重心と深層筋
重心の合気を使うときに、技術を深化させて行けば行くほど、深層筋の使いこなしが重要になってくる。
最初の「合気がかかった状態」においても、相互の関係として起こる独特の緊張関係は、その多くを深層筋群の「共鳴」とも言える現象に負う所が大きい。そして、その後の重心操作においても、どれだけ自分の重心を深層筋で操作することが出来るかにより、そのレベルがおのずと定まってくる。
身体の三大重心である「頭骨内の重心」「胸郭内の重心」「腰盤内の重心」を個別に意識することが出来て、さらにそれらをまとめて「仮想の一つの重心」として統御できて初めて、「軸」が認識できるようになる。
多くの人の「軸」に関する記述などを見ると、定義が曖昧なのは、「軸」に「回転の軸」や「力の軸」など複数の軸があると言うことすらわかっていないことに起因する。そしてそのことは身体の中に「複数の重心」が共存し、相互に影響を与え合っていることを理解できていないからだと思われる。
それらの重心を支えている筋肉群のうち、深層筋の役割が大であることは周知のことであるが、通常は表層筋の操作でしか自らの重心に影響を与えることが出来ず、「操作」と言えるレベルにはなかなか到達できないのが大半であろう。
というよりも、武術家といえども、自分の重心の位置すら把握できていない人が多く、またその相互関係も認識できていない。せいぜい「胸郭内の重心」と「腰盤内の重心」の相関関係を、身体の単一の重心とはき違えて、「腰の重心」などと説明している例が多く、いきおい指導を受けた弟子たちが混乱をきたすことになる。
実は気の利いたダンス教師のほうが、武道の師範よりも重心や軸の意識は高い。それはパフォーマンスとしてのダンスの特性から、指導するカリキュラムが確立しており、その中にそれらが含まれているからである。武術家の方が高度な身体操作を行っていると思われがちだが、身体操作能力は概ねダンサーの方が優れていると言わざるを得ない。
さて本来、三大重心の相互作用と、それを支える力の構造体の仮想の重心が「身体の重心」といえるものであり、三大重心の位置が身体内の概ね固定したゾーンの中にとどまっているのと異なり、状況次第でその位置は身体内部だけではなく、外部に移動する場合すらあるのである。
私の講習会においては、「身体内部の重心の測量」を行ってもらい、大まかな三大重心の位置を把握してもらうことにより、「重心の合気」の理解の手助けとしている。
そのようにして自分の身体内部の「重心の位置」を把握しても、それを支え制御しているのが表層筋ではなく、深層筋であることに気づかなければ、相手の重心を操作するのは難しい。
たとえば「胸骨の理」の講習で見せる、「相手の胸骨柄に指先で触れて、ほんのわずか押し上げるだけで、相手の胸郭内の重心を制御し、仰け反らせて転倒させる」という技術は、指や二の腕の「押す力」だけでは実現することは難しい。仮に柔術の力である「小手の伸筋の力」を使いこなせるレベルであっても、それが胸郭を押すと言う作業であるため、相手が「頭骨内の重心」と「腰盤内の重心」をうまく制御して対抗することは可能なのである。
それを超えるためには、自らの「胸郭内の重心」を操作して、「合気のかかった」相手の重心を共鳴させて押し上げるという身体操作が必要になる。最初は自分の顎を引きながら「上胸」を押し上げる、という表層筋の操作である胸郭運動で練習するのであるが、やがては頭部を支える筋肉群と胸郭を支える筋肉群の複雑な操作により、自分の「胸郭内の重心」と「頭骨内の重心」をどう調和させ、相互の重心間に出来上がる「力の軸」をどう使っていくのかという段階にまで到達できるようにならなくてはいけない。