「伸ばす」伸筋、「押す」伸筋

合気上げなどで失敗する原因の一つに、伸筋の使い方がわかっていないと言うことがある。通常、伸筋を意識できるのは二の腕と肩を使った「腕を伸ばす」運動であり、小手を使った「押す」運動は意識しにくい。

 それは「伸ばす」運動は、動きも大きく力感があるため意識しやすいのだが、「押す」運動は動きも小さく、小手を伸ばすために土台となる二の腕や肩を固定するための運動ばかりが意識され、肝心の小手の伸筋の作用を認識しにくいためである。

 しかも「伸ばす」運動と「押す」運動は、作用の目的の違い(対象物が自分の腕なのか、押す相手なのか)と、使う筋肉の違いからも、まったく別の運動であるにもかかわらず、人は同じような運動としてしか認識していないため、間違って使いがちなのである。

 合気上げでも、本来は「押す」ために小手の伸筋を使わなければならない場面で、「伸ばす」ための伸筋である二の腕を使ってしまい、二進も三進もいかないと言うことになってしまいがちである。

 さらに小手の伸筋だけを使って押すという動作は、訓練しないと使いこなせないという欠点もある。

大きな岩を押すことを想像してほしい。体全部で「押す」ために、肩を固め肘も固め、二の腕の筋肉も小手や手首が壊れないようにするために全面的にバックアップ体制に移行する。その後で、小手の伸筋が発動し始めるのだが、その頃には全身を使うことに意識が行って、小手のことなどまったく意識に上らなくなっているのである。

 しかし小手の「押す」運動は、使い方しだいで膨大な力を生み出せる。このことを大半の人は認識できていない。ややもすると、肩や二の腕に力を込めてしまって「伸ばす」運動しか出来ない構造になってしまいがちである。その「伸ばす」運動は「押す」効果をほとんど生まないため、自分が非力であると錯覚してしまう。

だが本当に小手の「押す」運動を使いこなせれば、人一人を吹き飛ばすのは簡単になってくる。たとえば中国拳法で、相手に小手をさわらせ、自分はほとんど動かないで相手を吹き飛ばすパフォーマンスがあるが、これなどはこの運動の適例なのである。

 この力を使いこなして合気上げをおこなうようになれば、わずかな小手の伸筋動作で相手を浮かせた後、二の腕のフォロースルーで相手を上げることは容易になる。しかし、それだけでは質量としての相手を上げているだけで、重心制御と言う「合気」本来の技術にたどり着くことは逆に難しくなってしまうというジレンマにぶつかることになる。

 「小手の伸筋」だけを意識的に使えるようになるための運動は、実は合気上げではなく別の運動に求めなければならない。そのことは、肘から二の腕・肩にかけてを「動かさない」という制約を作らなければならないが、合気上げではよほど意識しない限り困難である。

 それは肘を固定する技術と、手首で「力に蓋をする」意識がないと困難であり、精密な出力制御が出来なければならない。