合気の具体的応用について

 久しぶりの技術論です。合気を実際面でどのように具体的に使っていくかをいくつか紹介していきたいと思います。

1、相手を固まらせる技術
 「相手に掴まれた箇所から合気を掛けて相手を固まらせてしまう。」
 合気の不思議な現象の一つに数えられる技法です。そんなことができるわけがない、瞬間的な催眠術的なものを使っているのではないか、など様々な解釈が語られます。
 でもそんなに難しいことではありません。実際に相手に「固まって」もらえば良いのです。では実際に「固まる」という現象はどんな状態を指すのでしょう。意識を操作して「一瞬の虚」を作るのでしょうか。相手に複合的な「押しと引き」の梃子を掛けて、いわば力ずくで押さえ込むのでしょうか。いずれも方法論としてはあり得ます。
 しかし意識操作は高度な心法に属することですし(「猫だまし」のような低レベルのことは除外してください)、複合梃子は習熟に時間がかかるのとやはり「力ずく」であることには変わりないといえます。
 もっと簡単で、そんなに力を使わなくてすむ、そんな技術が必要です。ではどのようにして。
原理的な事を理解してもらうために、簡単な実験をしてみてください。
@まず右手を相手に右手でしっかりと掴んでもらってください。
A次に全身の力を使って「ぐっと」踏ん張ってみてください。
当然のこととして、相手もその力に対抗するために同様の力を使ってきます。その時の相手の状態が、筋肉を使い切ってしまって「固まってしまった」状態です。
 でもこれでは相手が「居着いた」分だけ、自分も「居着いた」状態になってしまい、単なる「綱引き」をやっているだけで、武術的には何にも意味がありません。相手だけが「固まっていて」、自分はフリーという状態を作らなければならないのです。
 そこで自分の筋力をできるだけ省力化していく技術が必要となります。いくつかの方法がありますが、代表的な物を二つほど紹介しましょう。

@自分の質量を利用する方法
 筋力の代わりに、自分の質量(重さというと誤解を生みますが)を使う方法です。
 先ほどの例の場合に、踏ん張る代わりに身体を少し後ろにのけぞらせてみてください。ただこの場合、背筋を使って胸を張るという動作は極力やらないようにしてください(これをやると身体の居着きを生んでしまいます)。どちらかと言えば、少し腹を引っ込めるという動作が初歩です。
 次に相手との緊張した微妙なバランス関係を壊さないようにしたままで、他の力をどのくらい「乗せて」いけるかが稽古の要点です。胸筋を少したわめてみる、腹筋を使ってみる、大臀部から太股の裏側の筋で少しだけ踏ん張ってみる、色々な方法を試してみてください。 
 どれだけ多様な筋力を、どれくらい微妙に、一時にあるいは微妙にシンクロを狂わせて、等々、実験室で化学実験をやるような細心さで繰り返してみてください。
 そうすると互いの接触点を中心に、非常に繊細な「やじろべえ状態」が出来上がってくることが分かってきます。(相互の力学的関係で似たような構造にあるダンスでは、このわずかでも無理をすると崩れる「緊張状態」が出来上がらないと本当の姿勢ができたとは言えません。 ただ合気と違うのは、相手の協力が得られるという利点はあります。)
 この「やじろべえ状態」ができたら、それにさまざまな外力を加えて揺さぶってみる必要があります。膝を一瞬にして「落として」みたり、腰を「切って」みたり、そうするとだんだんに両者の間に架空の「重心」が出来上がってきます。この「重心」を任意に動かせるようになれば、「崩し」の第一歩になります。
 さてこの緊張状態が確立してくれば、それに余分な外力を加えれば、相手の対応する部分が無意識に緊張してくると言うことに気づけるようになります。ここまで来ればあとは割と簡単。全身の色々な部位の筋肉を僅かでも緊張させれば、相手もシンクロしてどんどん緊張し固着化していきます。
 うまく「固める」コツは、自分の全身の筋力を細かく使って、どの場所が緊張しているのか相手に分からせないことです。さらにそれを極小の時間でやってのける、それが瞬時に相手を固めてしまうことになります。

A筋力を複合的に組み合わせていく方法
 @では何をやっているのか分かりにくいという方にはこの方法ですが、「力」を使っているという実感はありますが、繊細な作業であることは同じですから、そこは我慢してください。「合気」とはつまるところ自分の身体を使った微細な作業で、相互の力学バランス関係を作ったり壊したりという方法に他ならないのです。
 まず掴まれた右手のうち、相手の親指の魚腹(大まかに言えば付け根部分)だけにピンポイントで力が掛かるような力学構造体を作り上げなければなりません。なぜこれが必要かというと、相手との力学的な接点が小さければ小さいほど、出来上がる構造体は不安定になり、僅かな力で相手に大きな効果を与えることができるようになるからです。
 ではその魚腹に接触している部分だけを「静止」させるために、肘をすこしだけ色々な方向に動かしてみてください。そうするとわずかな肘の力を加えるだけで、相手の手首が対抗するため微妙に固まってくることに気づくはずです。この場合接触点は動かしてはいけません。あたかもパントマイムをやるかのように、肘や腕を使わなければなりません。
 この相手の手首の緊張は、上手に誘導すれば肘の緊張を誘発します。あいての手首から肘までがパンパンに固まった状態が必要になります。これでとりあえず肘までは「固めて」しまいました。
 さて次に、自分の目の前に大きなドラム缶があってそれを抱きかかえて少し持ち上げている姿を想像してください。その場合、どの筋肉を使っているでしょう(腰の力はこの場合無視してください)。この状態で使っている胸筋、二の腕の筋力、肩胛骨の開きなど、それら全てが必要になるのです。
 この状態を、あたかも自分の上半身に針金が入っていて、「フレーム」になってしまって常時再現できて維持できることが必須条件になります。(実はこれが大変難しい。実物がない状況でいろんな事が出来るようになるためには、パントマイムの基礎技術くらいは勉強した方がいいかもしれません)
 この「力のフレーム」を微妙にたわませることがやれるようになると、相手の「手首」「肘」「肩」「背中」と、次々に「釣れていく」という実感が得られるようになります。逆にこの「釣る」という感覚が出来ないうちは、「合気」がかけられないことになります。
 上半身の「たわみ」で相手の上半身がコントロール出来るようになれば、下半身でも同様のことが可能になります。

 @でもAでもたゆまぬ反復練習が必要です。稽古は別ですが、一瞬のうちに「固める」ことができるようにならないと、実用品とは言えません。相手が固まったままでいてくれるなどというのは望外の状態で、実際はすぐに相手は復元しようとします。そのわずかな隙を突いて次の動作に移る、それが望みうる最高の姿でしょう。

 さてこの課題はこのくらいにして次に進みましょう。
(この項続く)