触れ合気への一里塚
先日12月5日に行った京都での講習会は、結果的に「触れ合気」を中心とした稽古になりました。基礎的な合気柔術の技術から始めたのですが、話の進み具合から「触れ合気」の技術論と稽古法を中心に中級技術まで進めることになり、参加者の方には思わぬ拾いものになったのではないでしょうか。
たとえ如何に不思議に思われるような「触れ合気」といえども、その根幹には物理的根拠があり、技術論で語れないものではありません。その技術的側面も、「すぐにやれるようになるわけではないが、理解可能なもの」です。
実際、参加者の慨嘆にあったように「非常に繊細」ではあるが、稽古法を間違わなければやがて身に付くものであり、すくなくとも「なぜ出来るのか分からない」という声は聞こえませんでした。
合気の技術は、体幹部が自分の思うとおりに動かせるようにならない限り使えないものだが、使えるようになれば自転車に乗ることと同じように、自動的に体が動くようになるものです。
今回の講習で特に「関節の遊びをなくしてしまう」ということに言及しました。いわゆる「肘のばしの合気」にしても、「手鏡」を使って逆肘にすることばかりに注意が行きがちですが、実際には肩・肘・手首のそれぞれの「関節の遊び」を如何に消していくかが技術論の根幹になります。
手首から肘、そして肩を固めていく方法は初級技術に過ぎず、手首と肩とを一瞬で固めて相手が動かないようにしておき、その後ゆっくりと肘関節の遊びを消して行くことにより、結果的に逆肘様の形状になっていくというのが合気の技術です。
このような形で行わないと、ややもすると肩を力で押し上げることになりがちで、体幹部を制圧することも出来ず、結果的に相手が肩で圧力を吸収し、肘のばし自体がかからないというお粗末なことになります。
また相手と「繋がる」ことを強調しました。相手と繋がっていなければ、自分の体の部分を使って合気をかけることが出来ず、「共振」(「共鳴」といっても良いですが)させることは困難です。
では繋げるにはどうすればよいか。ひとつの稽古方法は次のように行います。
1.互いに5本の指で接触し、互いに指立て伏せのようになった後、軽く体重を掛け合って緊張状態を作ります。
2.さらに関節を強制的に固定して共振しやすいようにするために、肘を互いに上に上げていき、どこかの力を使えば否応なしに相手も反応せざるを得ない状態を作り上げます。
3.その後、自分の肩なら肩、腹なら腹、膝なら膝というように、自分の体の一部を使って、相手の同じ場所が共振するような稽古をじっくりとやっていきます。