相手を1安打に抑えながら敗戦するなど、悲しいほどの愚かさであった。
また、伝統的に外人はハズレばかりであり、名前を誰も知らないうちに帰国するケースが多かった。
さらに、長い間4番を務めた小野選手は球界一といわれる高い素質がありながら、「全角打者三振理論」により、まったく当てにならなかった。
しかし、監督が乃美紹雲へと変わると、チーム体質が180度転換し、打撃のチームへと変貌、
投手はスタミナバカの神保で賄うという無謀な戦法に出る。
その中で岩成、小早川、佐賀斗などが打撃部門のタイトルを次々と獲得しAクラスへ進出、通算100敗を逃れてしまった。

7. 読売ヴェルディーズ 62勝88敗 優勝なし
最高の個性派軍団であり、打力最重視の「YV野球」で球界を震撼させた。
FAで強打者を獲得することに快感を覚え、チームがそれにより老化するのもおかまいなしだったが、
投手をほとんど補強しなかったため、最終的に崩壊してしまった。
オーナーの選手に対する愛情は厚く、トレードで選手が出てゆくときなどは涙を浮かべていたらしい。
また、ファンの熱狂ぶりも大変なものがあり、ガーリー投手が引退した際には球団事務所の前で抗議を行うなど、愛と鼻息にあふれた球団であった。
YV野球を支えたのは云うまでもなくお不動選手であり、11期にはリーグ唯一の三冠王を獲得、7年連続4割を打つなど、
史上最強打者であることは間違いあるまい。

8. 千葉ロッテドルフィンズ 50勝50敗 優勝なし
オーナーはリーグ設立の功労者である。
球団は豪華投手陣を始め戦力がそろっており、優勝が期待されたが、結局かなわなかった。
その最大の原因は2期、3期に2年連続して8勝しながら、いずれも2位に終わってしまったことにより、首脳陣がすっかりキレてしまったことにある。
その後は最下位にもなるなど低迷し、中心打者の「らいある」もフォーム改造で壊れてしまう。
オーナーの発言も「私のココロは来期に飛んでいる」を毎年シーズン中に繰り返すなど、げんなりムードがすっかり支配していた。
第10期を最後に球団ごと台湾球界へと飛び立った。
最後のKGB戦では、過去に優勝を阻まれた恨みをぶつけるように大勝(KGBは最下位に)、通算勝率5割で去っていった。
立つ鳥お茶を濁す、である。
それまでにトレードを積極的に行っていたこともあり、11期以降もCLD出身の選手は多数活躍した。
そして、各球団の有望株をぶっこわして回ったあの法務怪造コーチもCLDの遺産である。

9. 六甲パワフルガイズ 12勝28敗1分 優勝なし
「こぱ〜ん野球」という衝撃的なフレーズとともに初期のリーグを駆け抜けた伝説のチーム。
いつどこから飛び出すか分からないホームランは他球団の脅威の的だった。
しかしながらこのチームが低迷したのは4番の不在に尽きるであろう。
ばっくれては圧力をかけられる球団のはしりでもある。
第6期終了後、リーグから脱退し、球団ごと渡米した。その後アメリカで「Copaang!Baseball」旋風が吹き荒れたかどうかは定かではない。

10.エックスメン椿峰 14勝56敗 優勝なし
まさにばっくれとフォーム改造の日々。
超人オック(奥山美代子)をはじめ、選手は粒ぞろいで、上位進出も期待できるほどだったが、
キャンプで毎年のように悪名高き改造男、法務コーチが大活躍。
若手は見るも無残に潰され、戦力は他球団からほとんどタダでもらったスタメンクラス以外はいないに等しい状態では…。

11. 奄美ヴァストグレイムス 44勝27敗 優勝1回(17期)
世界が終わる前の最後の優勝球団。
11期に新規参入した3球団の中では最高の成績を収めた。
首脳陣にあのSDの出身者を多く登用したのが効いたのか。
というかアメリカからSDのマイナー球団を送り込んできたのでは?というぐらいの成長力であった。

12. 札幌ドリーマーズ 48勝12敗 優勝3回(3,5,6期)
第6期終了後、大リーグに参加。
当時、リーグの他の球団とのレベル差は、まさに大人と子供。
もはやイウベキコトハナニモナイくらいに強かった。

13. スニーカーズ&ベルズ昭島 15勝55敗 優勝なし
KHの国立市に対抗し(?)、昭島市の市民球団として11期に創立。
ブンブン振り回す4番ロドリゲスは「昭島の星」と呼ばれた。
市民の期待には応えられず毎年のようにST2と最下位を争っていたが、
球団のやる気の割にあまり成績が上がらなかったのは、ADDとトレード関係のもつれによる敵対関係を築いたために
よい選手が回ってこなかったからだ、と熱海筋に詳しい関係者は語る(うそくさい)。

その他団体・組織
公式記録部
1〜10期は日光、11期以降は熱海に存在。球団や選手成績の集計、管理を行った。
とりあえずのシーズン成績は各球団がそれぞれ自身でつけることになっていたため、提出の遅い球団にはものすごい圧力がかかったらしい。

トレード会議
トレードに積極的な複数球団が参加していたらしい闇の会議。
ADDの日和オーナーが中心人物だったらしい。しかしその実態はKHにより牛耳られていたのでは、との説もある。
主な大型トレードはここで決まる。事前のうわさを覆す裏切り(日和り?)トレードも数多く成立した。
まさにパワベの醍醐味はここにあり!!

トレードマガヂン編集部
各球団の放出されるらしい選手のリスト、データを関係者に送り付けることによりトレードへの欲求を喚起し、トレードをより活性化させていたらしい謎の組織。球界を走る「おぼろげなうわさ」の発生源であることもほぼ突き止められたが、その実態はまったくもって不明。そのうちシーズン中にFA予想リストが公開されたり(しかもほぼ的中)など、活動はエスカレートしていった。

コミッショナー
前年度優勝球団からコミッショナー職が選出される。主な仕事はドラフト会議の開催、日程の作成、監督(オーナー)会議の招集などだが、後半はこれらの作業をココロの飛んだ球団たちがサッサとやってしまうなど、まさに「コミッショナー」の存在は形骸化した。

監督(オーナー)会議
ルール改正など、全員の意見が必要な場合に開かれたまじめな会議。FA制度の導入などが実績としてある。

堕落生活指導委員会
略称DSS。第1期に優勝したのはここ?説明を求む。
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